愛は赤い絨毯

 とある高級レストラン――
 しみひとつないテーブルクロス、白いカーテン、趣味のいいクラシックのBGM。
 アンジェラとノーマンは互いに向き合いながらフィレステーキを食べていた。
「美味しいわね、ここ」
「本当? 良かった」
 アンジェラの言葉にノーマンは破顔一笑した。
 アンジェラはかなりの美人。対するノーマンは人は良さそうだが太っている。
 彼らは数年越しの恋人で、今でもかなりラブラブだった。
「だからね、私、政治家になってもいいかなって思ってるの」
「大賛成だよ。アンジェラ」
「どうしてこの国には女性大統領がいないのかしらね。――レディーファーストの国と言ったって所詮はこんなものよ。遅れてるのよ。大体、レディーファーストと言ったって、男に都合が良いようにできているんだから」
「……耳が痛いね」
 ノーマンはステーキを上手に切り分けていた。
「あら、ノーマンのこと言ったんじゃないわ。あなたは素敵よ」
「ありがとう。……でも、本当に僕なんかでいいのかな。君の相手」
「もちろんじゃない」
「でも、僕、汗っかきだし太っているし」
「気にしないで。私のパパもそうだから」
 ノーマンは苦笑した。
 アンジェラの父が昔、カーターとアンジェラを結婚させたがっていたのも知っている。
 けれど、カーターもアンジェラも、別々の人を好きになった。アンジェラはノーマンと。カーターはジャネットと。
 カーターとジャネットは、長過ぎる春を経てようやく結ばれた。周りはやきもきしていた。このままではカーターは捨てられるんじゃないかと思ったし、事実ジャネットはカーターを一度捨ててもいる。今はよりを戻して仲がいい夫婦になったが。
 それにしても――とアンジェラは考える。ノーマンはどうして『君の相手は僕でいいのか』なんて改めて訊いてきたのか。
「ノーマン……私、あなたは世界一いい男だと考えているわ」
「ジェームスさんには負けるよ」
「どうして?」
「だって――あの人の方がいろいろいい男だもの」
「あなただっていい男じゃない。もしかして――」
 何か話があってノーマンは自分を呼び出したのでは……? アンジェラは考えた。
 例えば愛の告白とか?
 でも、それだと何年付き合っているんだという話になる。ということは。
 アンジェラはノーマンの次の台詞を待った。
「これは……君にはもっと相応しい相手がいるかもしれないけど、僕は僕で君のことは譲れないから……」
 ノーマンは小箱を取り出した。
「結婚して欲しい。アンジェラ」
 アンジェラはごくっと息を飲んだ。期待も覚悟もしてたけれど、いざとなると緊張するものだ。
「これは婚約指輪だよ。――結婚指輪は改めて買うよ」
「そんな……高いでしょ?」
「安いよ……父と母も僕が君と一緒になったら喜んでくれると思う」
 アンジェラはぼーっとなった。
「どうしよう……夢みたい」
 アンジェラにも乙女な部分があったのである。ジェームスやカーターの前では見せないだけで。
 ノーマンの前では、ごく普通の女性であった。気が強くて、ウーマンリブの闘士に同調しているところがあったとしても。高校時代クラスメートのラウルをやっつけた過去があったとしても。
「つけてみていいかしら」
「ああ」
 アンジェラのほっそりした指に指輪が嵌まる。ぴったりだった。
 アンジェラは目を細めてうっとりとその輝きを眺めていた。
 ノーマンからのだから嬉しいのである。他の男からだったら丁重にお断りしていた。――アンジェラなりの丁重さ加減だが。
「カーター達に報告しなきゃ」
「そうだね。長い間君の保護者をつとめていた人達だからね」
「どっちかって言うと私が保護者のようだったけどね」
 アンジェラはくすっと笑った。
「アンディは元気かい?」
「ええ。元気よ」
 アンディはアンジェラと同じ高校に一年間だけ通ったことがある。それでもアフリカ育ちの彼はずれてはいたが、色事師として本格的に目覚めた彼はもう何人もの女を捕食している。
「まぁ……アンディも悩みの種なんだけどね」
 アンジェラは溜息を吐いた。
「何故だい?」
「アンディったら、女性をとっかえひっかえしてるもの。女をなんだと思っているのかしら」
「君はさっきも似たようなことで怒っていたね」
「レディーファーストの件ね。私、はっきり言ってレディーファーストなんて大嫌い。きっと女をスポイルする為の制度だわ」
「そうかもしれないね」
 ノーマンは穏やかに肯定した。
 ワインを汲みかわしながらアンジェラは別の話題に移る。
「式はいつあげたらいいかしら」
「まだ早いかも、と思うけど決めるのは今が一番いい時かもね」
「私、カーターとジャネットを見てるから、あんまり間が空き過ぎても困りものだと思っているの」
「じゃあ、君も大学卒業してからはどうだい?」
「賛成!」
 アンジェラはワイングラスを高々と上げた。そして一口嚥下する。
「ふふふ」
「何だい? アンジェラ」
「私ね……私もずっと、結婚するならノーマンと、と決めていたの。今日婚約申し込まれてなければ、私の方から話を出したと思うわ」
「君って相変わらず積極果敢な女の子だね」
「うじうじしてるのが嫌いなだけよ――子供も欲しいわね」
「何人?」
「二人……いや、三人かなぁ」
 夢は膨らむばかりである。
 ノーマンと一緒の家庭、その響きだけで心弾むわくわくとした想像ができる。子供ができたら、時には厳しく、時には優しく育てて行こう。ビアトリスが子育ての先輩だから、いろいろアドバイスを受けることができるかもしれない。
 そういえば、昔はビアトリスが嫌いだったっけ。
 それは、ビアトリスが女の嫌なところを凝縮したようなイメージの女性だったからであるが、意外と可愛いところがあるし、何よりプリンセスの母親だ。――プリンセスとは、ジェームスが彼女の子供につけた名である。
 今ではビアトリスと和解もしたし、プリンセスのおかげで彼女と仲良くなれた。ビアトリスはいい母親である。
「プリンセスみたいな可愛い娘が生まれるといいわね。勿論、男の子も欲しいけど」
「そうだね」
 そう答えると、ノーマンが笑ってグラスを傾けた。
 愛は赤い絨毯。ノーマンとなら歩んで行ける。
 彼は優しいし包容力があるし誠実だし。うちのドンファンどもやジェームスなどとは、はっきり言って結婚する気がしない。
 デザートをゆっくり時間をかけて食べ終えると、アンジェラはハンドバッグを持って立ち上がった。
「お会計、済ませておくわね」
「僕が払うよ」
「でも……」
「いいんだ。レディーファーストは一時棚上げだけど、このレストランに誘ったのはこの僕なんだから」
 些か押し問答した後、結局ノーマンが支払うことになった。アンジェラには内心忸怩たる思いがあったが、そう悪い気はしなかった。アンジェラが本当に頼れるのは、この世でノーマンとジェームスだけかもしれない。
 けれど、ジェームスはジョイと結婚する。ジェームスにおんぶに抱っこというわけにもいかない。それに、アンジェラはノーマンの方が好きであった。
 眼鏡をかけたノーマンは知的で、世間ではいい男と評されるがどうしても自分には変な顔にしか見えないジェームスよりもノーマンの方がよほどハンサムだと思える。
 レストランを出ると、二人は海に来た。
「風が凪いでるね」
「うん……」
「アンジェラ……」
 ノーマンがアンジェラの肩を抱く。アンジェラは促すように目を瞑る。ノーマンが慌てて言った。
「や、やっぱりキスは結婚式の時にしよう」
「そうね」
 ノーマンは今時珍しいくらいの堅物である。そして、アンジェラはそんな彼のことを気に入ってもいるのだ。レディーファーストというおためごかしではなく、本当に一人の人間として大事に扱われているようで。

後書き
ノーマン堅物過ぎるなぁ。いいじゃない、キスぐらい。でも、近い将来結婚するのか。アンジェラとノーマンは。
なんかいろいろ捏造してしまいました。楽しかったから後悔はしてません(笑)。
2013.6.6


BACK