アンジェラよ
さて、何から書けばいいかしら。ジョイから原稿を頼まれたんだけど。
そうね――あたしは昔、親戚のカーター・オ―ガスの家に下宿していたわ。あの頃が一番楽しかったような気がする。
ジョイとはその頃からの付き合いよ。あたしは高校生の頃からあの家に住んでたけどね。
あたしは恵まれている方ね。無事政治家になれたんですもの。
例の法案も通さなくちゃいけないんだけど――それはまず後回しにして、気分転換にこれを書くわ。
あたしはアンジェラ・バーンスタイン。知っている人も多いと思う。
けれど、ジェームスの知名度には負けるわね。あの男こそ、政治家になったら――。
いいえ。それはないわね。ジェームスは政治に手を出そうなんてこれっぽっちも思っていなかったんだから。
ジェームスはアフリカに渡った後――ロサンゼルスで殺されたわ。それを聞いた時は、さすがの私も泣いたわ。
おかしいわね。『鉄の女』と仇名されている私が。実は今でも彼のことを思い出すとちょっと悲しくなるわ。あくまでちょっとだけだけど。
アンディも鬼籍に入ってしまったし。これで、あの頃のメンバーで生き残っているのは、カーターとあたしということになるわけね。
カーターもずいぶん老けてしまったわ。息子のジェームス・ブライアン・オ―ガスとの軋轢もあるのでしょうけど。
カーターの妻、ジャネットの存在が救いね。あと、ジョイも。
ジョイは元気にしているようだったけど――やはりかなりこたえているようだったわ。
彼女の人生は、ジェームスと出会った時に始まって、ジェームスが死んだ時に終わったのよ。
ジョイ――ジェームス・エリ―・ブライアンの妻。
彼女はもう、隠遁生活に入っているんだと思うわ。ジェームスのことさえ書いていなかったら。
ジェームスのことを著書に表しているのが、きっと彼女の錨なのよ。
あたしには――それすらも許されていない。
尤も、ジェームスはいい友人で……いいえ、親友だったわ。これっぽっちも恋人として見たことはなかったけれど。
あたしにはノーマンの方がいい。
ノーマン――パパ(当時は父のことをこう呼んでいた)は、何であんな百貫デブ好きになったんだって不思議がってたけれど。
それはね――パパに似ていたからよ。美形だったしね。
あたしがこう言うと、当時のクラスメートからは、
「信じらんなーい! アンジェラってどうかしてる!」
の大合唱でもううんざりなんだけど、ノーマンは美形で優しいのよ! あたしがそう主張すると彼女達は、
「まぁ……優しいことは優しいんでしょうけどね……」
と、トーンダウンしてしまう。どうでもいいんだけど。
ああ、話が逸れたわね。
最初は、カーターのところなんか行くつもりはなかったのよ。きっとカーターだって来て欲しくはなかったと思う。
カーターのところに来た時、あの男はあたしに散々なことを言ったわ。まぁ、そう言われても無理もないことをあたしも言ってきたし。
あの頃からあたしは独立心が強かったわ。あたしは何でもするわよ。男の仕事と思われていることも、女の仕事と思われていることもね。
だけど、食事当番はジェームスだったわ。何でかしらね。あの豆とかアボガドとかすり潰した朝食にあたしは嫌けがさしてたんだけど。
あたしが起きると、ジェームスがとっくにその料理を作ってたわ。あたし、ジェームスの味覚ってどうなってるのか不思議だったわ。
それが突然卵とクロワッサンと、土曜日にはシャンパンでしょ。
あたし、神に感謝したわ。
ああ、ジェームスもついに私達を人類と認める気になったのね。あの飼料とはもうおさらばなのね、と。
でも、それがサロニーがかけ合わさっていたからなんて。
サロニー……今のエティアス・サロニー・Jrの父親ね。
アンディは、サロニーがジェームスとひとつになったんだ、と言ってたけど、ほんとかしらね。
まぁ、ジェームスは情の深いところがあるから――深過ぎて、あたしみたいな普通一般の人には理解できないんだけど。
サロニーがジェームスに憑依したことがわかった時には、さすがにびっくりしたけどね。
あたしは一応教会に行くよう勧めたんだけど、そんなこときく男じゃなかったわね、ジェームスは。
アンディも変わってたわね。あの二人の関係って、あたし今でもどうもわからないんだけど。
だって、夫婦でないのに一緒に寝るわ、いろいろ超自然的なことを起こすわ――。
ティナって可愛い子供がいたんだけど、その子によると、二人が鉄格子を曲げたんですって。素手で。
それに、何だか互いの手から青い光は出すし――。アンディとジェームスってどうなってるのよ。
厄介だったのは、二人が二十四時間以上離れていると異常をきたすところね。あたしはそういうところ自体が異常なんじゃない、と思っていたけれど。
カーターが、
「一人で大丈夫かい?」
と言った時、あたしは、はっきり答えてやったわ。
「あたしは連中とは違うのよ」
――とね。
そう。あたしは連中とは違う。カーターとだって違うわ。残念なことに薄いながらも血は繋がっているようだけれどね。
カーターってば、元愛人と妻(当時は婚約者だったけど)と仲良く話なんかしているのよ。
ジャネット――ああ、カーターの奥さんね――も、ただ者じゃないわ。
しかし、とにかく、カーター達を見て、あたしだけはまともでいようと思ったもの。
いざとなったら、ノーマンのところに避難しようと思っていたわ。
それに……あたしも顔は広い方だし。
ノーマンが駄目なら、別のところよ。パパだって、あそこが化け物屋敷だと知ったらあたしを追い返さないでしょうしね。
でも……あたしはしばらくあそこに居続けた。
カーターだって、何のかんの言ったって、あたしのこと頼りにしてたみたいだしね。
カーター一人ではあの怪獣二人の面倒を見られないでしょうしね。あの奇人のカーターだって。
彼の妹――つまり、ジョイのことだけど――に初めて会った時、割と明るく育っているのにびっくりしたわよ。
ま、彼女も変わってるけどね。きっと養父母さんが良かったのよ。
ああ、でも、まだ信じられないわ。ジェームスが死んだなんて。
今でも、どこからかひょっこりと現われそうだわ。彼のことだもの。
ジョイも悲運の人ね。夫には死なれるし、娘は行方不明。しかも、両親は事故死だし。
まぁ、彼女が少しエキセントリックになるのも仕方ないかしらね。
ジェームスの話に戻るわね。彼が健気に思える――これは多分カーターの台詞だろうか、どこで聞いたのか、あたしは覚えていない。また聞きかもしれないし。
ジェームスは運命に逆らわなかった。どんなことがあっても。
そうね――それだけは認めてあげてもいいわ。
だってあの男は――凡人には耐えられないような試練の数々に遭ってきたんだもの。あたしは、ジェームスが子供の頃はよく知らないけど、彼だって話さなかったんだから、おあいこよね。
ジェームスは人の同情を買って満足するタイプではないもの。
だから――あたしは彼が好きだったわ。恋人にはなりたくないけど。決してよ。
サロニーと対決に行った時には、彼の胸で泣いたわ。
それからそのずっと後、ケント――あたし達が飼っていた犬のことね――が処分されそうになった時も泣いたけど。
カーター、ジェームス、アンディ――。
彼らといた時のことは夢のようだった。
あたしは――反発しながらも幸せだった。今だって、胸が締め付けられるようよ。思い出すとね。
でも、あたしは彼らとは違うから、政治家になることによって立ち直ったわ。
そう言えば、カーター、どうしているかしらね。
ジャネットがいるから、もう自堕落な生活はやっていないと思うけど。もしもジャネットに迷惑かけてたら、あの男とっちめてやらなきゃ。
あたしも忙しいし――後でジョイに連絡しようかしら。
いやいや。ジョイにも彼女の生活というものがあるわ。サロニー・Jrがいるから大丈夫か。
ジョイってばあんなに明るいのに、彼女の兄のカーターも真っ青な闇の部分があるけれど。
だから物書きなんかしていられるのかしら。作家って、みんなどこか偏屈よね。
サロニー・Jrが一番の常識人のような気がするわ。人ってわからないものよね。あの青年は父親が殺人鬼だったのにね。
カーターの息子レイフも、大人しいけど、少しわかりかねるところがあるし。
彼の双子の弟、ジェームス・ブライアン・オ―ガスは反発ばかりしているって言うし。
ああ、あたし、あの家出て正解だったわ。
あたしのオ―ガス家のイメージと言ったら昔の、事件ばかりだったけど、まぁ楽しくないこともなかったあの家だし。
記憶の中ではジェームスもアンディも生きていて、あたしは鳥の餌かと思われる朝ご飯に文句をつけているのよ。
ジェームスも――あの家でずっと暮らせていれば良かったのよ。
アーサーなんていうジェームスの父親が実子なんて言うから、ジェームスはそれまで以上の試練に遭うことになっちゃったじゃない。
でも、アフリカがジェームスを呼んでいたのね。きっと。
あたしは、アフリカでジェームスやジョイがどんな生活をしていたかわからないわ。けれど、多分あの頃がジョイにとっては幸福な時だったのね。
痛いほどの幸福――と彼女は後で形容していたようだったけど、違ったかしら。
あたしは――彼らはもうロスに来ないんじゃないかと思ってたのよ。実際、それが一番良かったのかも――いいえ、アンジェラ。歴史に『もしも』なんてことはないわね。
さぁ、続きは仕事が終わってからにしよう。――あたし達の人生が短いのは、ジェームスやアンディが示してくれた通りなんだし。
後書き
アンジェラは政治家になったという話ですが、どんな政治家になったのでせう……。
2012.4.4