ジェームスの息子エティアス

 僕がジェームス・ブライアンと会ったのは、僕がまだ幼い頃でした。多分十二くらいだったと思う。
 ホロウィッツさんでさえ、僕を疎んじていた。そんな僕を引き取ってくれたのは、父を殺したジェームスでした。
 僕は――もしかしたらと思ったんですよね。
 もしかしたら、父は誰かに殺されるのではあるまいか。
 そんなことばかり気にしているような子供でした。
 それほどまでに、僕の父親は死神そのものを思わす人でした。
 僕のことは――それなりに気にかけていたんだと思います。母にはあまり興味がなかったようですが。
 僕の家は――近親婚が普通でした。だから、時々濃過ぎる血が悪い方に作用するのだと思います。父がそうでした。
 父は子供の頃から、『死』にひどく近い人でした。その点では、僕は父が可哀想になります。
 でも、今はジェームスが逝ったから――。
 父はジェームスと一緒に天国へ行ったでしょうか。安らかに眠れているのでしょうか。
 それとも――地獄へ行ったのでしょうか。
 僕は、父には気高く生きて欲しいと思った。天国でも堂々と、自分の名に恥じぬような振る舞いをして欲しかった。
 だから――僕はクリスチャンになったのです。洗礼も受けました。
 笑うでしょうか。人は。
 人殺しの息子がクリスチャンだなんて。
 けれど、僕はジェームス・ブライアンの息子でもあるのですから。
 神かけて言えます。僕はジェームス・ブライアン並びにエティアス・サロニ―の息子だと。
 僕は容貌が父そっくりなので(昔からそうなのです)、人には怖がられます。けれど、子供はよく懐いてきます。
 父も子供が好きだったでしょうか。そうだったら良いと思います。
 父は、誰かに殺されたかったのではないのでしょうか。
 僕が父だったら、やはり誰かに殺されたがったでしょう。たとえ、傍からはどう見えようとも。例えば、ホロウィッツさんなんか。
 僕は、父が流してきた血の罪の分、誰にも頼らずに一人で生きていかねばならない、といつの頃からか思うようになりました。
 その生き地獄から解放してくれたのは、ジェームス・ブライアンです。彼は言いました。
 俺も人殺しだ、と。
 けれど、彼はどんな善人よりも優しかった。
 ああ、この人なら信じられる、と思いました。
 ジェームスと――それから新たに加わった家族のジョイ・ウィルコックスと、僕達は幸せに暮らしていました。
 ジョイは、今でこそいい歳になりましたが、僕が初めて会った時は、うら若き乙女でした。
 そして、とてもジェームスを愛していました。彼の愛した、アフリカの地と同様に。
 ジェームスは白いライオンでした。たてがみのような白い髪を揺らして。
 そんなジェームスが、僕は大好きでした。
 そして、ジェームスは言いました。
 俺が死ぬ時は、サロニーも連れて行く、と。
 僕は嬉しかった。誰にも愛されることなどないと思っていた父をジェームスは受け入れてくれたのだから。
 マイク・シャーロットは言った。彼のおかげで人間が好きになったよ、と。
 ビクター・サーリングも、今は幸せに暮らしているらしい。彼のやったことを思えば、甘過ぎる判決かもしれないが、これも一種の神の裁きでしょう。
 そうですよね、イエス様。
 僕は、光さすステンドグラスの会堂で祈っていました。
 ジェームスの乳母、マリア、ジェームス、父、ジョイ、カーター……。
 あ、カーターというのは、ジョイのお兄さんです。僕の師匠なんです。彼に医学を教わりました。
 ジェームスと同じように、人の役に立てる仕事につきたかったから――でも、ジェームスはスーパーマンなので、僕みたいな凡人にはとてもついていけません。
 なので、僕と同じ凡人のカーターさんから、医学の心得を教わりました。
 ――いえ、彼も本当は凡人ではないのです。自分では、「私は凡人だ、凡人だ」と言っていましたが。
 彼は秀才で、努力家なのです。心臓外科医にもなりました。結局辞めてしまいましたが。
 その後、どうなったと思います?
 なんと! 私立探偵になったのですよ!
 ジェームスの力を借りながらとはいえ、大きな事件を解決しています。
 カーターさんの底力と女性遍歴には目を瞠る思いです。一時期ビアトリス・フォレスト夫人とも――おっと、これは言ってはいけないことでした。
 神よ、どうかお赦しください。
 それに、カーターさんは何といってもジェームスのボスです。
 すごいですよね。
 今、ジョイはジェームスに関するあれこれを書き連ねています。彼女は寝食を惜しんで作業についている為、健康状態がどうなのか不安です。
 この間も、
「調子が出ない」
 と言っていました。もう若くないんですから――。
 でも、ジョイは夫ジェームスと共にアフリカの草原を駆け抜けたあの頃の記憶と癖が抜け切れていないみたいです。
 僕が監視しないとすぐ無茶をします。
 彼女だけ、アフリカに置いてくれば良かったのかもしれません。でも、ジェームスのいないアフリカに何の魅力があるでしょう。
 ジョイがそこに留まったとて、何のメリットがあるでしょう。
 結局、僕達はロスに帰ってきました。
 僕にはビダ―もここにいるような気がしてなりません。
 ビダ―・ヴォイド・ネガット。ジェームスとジョイの娘。
 その娘と僕は、結ばれる運命にあるのです。
 その時、僕は初めて、自分の血を完結させることができるでしょう。
 しかし――何と言う悲しいことか、今、彼女は行方不明なのです。
 きっと会える。絶対会える。そう信じて、何年も待ってます。
 ジョイは苦笑しています。そんな僕を見て。
「ねぇ、ジェームス! 信じられる?! こんな可愛いエティアスが稀代の殺人鬼サロニーの息子だなんて」
 するとジェームスは穏やかに諭した。
 誰も、殺人鬼に生まれつく者はいない、と。
 ジェームスも近親相姦から生まれてきた子です。もう隠しても仕方がありません。それは彼の父アーサーによって周知の事実となったわけですから。
 それは、アーサーが我が子に対して犯した、最後の復讐だったのかもしれません。
 アーサーは不幸な人でした。
 自分の姉だけを見て、見て、見て――結局、彼は負けたのです。彼の姉はジェームスを選びました。
 アーサーは、最後までジェームスを殺したがった、と彼の身近な人物は言っています。そう、マヌエル・パデュラとか――。
 マヌエルは僕のことを許してはくれませんでした。
「貴様のような奴がいるから、殺し屋が坊ちゃんを――」
 そう言って、土くれを投げつけられました。僕は、ただ黙って俯くしかありませんでした。
 彼もジェームス――幼少時はマイケル・ネガットと言う名前でしたが――を愛していたのですから。
 僕も、僕に石を投げつけてやりたい思いでした。
 この中で罪のない者、その石で女を打て――。
 確か、そんな箇所があったと思います。聖書の中には。
 僕は、生まれながらに穢れた血を持っています。僕はあの罪深き女より、石で撃ち殺す対象にされたでしょう。
 でも、イエス様はそうはなさらなかった。代わりに、その女の罪を赦してくださった。
 ああ、どんなにイエス様は素晴らしかったろう。イエス様はその女を赦したのだ。ジェームスと同じく――。
 ジェームスは庇護して、心を温めてくれた。優し過ぎるくらい、優しかった。
 僕は、何度生まれ変わっても、ジェームスの子供になりたい。今度は本当の。
 だから、ビダ―は大好きだけれど、あの人と同じ血をひいていると言うだけで、羨ましくさえあります。
 けれど、僕は僕の道を行くのだから。
 大変でも、いばらの道でも、イエス様が歩き通されたように、僕も歩こう。
 ジェームスの乳母はマリア・パデュラ――聖母マリア様なのだから。
 クリスチャンの名に恥じぬよう、僕は生きよう。二人の父親の為にも。
 二人の父親――ジェームス・エリ―・ブライアンと、エティアス・サロニ―。
 取り敢えず、今日はジョイのところへ行こう。
 あの人のびっくりする顔が見たい。あの人は、妙にいたずら心を起こさせる人だ。あ、不道徳な意味ではなくてだよ。
 何せ、あの人は僕の義理の母であるのだから――。
 それに、あの人の生活も心配だ。ご飯はちゃんと食べているだろうか。
 目の前を子供が横切って行った。走りながら。
 今日もいい日になりそうだ。僕の回想はまだまだ続くが、この辺で少し頭を休ませよう。

後書き
エティアス・サロ二―・Jrは成長しても一人称は『僕』なんだろうか……。
2011.1.20


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