願いは必ず叶う

 僕はエティアス・サロニー・ジュニア。今度三十八になります。
 この名前が示す通り、稀代の殺人鬼の息子です。
 父はあまりに有名でした。私は、何度も改名するように言われましたが、父譲りのこの顔は変えることができませんし、変えるつもりもありません。
 もちろん、名前だってそうです。
 それをわかってくれるのは、今は亡きジェームス・エリー・ブライアンでした。この人も、いろいろ有名な人です。
 ジェームスと僕は、私が小さい頃に出会いました。
 ――彼は、私が幸せになっていいのだと、保証してくれました。
 彼は、僕の養父です。
 フロイドさんもジョイも、僕達のことをわかってくれました。
 私は今、小児科医をしてくれます。それも、ジェームスや、カーターさん――この人も医者です――のおかげです。
 今にきっと、カーターさんみたいな立派な医師になろうと思います。
 私を怖がる人もいます。けれど、僕でなければ駄目だという人もいるので、まぁ、何とか上手くやってます。
 父のことがあったからといって、僕が僕であることを変えることはできません。
 ジェームスだけでなく、他の人からも言われました。
 カーターさんからも――。
「いいかね、エティアス。その容貌と生まれで、やいのやいの言う人もいるだろう。けれどね――」
 彼は笑顔で言いました。
「そんなのは、大馬鹿野郎だよ。君は君のままでいいんだ」
 そんなカーターさんとジェームスは親友でした。ジェームスが死ぬまで友達でした。
 彼らがいなかったら、僕も人を殺して、暗黒の世界に入っていたかもしれません。
 ジェームス・ブライアン。彼は僕の養父にして恩人です。
 世界中に、幸せになっていけない人などいない、と断言してくれた人です。
 それに――僕の将来のお嫁さんの実の父親でもありますし。
 ビダー・ヴォイド・ブライアン。
 それが、僕の初恋の相手。
 初めて会ったのが、彼女が子供の時で、その後、すぐに行方不明になりました。
 僕も、ビダーの母親のジョイも非常に悲しみました。ジェームスも天国で悲しんでいると思います。
 だが、僕達は諦めることはしなかった。諦めないのは、ジェームスのモットーでもある。我々はそれを引き継いだのでしょう。
 尤も、諦めかけたことはある。だが、いろいろな人に話を聞いてもらって、それで何とかなっている、という状況でした。
 ビダーはアルビノです。ジェームスよりももっと色が白いのです。
 今、二十か二十一の彼女は、とても目立つ美女に成長していると思います。
 ニューヨークの街中か、それともここロサンゼルスのどこかでばったり会うことを、信じています。
 ジェームスの魂が、その他の諸々のものが、彼女を僕の元へ運んでくれるでしょう。僕達は、そこで運命的な出会いをするのです。
 だから、他の人とは結婚する気になれません。僕は今も独身です。
 僕とビダーは二人ともジェームスの子供ですが、血は繋がっていないのです。
 ジェームスの妻であったジョイもとてもいい人で、アフリカ時代から、家族のように振る舞っていました。実際家族には違いなかったですが。
 彼女は、僕の姉であり、母であり、友達でした。
 ジェームスが生きていた頃のジョイさんは、それはそれは美しく、生き生きしていました。ジェームス亡き後の彼女は、いつもどこか寂しそうですが。
 彼女は作家で、だから、ジェームスのことを書くことによって、生きるよすがとしています。そうでなかったら、後追い自殺しているか、または精神的に衰弱して、彼女もまた、この世の人ではなかったかもしれません。
 でも、ジョイには夢がありました。昔から温めてきた、大長編を書くこと、そして――。
 ジェームス・ブライアンや、自分達の将来を書くことです。
 ジョイはとても明るい性格でした。けれど、時々思いつめて何をするかわからない人でした。ジェームスが死んでから、その性格に拍車がかかったような気がします。
 本当に、ジェームスを愛していた女性です。僕なんかよりずっと、彼を愛していました。
 ジェームスを愛する人はたくさんいました。その反対の人もいたけれど。
 カーターの双子の息子の一人、J・B・オーガスもその一人ですが――今は彼のことについて触れるのはやめましょう。いずれ、わかります。
 僕も、ジョイのように、ジェームスの想い出に浸って生きていけたら、どんなに楽かと思います。それから、彼女自身の一族のことについても書いていますが、ジェームスのことを書いている時が一番楽しそうです。
 いや、楽しいというのは変でしょうか――書かなければならない、という使命感に燃えているようです。
 その純粋な愛情は、アイドルと結婚した女性が遊び半分で書いた暴露本とは訳が違います。
 いっしょくたにしている人もいるようですが、ジョイは未だにジェームスを愛しているのです。
 ジョイと僕は仲がいいです。けれど、僕はジョイが、いつあちらの世界に行ってしまうかと、心配なのです。
 殺人鬼の息子が人の心配なんて変かもしれませんが、ジェームスがいたら、こう言うでしょう。
 ――生まれながらの悪人などいない、と。
 ジェームスは、十月生まれだからでしょうか。とてもオプティミストです。
 シン・ギャラガーという男も楽天家ですが、その、珍しいほどの自分勝手なプラス思考は、僕達には迷惑しかかけません。ちなみに彼も、ジョイの仕事を理解していません。暴露本作家と同じ扱いをしています。
 ――腹が立って来たからやめましょう。怒るのは体に悪いですから。しかも、あんな男の為に。
 ジョイのことに話を戻します。
 彼女はもう四十代に入っています。あまり健康的とは言えません。
 あれが、あのめくるめく表情を見せていた若い女性、ジェームスを全身で愛していた女性と同一人物だとは思えません。
 今の彼女は、彼女の抜け殻で、本体は既にジェームス・ブライアンと一緒にあの世に行ってしまったのではないか――そんな馬鹿なことまで考えてしまいます。
 彼女が生きているのは、ただ、書くこと。書くことによって生きているのです。そんな人生もあるのだと、僕は彼女によって初めて知らされました。
 僕は、彼女に体を壊して欲しくはないので、いろいろなアドバイスをするしか方法はありません。後、足繁く彼女のところに通うか。
 けれど、彼女は幸せだったでしょう。ジェームスがいたから。
 ジェームスといた時の想い。
 ジェームスといた時の情熱。
 ジェームスと生きた――人生。
 それがある限り、ジョイは生き抜いていくでしょう。ジェームスと同じ天国へ行くまで。
 天国の話が出て来るのには訳があります。僕は――笑わないでくださいよ――クリスチャンなのです。
 ――まぁ、笑ってもいいですが。もう慣れました。
 殺人鬼の息子がクリスチャンなんておかしいでしょうから。カーターさんやジョイはわかってくれましたが。
 でも、父は父、僕は僕です。――それに、父もキリスト教は嫌いではなかったでしょう。人の話では家に聖書が置いてあったそうです。
 殺人鬼とキリスト教。これほどミスマッチな組み合わせもないかもしれませんが。
 だからこそ、父は、人の『原罪』というものについても考えていたのでしょう。
 僕は、『原罪』だけはどうしても受け付けることができません。僕達は生まれてきただけで罪なのでしょうか。
 生まれながらの悪人などいない。僕はそれを信じて生きて行くことを選びます。
 しかし、賛美歌は心が洗われますし、教会で説教を聞くのも好きです。祈ると心に一本芯が通ったような気がします。キリスト教は、僕にとっては合っていたのでしょう。
 ジョイには、
「あなたの禁欲的な生活は真似できないわ」
 と言われましたが、習慣になれば簡単なものです。
 ヨガも彼女に勧めましたが、どうも肌に合わないみたいです。
 クリスチャンとヨガ。僕はクリスチャンの友達に、
「ヨガはやめた方がいい。聖書的でないから」
 と忠告されたことがあります。けれど、聖書的でないとはどういうことでしょう。
 その方法に問題があるのならともかく、いいことだったら、どんどん取り入れて行くべきでしょう。
 僕は、医学会とも戦ってきました。エティアス・サロニーの息子というだけで僕を敵視する人は掃いて捨てるほどいるのです。もちろん、同じくらい理解者もいましたが。
 敵視、悪意、そねみ――そんなことは何でもありません。自分に向けられている限りは。ただ、他の人にそれが向けられている時は、身を持って擁護しようと思います。
 あのジェームス・ブライアンのように。
 僕は、ジェームス自分の父であることを誇りに思います。だから、僕は証の時、こう言っています。
「僕は、殺人鬼と聖人のあいのこです」
 ――と。
 教会の人達は概して僕に優しいような気がします。
 ジェームスはクリスチャンではなかったのですが、生きて行く場所と愛を提供してくれました。多分、僕にとっては生まれて初めてのことかもしれません。
 その愛。僕の通っている教会の方々も、それを体現しているように思います。たとえ陰で噂されていたとしても、そこまで彼らの言論の自由を奪うことはできません。
 僕は、僕をありのままに受け入れてもらったこと、そのことについて、主に感謝しています。
 ジェームスと会ったことも、主が御手を伸べてくださったからだと信じています。
 だから――今度は僕が人を愛する番です。
 ジョイもそうだし、カーター一家も。僕は、彼らが大好きです。それから、ジェームス・ブライアン。僕はどんなに彼を愛していたことでしょう!
 ビダーが生きていたら、優しく手を差し伸べてやりたい――いや、絶対彼女は生きているでしょう。この地上のどこかで。
 願いは必ず叶う。全ては益となる。
 もっと強くなって、ジェームスのように分け隔てなく人を愛したいです。あのシン・ギャラガーさえも――それができるものなら。父も、ジェームスに理解して欲しかったのかもしれません。だが、父は望んでいるより遥かに優れたものをもらいました。
 愛によって生きた僕が、周りに愛を返すこと、それが僕の一生の課題です。

後書き
昨日の夜、停電しましたが、おかげ様で復旧しました。ハレルヤ。
2011.4.8

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