私にはあなたしかいない
イライザ・ネガット――私の恋した相手だ。
子供の頃から、その思いは変わらなかった。
だが、私はアーサー・ネガット。イライザは私の姉だ。してはならない恋だった。
イライザは何でもできた。私より能力があった。
そして――とても美しかった。
いろんな異性が姉に惹きつけられたが、彼女は相手にしなかった。彼女は愛するということを知らなかったように思える。
それが、苦しかった。尤も、どんな男性が相手になっても、私はその男を許すことはできなかったであろう。
どうして私はイライザの弟として生まれたのか。赤の他人に生まれていたなら、結ばれることも可能であったろうに。
私は苦悩した。
イライザは、私の手には入らない。イライザも、私のことを弟としてでも愛していたかどうかわからない。
私は、どんな手段を使っても、イライザを自分のものにしたかった。
その果てに、私は――ある事件を起こした。
実の姉を強姦したのだ。
イライザは、私を守る為か、どうかは知らないが――いや、多分、それはないだろう。
あの時、お腹にできた子だけが、イライザの愛の対象だった。
その子の名はマイケル。マイケル・V・ネガット。
イライザも言っていた。
「私はあなたを愛せない。けれど、あの時宿った命は愛している」
――と。
イライザは、ようやく愛する者を得たのだ。
けれど、私にはそれが赦せなかった。
マイケルは、私の実の息子であり、私の恋敵であった。
ハ―ヴ・ハスキンスという画家が、イライザの肖像を描いてくれた。イライザにそっくりだった。
彼もまた、彼女のミステリアスなところに惹かれた一人だった。
この男なら大丈夫だ、と私は心のどこかで思っていた。この男なら、イライザを奪われる心配はない、と。
私は、暇があると、その肖像画の前に立って、イライザを偲んだ。
あんなにひどいことをしたのに、イライザはついに一言も私をなじろうとはしなかった。
いっそ責めてくれた方が良かった。
マイケルは忘れ形見だ。私は大切に育てようと思った。
なのに――マイケルは私を殺そうとした。
ただの赤ん坊ではない。天才児と呼ばれた息子だ。マヌエルが見つけてくれなかったら、私が死ぬことを知っていたのだ。
その頃から、パデュラ夫妻にマイケルを託した。
マイケルは一見いい子だった。
頭も良いし、運動神経も優れていて――まるで、イライザを見ているようだった。学生時代のイライザを。
マイケルは、日に日に姉に似てきた。皮肉なものだ。
私は――どうにかしてあの子を抹殺しようとした。
しかし、どんな手を使っても、あの子を殺すことはできなかった。
私は言った。――地獄へ落ちろ、と。
マイケル――いや、今はジェームス・ブライアンという――も、私に対してそんな感情を抱いていたことだろう。
マイケルはエリ―の元へ逃げて行った。
しかし、私は枕を高くして寝ることはできなかった。
毎日が地獄だった。マイケルをこの手で殺すまでは安心できなかった。
イライザは、マイケルを慈しんで胎内で育てた。
あの子は、私が渇望していたものを横取りしたのだ。イライザが妊娠した時から。
「私、この子を産むわ」
イライザは断言した。私は、
「よせ!」
と言った。
そんなに腹の子が大事なのか? 私よりも?
私は仕方がない。あんなことをしてしまったのだから。
だがイライザのマイケルに対する盲目な愛情は理解できなかった。
それは、私が受けるはずのものであった。イライザのスカートに纏わりついていたほんの小さな頃から。
私はマイケルが憎かった。
私は、マイケルの踏み台なのだろうか。マイケルが生まれる為の道具に過ぎなかったのだろうか。
息子を殺害するチャンスを狙っていた。合法的に。いつも――いつも。
だから、誘拐事件はチャンスだった。マイケル焼死する。この記事は新聞を賑わした。
それでも私は不安だった。もしかしたらマイケルはどこかで生きているのではないかと。――我が子に殺されるのではないかと。
死ぬのは怖くない。ただ、イライザの亡霊が私をとり殺すのではないか――そんな不安、いや、不安というには生ぬるいものにいつも襲われていた。
ジェームスから連絡があった時、あやつは、
「俺に手を出さないと約束すれば命は助けてやる」
と言った。
だから私は、地獄へ落ちろ、と言ったのだ。
マイケル――実の息子だと思ったことは一度たりともなかった。あれはイライザの愛息子だ。私のではない。
私が結婚しないのを訝しがっている連中もいたようであるが、私には、女はイライザしかいなかった。
イライザ・ネガット。私の姉。私の――片恋の相手。
彼女を一旦は我が手にしたのに――彼女は私の手をすり抜けてあの世へ行ってしまった。私の責任でもあるのだが。
姉はマイケルに夢を見ていた。素晴らしいものを見ると予言した。
私が手にするはずの祝福は、実の息子にかっさらわれた。
マイケルを愛そうとしたことも一時期はあった。だが、それは無理だった。
何故なら、マイケルは私の敵だから。
私は――今、生きるか死ぬかの瀬戸際に立っている。
これは復讐だったのかもしれない。
マイケルを私の実の息子と発表した。
どんなに大きなことかわかるだろうか。これで、マイケルが望まれずに生まれた子だということがわかっただろう。――イライザ以外には。
いや――私も本当はマイケルを愛したかった。
しかし、愛と憎しみを天秤にかけたら、憎しみの方が重かった。
どんどん有名になっていくマイケル。仲間達に囲まれたマイケル。
大人になった。昔はあんなに小さかったのに。
私は久しぶりにマイケルをテレビで見て、涙が出そうになった。
マイケルは――イライザに似ている。
慈愛に充ち溢れている目も、まっすぐな性格も……。
まるで私の血が流れていないかのように……。
私の手は汚れ仕事をたくさんしてきた手だ。マイケルも、今生きているということは、私とそう変わりない。
なのに、あの男は選ばれた。私が選んで欲しいと切望していた者達から。私を選ばなかった者達から。
まぁ、それもどうでもいい。私は最早死ぬだけだ。
「あの……本当にこれは発表するんですか?」
そう訊いたのは私の秘書だ。
「ああ、そうしてくれ」
「でも……そんなことをしたら一大センセーショナルが湧き起こりますよ」
「構わん。どうせ騒がれるのはマイケルだ。私じゃない」
私は自分が強姦魔だと告白するつもりだが、後悔はしていない。
マイケルの出生をつまびらかにする動機は、愛か、憎しみか。
それすらも、今の私にはどうでも良い。
きっと、今よりもたくさんの人間がマイケルを狙うだろう。国外へ逃亡する必要もあるかもしれない。
愛と憎しみは同じ顔をしている。多分、私は息子を愛していたのだろう。呪詛を繰り返しながら。
今までに彼を狙った殺し屋は、みんなそうだったのかもしれない。
「イライザ……」
私はもうすぐあなたのところへ行く。その時、マイケルを実の息子だと明らかにする。あなたが天国まで持って行った秘密を。――いや、私は地獄へ行く。多分あなたには会えないだろう。
だがこれだけは信じてくれ。――イライザ、あなたが死んでからもずっとあなたを愛し続けていたと。
後書き
アーサーの話も書きたくなりました。
2011.11.24
追記
わはははは。
『蜘蛛の紋様』6巻読んだら、これ笑い話ですわ。あはははは。
私は間違ってました。どうもすみません!
2012.3.30