ラウルとアンディ

「おーい、アンディー。学校行こうぜー」
 チェインバース校のアンディのクラスメート、ラウルが、そう呼ばわる。
「ラウル! ラウルじゃない!」
 アンジェラが駆け寄って、ラウルのところまで行く。
「やあ、アンジェラ」
「……何しに来たの?」
「何って……アンディを迎えに」
「そう……やっぱりアンディの言ったことに嘘はなかったのね。もっとも、アンディに嘘をつく必要性をわかる感受性があるとは思えないけど」
「? 何の話だい?」
「気にしないで、ラウル。アンディは、あなたのことをえらくお気に入りよ。そう、多分、カウチの事件の頃から」
「でも、あれは、嫌がらせなんだぜ」
「アンディはそう思ってないよ。変わり者でしょ?」
「変わり者でも、俺は好きだぜ。――いや、好きになったぜ」
 アンジェラは、ぽかーんと口を開けた。
「入っていいかい?」
「――どうぞ」
「おーい、アンディ」
「ラウル!」
 と、アンディが嬉しそうに叫んだ。
「ああ、ジェイク、今日は車で送るのはいらないから」
 アンディは、ジェームスにそう告げると、たたっ、と玄関に行って、「おはよう」の挨拶を互いに交わした後、連れ立って庭を出た。

「君の言う通りだったね」
 カーターが言う。
「え? 何が?」
「男同士の対立なんて、求愛ダンスのようなものだと、前に言ってたじゃないか」
「え?」
 そこで――
 ひやりとするような間があった。
 ジェームスは、そんな場を作るのが上手い。何でもない会話なのに、思わずカーターも嫌な汗がたらたら。
「そんなこと言ったかな……?」
「言ったとも!」
 カーターはつい怒鳴った。
「冗談だ。そんな声出すな。もう少しリラックスしろ」
 ジェームスは、ぽんぽんとカーターの肩を叩いた。
(君がすごんだんだろ、君が~……)
 カーターは思ったが、言葉にならなかった。
「それにしても、アンディは良かったな」
 ジェームスは話題の転換も上手い。
「ああ、そうだね」
 気を紛らわすことの早い――半ば必要に駆られて――のカーターも、同意した。

「ラウル……」
「なんだい? アンディ」
「昨日はその……世話になったよ」
「それ、俺の台詞。おまえと仲良くなれて嬉しいよ」
「俺も!」
 アンディの表情が明るくなった。
「お前、学校でももっと笑えよ」
「なんで?」
「だって……女の子にモテるだろ。おまえ、結構美形だからさ。ジェシカだって、ベスだって、実はおまえのこと気にしてるんだぜ」
「ああ……」
 アンディの顔が曇った。
(だって俺、女の子に興味ないから……)
 幸いにもアンディがそう言う前に、ラウルが話し出した。
「さてと、おまえと同じ色の肌を持つ奴と、仲直りしなくっちゃなぁ」
「それって、ボギー・ベンのこと? 彼元気かな?」
「多分な」
 ラウルが答える。
「どうして喧嘩したの?」
 と、アンディ。
「パートナーを紹介するって、ボギー・ベンが言ったんだけど、俺、『黒人女なんかまっぴらだ』と言ってしまったんだ」
「黒人って、俺と同じ?」
「ああ。で、謝る言葉を一生懸命考えてたんだけど……おまえと一緒にいるところを見れば、俺のことも許してくれるだろ。あいつも」
「…………?」
「つまりさ、昨日、俺とボギー・ベンは衝突してしまったわけ。ちょっと前の俺達と同じようにな」
「俺とラウルは、衝突なんてしてないじゃないか」
「そりゃ、今はな」
「ずっと前からそうだったよ。だって、あんたはカウチを俺にプレゼントしてくれたじゃないか」
 アンディがそう言うと、ラウルが大きな手を自分の口元に当てて笑った。
「どうしたの?」
 アンディが訊く。
「だってお前。あれは嫌がらせだったんだぜ。ああ、おかしい! こんなおかしいことってあるか?」
「俺、変なこと言った?」
「いや――いや、いや。アンジェラの言った通りだな。お前って変わってる。本当に世間知らずでさ――でも」
 ラウルは、アンディの肩に腕を回した。
「まるっきり馬鹿、というわけでもない。そうだろ?」
「う……うん」
「俺、以前はお前にコケにされてるって思ったんだけど……お前はお前で精一杯やってたんだよなぁ。気付かなくて悪かったよ」
「ええ? ああ、うん」
「ほら、お前もなんか喋れよ」
「――ラウル、ボギー・ベンはきっとあんたのこと許してくれるよ」
「黒人女を馬鹿にした俺をか」
「うん。あんた、いい奴だもん」
「これは不意打ちだな。――お前は生きてるだけでセンセーションを巻き起こすよ。将来大物になるんじゃないかな」
「そんなものにならなくっていいよ」
「もっとお前のこと訊きたいな」
「どんなことがいい?」
「そうだな――密林でライオンと暮らしていた時のことなどさ」
「ジェイクのことかい?」
「へぇー。ジェイクって言うのか」
「ジェイクは、一旦は死んだんだ。でも、また生まれ変わってきてる」
「どこに?」
「昨日、家に白っぽい金髪の男がいたろ? あれがジェイクさ」
「え? ジェイクってのはライオンで、でも死んで、人間の男に生まれ変わったってことか?」
「そうだよ!」
 と、アンディの瞳は輝いた。
「お先に。お二人さん」
 アンジェラが自転車に乗りながら、笑顔で追い越した。

「ラウル!」
 ボギー・ベンが、驚いた声を出した。
「やあ……ボギー・ベン」
 と、アンディ。
「驚いたなぁ。あんたら、すっかり仲良くなっちまったのかい?」
「ああ。そうなんだ」
 ラウルが照れた顔をした。
「でさあ、昨日のことなんだけど……」
「もういい、もういいよ。ラウル。俺も大人げなかった」
 その一言で、ボギー・ベンも実は気にしていたこと、そして、ラウルと和解したかったことが伝わった。
「じゃあ、許してくれるかい?」
「ああ。それより、アンディとお前が仲直りしてくれて、嬉しいよ」
「俺達、前からみんな友達だったよな」
 アンディは笑顔で言い放つ。
「なぁ、あいつ、あんなに明るかったか?」
「いや、よくわからんが、ここまでとは……」
 ラウルとボギー・ベンがひそひそ話をする。
 彼らが呆れるほどに変わっていったアンディなのであった。

後書き
『スタンダード・デイタイム SIDE-2』の続きを勝手に考えました。
こんなやり取りがあったらいいな、とぼーっとしてたら、浮かんできたのですよね。
この話はクリスマスの時期だから、少し機会を逸した感がありますが。
2010.3.8

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