シド・キャロルの恋人

皆さん、こんにちは。シド・キャロルです。
え?知ってる?週刊誌で見たことがある。あらそう。
私もいろいろな男性と浮名を流すようになったからよね。レーベンサールへ行って以降。
お父様?お父様は喜んでるわ。
「よくやったぞ、シド。それでこそわしの娘だわい。今日も『娘さんの新たな彼を本で見ましたわ』なんて声かけられてのう。痛快痛快。やはり人生には恋愛という華がなくてはのう。おまえは美人なのに固過ぎるのが玉に疵じゃったが、とうとう女としての悦びに目覚めたか。いやいや。はっはっはっ」
お父様はそんな電話をかけてきたが、しかしこうも言った。
「だが…じゃな。この頃ちょっと行き過ぎではないか?」
お父様の言うことは私にもわかる。自分自身ですら、恋愛の方面では極端だと思うもの。
自分がこんなに恋愛に奔放だとは思わなかったのよ。相手は選んでいるにしてもね。
ああ、でも、ジェームス・ブライアン以上の男性にはまだ会ったことがないわ。いろいろな意味で。性格や、キャパシティや頭の良さ、男性としての容量…それに、セックスについてまで全部。
それに、あの人はとっても美形だった。女の子が騒ぐのもわかるわ。
ご多聞にもれず、私も彼に恋をしたけれど、当時はどうしたらいいかわからなかったわ。奥手だったのね。経験もなかったし。どうして彼が私を選んだのかわからないぐらいだったわ。
ビアトリス・フォレストさんの話によると、
「あなたが本当はいい女であることを、ジェームスは見抜いていたのよ」
ですって。
どうしてかしら。会う時間も限られていたはずなのに。
私が言うと、彼女は、
「ジェームスはスケベなのよ。だから、あなたが魅力的に映ったのよ」
と言って笑っていたわ。
その時はカチンと来るものが無きにしもあらずだったけど、
「あなた、ドレスアップしたらもっといい女になるわよ」
と彼女はアドバイスしてくれたの。
そう言われても、その頃の私はおたおたするばかりだったけど。
何でって、ビアトリスさんは、きらきらの髪の妖艶な美女で、どんなドレスも素敵に着こなすことができたのよ。スタイルもいいし。
私、彼女に憧れていたわ。
何でもずばずば物言う彼女に。しかもそれが優しさに溢れているの。
赤ちゃんが生まれたと聞いたけど、それ以降は会っていないわ。どうしているのかしら。
……ジェームスの話だったわね。私は彼と一時期交際していたことがあったの。私の自慢なのよ。
彼は私を私自身が作った殻から引きずり出してくれたわ。私は解放されたの。そして、本当の自分を見つけたのよ。彼には感謝だわ。
カーターさんの妹と婚約したらしいけど、今では素直に祝福できるわ。昔の私だったらどうかわからないけど。
……多分、口ではおめでとうと言いながら、心の中では嫉妬が渦巻いていたわね。それも、自分に自信を持てなかったから。自分を愛することができなかったから。
それを教えてくれたのが、ジェームスや友人達、そして私の生徒達!
私はアンディやアンジェラの高校の先生だったのよ。
アンディは知ってるわね?ジェームスの番いの相手。
アンディ達のおかげで……私はジェームスに出会うことができた。
2m近い長身、プラチナ・ブロンドの髪、薄い唇、黒いコートの似合う引き締まった体格。人の心を見抜くような鋭い青灰色の瞳。
最初は怖かったわ。私はいつも緊張していた。右目は幼なじみに撃たれて義眼になったって話だから、尚更ね。
でも、話していくうちに……。
リラックスすると優しくほとびる目元。エスプリの効いた会話。聞いていて心地の良い低い声。
そんなものに惹かれるようになっていったの。
彼にはファンクラブもあったらしいわ。高校にね。わかる気がするわ。
一体、あの人に惹かれない女性っているのかしら。それは、あの人は個性が強いから、敵も多かったでしょうけど。
けれど、それすらも魅力のひとつ。造花よりも、匂いの強い、だけど魅惑的な花の方がいいに決まっているもの。
けれど、アンディがジェームス離れをし始めたということは、俄かには信じ難かったわ。あんなにジェームスにべったりのアンディだったのですもの。アンディも大人になったのね。担任として祝わせてもらうわ。おめでとう、アンディ。
そして、おめでとう。ジェームス……と、ジョイ・ウィルコックスだったかしら。
そうそう。ジョイ・ウィルコックスね。今、本で調べたの。
作家志望だって言うから、お兄さんのカーターさんに似て、頭がいいんじゃないかしら。でも、黒髪に白い肌……。ルージュメイアンとの時もそう思ったけど、ジェームス、あなた誰と婚約したの?本当はカーターさんが好きではなくて?
……冗談よ。だから、ここはオフレコにしてくださる?
私も変わったわね。昔だったらこんなジョーク、絶対言えなかったわ。かえって嫌悪を感じたりして。
でも……昔の私も嫌いじゃないわね。しょっちゅうおどおどしてたけど、一生懸命がんばっていたし。生意気盛りの高校生相手によ。私が担当していたのは、いい子達ばかりだったけど、それでも問題はあったわ。ラウルとアンディのこともそうだったわね。いつの間にか仲良くなっていたけど。
そう。流れに身を任せていればいつかは必ず全てが良くなるものなのよ。それを教えてくれたのが、ジェームス・ブライアンだったのよ。
彼の本名はマイケル・V・ネガットだけれど、私にとっては永遠の心の恋人、ジェームス・ブライアンよ。
さよなら、ジェームス。ジョイと仲良くね。
私もお祝いのカード書かなくてはね。でも、ジョイはいい気しないかしら……。
まあ、いいわよね。男にも女にも惚れられて仕方のないジェームスが相手なのだもの。私のカードぐらいで動揺していたら身が持たないわよ。
それに、ジョイは芯の強そうな顔をしていたし、何と言っても、カーターさんの妹なのだもの!
私なんかより、カーターさんの方が、よほど恋敵の名にふさわしいわ。
さてと、何から書こうかしら……。
私は文章を書くことにしばらく没頭していた。
チャイムが鳴った。誰かしら。まあ、心当たりはあるけれど。
そう、私の今の彼氏。この人と私は結婚するのかもしれない、とは思うけれど。
もしこの恋が破れても、私は前より強くなれるわ。
私はドアへと走って行った。

後書き
ルージュメイアンが出て来なかった……。
2012.1.3


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