ワイエスの告白

 マイケル・V。ネガット。
 俺――ヒース・ワイエスであるところの俺の親友だった。
 この世で最も愛していて――この世で最も憎い奴だ。
 誰も彼も、俺ではなく、あいつを選んだ。そういう運命なのだ。
 あいつにはいつもラッキーなことが起こった。
 そして――乳母の家族から可愛がられ愛され――俺にないものを全て持ってた。
 俺は何にも持っちゃいなかった。
 あいつは、運命に選ばれた者だ。
 俺はと言えば、家族には疎まれ、邪魔にされた。
 俺は病気のせいであまり背丈が伸びなかった。だから――大人になった時、マイケルと再会した時、あいつの体を見た時、俺は羨ましく思った。
(幼い頃はちびだったのに、えらくでかくなったもんだな――マイケル)
 そう思った。羨望交じりに。
 サウスワース研究所でも、奴の成績はずば抜けていた。しかも、それが適当に手を抜いた結果で、努力すればまだまだ伸びるはずだという見解がスタッフの間での話題だったのだから腹が立つ。
 誰も彼もが、あいつだけをちやほやし、俺を選ばなかった。
(俺はここにいる! 俺はここにいるんだ!)
 そう叫びたいことも何度あったことか。
 俺は、奴より劣っていたのだ。
 その思いが俺を蝕み――やがて修復不可能になった。
 十歳の時に、マイケルが死んだと知って、俺は正直ほっとした。
 ほっとしたんだ! 親友の死に対して! 何と嫌な奴だろう!
 だが、マイケルが生きているとわかるまでは、俺はそれなりにそれなりの人生を送っていた。やがて博士号を取るだろう。そう思っていた。
 だから――マイケルの生存がわかった時は、毎日苦痛との戦いだった。
 破滅――俺は破滅するのだと思った。マイケルの強運の強さに恐れを感じた。
 夢の中で何度も奴を殺した。そうでもしなければ、マイケルはずっと生き続ける。俺の中で。
 だが、奴は死ななかった。
 命を狙ったこともある。結局、右目だけしか撃てなかったが。
 何故だ! あいつと俺とどこが違う!
 俺はエリーに会って自分を売り込んだ。マイケルを殺す、殺し屋として。
 エリーはわかってくれた。エリーも俺と同じだったんだ。
 あいつが、憎くて、憎くて、憎くて。
 あんな奴だ。どうせ平穏無事に死ねっこない。俺はそれを待つだけでいい。
 けれど、それは無理だった。他の奴の手にかけるくらいだったら、俺が引導を渡してやりたかった。
(おまえは父親に殺されたんだ! おまえの父親はおまえを選ばなかった!)
 その事実を突き付けたかった。
 だが、そんな惨いこと、仮にも親友であった男にできるわけがなかった。
(それに――おまえは人殺しだ!)
 テキサスの農場にいた彼が、ロスにいたのだ。何故そんなことになったのか――推理力を働かせればすぐわかるだろう。
 エリーんとこの裏切り者を殺したんだ。
 あいつはマフィアとも繋がりがあった。
 あいつの叔父、アーサー・ネガットは極悪人だった。マイケルはアーサーに懐かなかった。人前じゃ仲のいい芝居してたけどな。あいつらは。
 けれど、アーサーもマイケルを憎んでいたんだ。
 その事実に安堵した。俺は酷い奴だ。
 しかし、マイケルは乳母一家の子供だった。俺には――そんな存在はいない。
 おしおきをされても、「辛かったね」と抱き締める腕さえなかった。
 それが一番俺が欲しかったものなのに!
 俺は捨てられたんだ。俺に要求されているのは、力瘤だけだったから。
 マイケルと俺は、いろいろ悪いことをして遊んだ。普通の子供と同じだ。ただ、俺達の方が少しスケールが大きかっただけだ。ろくなことはしなかった。
 だから、おしおきも、ただでは済まなかった。俺はいろいろ痛い目に合った。罰せられるのはいつも俺。計画を立てたのはマイケルだというのに。
 マイケルもいつか運命からおしおきされるといい。耐えながら、子供の俺はそう願った。
 マイケルはいつもその場の中心となった。あいつを嫌う奴なんてどこにもいなかった――アーサーを除いては。
 アーサーは、マイケルの代わりに、どこかの浮浪児を殺した。本当はマイケル自身を殺したかったはずだ。
 何故? それはわからない。天才の息子を持て余したのか? 俺やエリーのように。
 まぁ、いずれ、真実が見えてくるだろう。俺はそれまで生きているつもりは毛頭ないが。
 俺は、ポケットに薬をしのばせている。小さいカプセルだ。
 こういうところでも、自殺する手段はいくらでもある。
 もうすぐ、カーターが来る。彼が来たら――俺はその前でこのカプセルを飲むつもりだ。それには、致死量の薬が入っている。
 天国への片道切符だ。いや、地獄かな。マイケルを殺そうとしたのだから。
 あいつは――どこでも受け入れられる。カーター、アンディ、アンジェラとか言う少女。
 もう既に家族のような感じだった。昔、マヌエル一家と一緒にいた時のように、奴は生き生きとしてリラックスしているように見えた。
 そして――前より明るくなった。
 今のマイケルを知った人々は、奴のことを「面白い兄ちゃん」と呼んだことであろう。
 マイケルのような目に合ってたら、俺は、こんなところでカーターを待たず、とうに自殺していたであろう。
 奴は死にたいと思ったことはないのか?
 どうもわからない。奴のことについてはわからないことだらけだ。
 カーターも、奴を引き取った。どうやら、あいつが好きみたいだ。
 奴の幸せを喜ぶ半面、「何故奴だけが」という昔ながらの怨念がマグマのようにどろどろと俺の中を流れていた。
 俺は、話のわかるマイケルの兄貴分、パソコン会社に通う現代社会のエリートという立場を演じた。演じ通そうとした。
 だが、駄目だった。
 俺には、コカインに走る奴らのことがわかる。だが、俺はもっと質の悪い麻薬にとり憑かれていたのだ。――マイケル・V・ネガットという麻薬に。
 マイケルのことを思い出しながら、奴は死んだ、奴は死んだ、と心の中で繰り返し続けた。マイケルがエリーのところから脱走して、刑務所に逃げ込むまでは。
 マイケルは生きていた!
 そのニュースは、俺の中身をぐちゃぐちゃに掻き回した。俺も麻薬をやれば救われるのか? 手を出そうとしたことも一度や二度ではない。結局、やらなかったが。
 しかし、今、死のうとしている。
 マイケルの片目を潰した俺には、生きていていいことなんか何一つない。たとえどんな目に遭っても、奴の幸福を奪うことはできないんだ。
 願わくば……これからのマイケルの人生に幸あらんことを。
 何? さっき述べたことと矛盾しているって?
 俺は奴が好きだよ。愛していると言ってもいい。俺が女だったら恋人になりたいと思っただろう。そう思うほどにいい男だもんな。
 奴を愛している。奴が憎い。だから、殺してやりたかった。
 けれど――殺し損ねた。いつか、奴を殺す人物が現われるだろう。そう信じて、俺は、この薬を飲んで永遠の眠りにつく。
 全く、冗談じゃないね。マイケルさえいなければ、俺はもっと平穏無事な人生を送れたかもしれないのに。
 いや、あいつがいなかった場合俺は、本当に麻薬に走っていたかもしれない。
 自分でも、感心するほど我慢してきた。マイケルは麻薬より質が悪い。
 それでも――俺はマイケルが好きだ。マイケルも俺が好きだったと思う。
 片目にして悪かったな。マイケル。
 俺は心の中でマイケルに謝った。
 あの怪我ではもう右目は見えないだろうが、男っぷりは上がっただろう。――冗談言ってる場合じゃないな。
 あいつには、あいつのことを心配してくれる存在があんなにいる。カーターだってそうだ。カーターが邪魔に入ったおかげで――俺はマイケルを撃てなかった。
 そのことが、ショックだった。カーターはまだマイケルと知り合って間もない頃だったのに。
 彼は、奴のことが好きなんだ。俺らと同じように。
 いや、彼は俺のようではなく、危険から、苦難からマイケルを守り通そうとするだろう。一生、奴を愛し続けるだろう。
 もう俺は必要ないな。マイケル。
 俺が死んだら――少しは悲しんでくれるかい? ヒース・ワイエスという存在が確かにいたことを、覚えていてくれるかい? 少しは惜しんでくれるかい? ちょっとは泣いてくれるかい? 時々は――たまにでもいい。墓参りにでも来てくれるかい?
 俺はとりとめもなく考え続けた。
 神は、俺のことを引き受けてくれるかい? いや、地獄は、この世で生きるより楽かい?
 マイケルがいないところだったら、どこでもいい。 ――たとえ地獄だろうが。
 ああ。気持ちが少し楽になった。
 わかってくれてありがとう。この告白を聞いてくれている……誰か。
 口に出しては言わず、どこにも書きつけはしなかったが、それでも誰か、この告白を知っている奴はいるだろう。
 これは、人間以上の存在に対する、懺悔だ。
 ああ、カーターが来た。さぁ、幕は開いた。今日は俺の命日。最後の演技で、本気の心情の吐露をする。マイケルを彼に託して――俺は向こうへ行く。死後の世界とかいう、誰にも会うことのない、マイケルにも会うことのない、どこか。

後書き
私はジェームスファンなのに、ワイエスにはシンパシーを感じます。

2011.3.6


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