サミーへ

「俺、アンディ……アンドルー・グラスゴーだよ。サミー。あんたの息子の。言っておくけど、俺、あんたのこと何とも思っていないからね。ジェイクや母親のモナの方が好きだからね、今でも。ジェイクは死んだけど、死んでないんだ。つまり、ライオンのジェイクはもういない。でも、アメリカで、人間のジェイクを見つけた。感謝してる。つまり、アメリカに俺を寄越したことは。あんたが死んだことはそれなりに悲しい。でも、ジェイク……つまりライオンのジェイクやモナの死んだ時の方が悲しかったな。あんた分からず屋なんだもん。モナはわかってくれたよ。あんたはライオンのジェイクから、俺を遠ざけようとしていたし。いつもそうだった。だから、俺達は家出をした。俺は十何年も、ライオンのジェイクと過ごした。あんたの元より居心地が良かったからだ。サミー、足にできものができたのは気の毒だと思うけど、それがきっかけで死ぬことになったのは可哀想だと思うけど……でも、やっぱり実感が湧かない。でも、そうじゃなきゃアメリカに行くことはできなかったんだから……あんたが死んでよかったよ。俺にとっては。人間のジェイクに会うこともできたしね。ロサンゼルスで。ジェイクとは、一緒に寝ているよ。今は背中合わせの関係だけど。でもサミー。あんたは優しかった。それは認める。あんたが俺のことを想っていたことも知っている。カーター達とは上手くやってるよ。女の子の魅力もわかるようになってきた。でも、女性ではオクヨルンが一番よかったな。やっぱり。初めての相手だったからかな。ああ、サミー。オクヨルンはあんたに見せたかったな。行動力のある美人だよ。まあ、ジェイクにはかなわないけどね。どっちのジェイクにも。ああ、そうそう。人間のジェイク、俺には冷たいんだ。ジェイクに言わせれば、俺がジェイク以外の人間に薄情だそうだけど。俺は、もっとジェイクに優しくして欲しかった。ジェイクとは、24時間以内に触れないとおかしくなる、そんなことがあったんだぜ。サミー、あんたはどう思う? カーターはわからないと言ってたけど。彼らと一緒にいたい。たとえいつか別れる日が来ても。俺はアフリカには帰らないよ。少なくとも、そのつもり。アフリカには、もう用はないからね。ライオンのジェイクは死んじゃったし。俺、学校にも行ったんだぜ。一年だけだけど。いろんなことがあった。ラウルやボギー・ベン達と仲良くなったよ。高校のクラスメートさ。美術が楽しかった。音楽もきだけど、俺、美術の方が性に合っているかな。アメリカにいた時、モナの像も掘っていたし。そうそう。ジェイクが婚約したよ。相手はカーターの妹。割とお似合いだったよ。前はジェイクを取られたようで面白くなかったかもしれなかったけど、今は平気。それに、俺はジェイクのものだけど、ジェイクはみんなのものなんだ。俺は、ジェイクからは自立しなければならないしね。……青い目をくれてどうもありがとう。みんな褒めてくれるし、俺も気に入っている。サミーからもらったもので、嬉しかったのはそのことだけだな。フォレスト夫人にも口説かれたけど、俺にはそんな気なかったな。寝たいの?と言った時のこと……俺、あの時は全然何のことかわからなかったんだ。男と女が何をするかも。でも、何となく嫌だった。相手のいる人と寝るのは。今では信じられないほどウブだったな。ジェイクはそんな俺につきあってくれたけど。俺はジェイクが好きだけど、ジェイクはみんなが好きだよ。本当はね……さっきはあんなこと言ったけど、ジェイクを独り占めしたいという気持ちもあったんだ。矛盾してるかなあ、俺。シド・キャロル先生にも渡したくなかったし。キャロル先生とジェイクには驚かされたなあ。あの先生があんなに大胆だとは思わなかった。俺も人のこと言えないけどさ。ジェイクにキスの仕方を指南してもらったよ。おかげでオクヨルンに褒められたよ。キスが上手だって。本当に、ジェイクは強くて、優しくて、何でも知っているんだ。俺の自慢。ジェイクは、何度も言うように、みんなのものなんだけど、さ。ジェイクは、生涯の伴侶を手に入れたよ。俺もそんな相手が欲しい。前は、ジェイクが番の相手だと思ったけど今は……ジョイみたいな女の子と出会いたい。みんな、俺が物珍しいからちやほやしているだけなんだ。こんな話こそ、サミーとしたかったな。サミーはモナとどんな恋をしたの? サミーなんかがどうやってモナと結ばれたの? 俺、運命の出会いっての、したことないからよくわからないんだ。ジェイクは首尾良く相手を見つけた。俺にも……そんな女性が見つかるかな。結局、みんな俺のこと愛してないんだよ。ジェイクのことは愛しているけど、女の子に対する愛とは別のものだから。サミーがどうやってモナを口説いたか、知りたいな。やっぱり、出会った瞬間、電流が走ったりしたの。俺、何度も言うけど、モナが好きだったよ。あ、一応サミーも嫌いじゃないよ。ライオンのジェイクと離れ離れにさせられた時は、怒ったし憎んだけれどね。あんたが死ぬ間際には、和解できたと思うんだけど。ライオンのジェイクのことも認めてもらえたし。サミーの言う通りにして良かったと、今なら思うよ。アンジェラやカーターにも会えたしね。それにジェイク。彼は底が知れないよ。一時期振り回されたもん。俺、ジェイクの為に、ゲイになろうとしたこともあったけど……無理だった。フリス……俺の友達でゲイだった。彼に、そういう人達のたまり場を教えてもらったけど、うまく行かなかった。フリスにも迷惑かけたし、それに俺、やっぱり女の子の方がいいな。カーターはいろんな女の子とつきあってきたみたいだけど、わかる気がする。……昔は、ジェイクと一緒になって溶けたサロニーを羨ましく思ったけど、今は、俺は俺って断言できる。ジェイクとは、不思議な絆で繋がっているから、だから、それでいいんだ。不思議といえば、俺の青い目も、有り得ない奇跡なんだって? ジェイクは、そこら辺にあるありふれた事実に過ぎない、と言ってたけど。でも、あまり気にしたことはなかったな。フォレスト夫人も、俺の青い目、褒めてくれたよ。さっきも言ったように……俺は自分の青い目が大好きだよ。……初めて会った時、ジェイクは他人という気がしなかった。まるで、ライオンだったジェイクが、人の姿をとって、目の前に現れたみたいだった。俺は、昔はライオンになりたかった。けれど、ジェイクは、おまえはライオンじゃないって……。俺、彼を殴ったよ。でも、それは俺が憎くて言ったことじゃないし、本当のことだもんな。けれど、言われた時にはショックだった。今は笑って済ませられるけど。ロサンゼルスに来てから、毎日が楽しいよ。ジェイクは、俺が将来大芸術家になることを信じてくれている。彫刻のモデルはいつもモナばかりだった。モナがいなくなった寂しさを紛らわしてた……いや、それよりもっと崇高な気持ちからだったと思う。今振り返ってみれば。でも、サミーをモデルにしたことは一回もないよ。モデルにしようとも思わないから。これからだってそうだと思うよ。……サミーが人間とつきあえ、と言ってくれた時、俺には何のことだかわからなかった。無理やり承諾させるんだもん。サミーは。いくら実の父だからって。あんたを父親と思ったことはほとんどない。意識にも上らなかった。俺にとってサミーはそんなものだよ。サミーはサミーなりに俺のことを愛してくれていたみたいだけど。俺はジェイクの方がいい。ライオンでも、人間でも。ジェイクは俺の味方だ。そしてモナも。……あんたの出る幕はなかったよ。あんたとは、すれ違ってばかりだったね。もう少し、ちゃんと向き直っていたらよかったね。あんたがこの世から去る前にさ。でも、まあいいや。そう考えるようになったのはもうサミーが死んでしばらく経った後だったし。それに、当時はあまり何とも思わなかったしね。悪いけど。俺達って、親子としての情が欠落しているのかな。どうして仲良くできなかったんだろう……。もう少し親子らしい関係があったなら、あんたが死んだ時、少しは泣けたかもしれないのに……。でも、俺は今までサミーのことを忘れていた。命日だと聞いて、ようやく思い出した。俺って冷たいかい? いいよ、冷たくても。ライオンのジェイクが死んだ時は、あんなに涙を流したんだからさ。原因はあんたにあるよ、サミー。あんたはジェイクをただのライオン扱いしていたから。俺にとっては親代わりなのに。ああ、でも、あんたが父親として何かが欠けているというのではないらしいというのはわかるよ。ただ……愛情表現が下手で、俺の一番大切なものをわかってなかっただけだったんだ。俺も、サミーの大切なものはわからない。きっとそれはモナだったんだろうと思うけど。モナが生きていたら、もっと仲良くなっていたかなぁ、俺達。モナが死んでから、俺、蛇が苦手になったよ。怖いんだ。自分が死ぬのも、他人が殺されるのも。モナ、即死だった。どうしてこんなに運が悪かったんだろう……。俺はまだ小さくて、何もできなかった。モナの死で全てが壊れた。俺にはジェイクしか残されていなかった。だから二人してジャングルに逃げた。何故なら、俺達は愛し合っていたから。ライオンのジェイクは、俺のことを何でもわかってくれた。一生森で暮らしてもよかった。でも、ジェイクは寿命だったから。ロサンゼルスでまた会えて、嬉しく思った。しかも、ちゃんと人間として。彼の本当の名は、ジェームス・エリー・ブライアン。いや、マイケル・V・ネガットと呼んだ方がいいのかなあ。でも、カーター達は『ジェームス』って呼んでいるからなあ。俺にとってはジェイクだけど。ジェームスとジェイクって、名前がちょっと似てるよな。運命感じてしまうよ。いつだったか、悪夢を見たことがあった。ジェイクが撃たれる夢……サミーは力いっぱい抱き締めてくれたっけ……。サミーとの思い出も、探せばあるものなんだなあ。ごめんよ、サミー。記憶の中から抜け落ちていて。なんせジェイクのことで頭がいっぱいだったから。人間のジェイクのことだよ。俺、彼の思考でめちゃめちゃにされないようにずいぶん苦労したこともあったんだ。今はだいぶ落ち着いたけど。だから、こうやってサミーのことを考えることもできる。……カーターが言ってたよ。『親子だからって、その関係が良好であるとは限らない。私は母に長い間疎まれてきた』って。どうしてそういう話になったかは忘れたけど。サミーはサミーなりに、俺のこと、愛してくれていたんだろうね。あんた、評判良かったよ。みんなから好かれていたんだね。でも、俺はちょっと複雑な気持ち。……昔、助けてくれてありがとう。俺、壊疽を起こすところだったんだって?素直に礼が言えるようになったよ。それに、死んだらジェイクに会えないもんな。命の恩人とはいえ、俺にはジェイクの方が大事なんだ。わかってほしいけど……もうわかってる? サミーは大人だもんな。サミーは天国にいるのかい?天国は綺麗だろうな。死ぬのは怖かったようだけど、死んだら、それはそれは美しい場所に行けるんだって。どこで聞いたか覚えてないけど。俺もジェイクも、長くは生きられないと思う。サミーもモナも若死にしたから。だから、今を大切に生きようと思う。別れの時が来るまで。死んだら、ライオンのジェイクにも会えるといいな。そしてモナにも。サミー。あんたとも会いたい。あんたのことなんてどうだっていいけれど……一応父親だからね。出会ったら、少しは嬉しいかもしれない。可愛がってもらった思い出もちょっとはあるし。でも、今はジェイクのそばにいるよ。しばらくは。後は……そうだな。ジェイクをよろしく……と言っても無理か。ジェイクもサミーのことは嫌がっているし。そろそろ時間だな。早く行かないと。ジェイクやみんなが待ってる。今の俺の家族が。サミーには、いろいろ心配かけたと思う。でも俺は今、幸せだよ。ちょっと人ん家より変わったことが多いかもしれないけど、俺達にとってはそれが当たり前で、普通なんだ。オーガス家では、どんなことでも起こり得る。でも大丈夫。何があっても。ジェイク達がいるから。故サミュエル・グラスゴーへ」

2010.8.18

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