カーターへ

「カーター、俺だ。ジェームスだ。今日はあんたに伝えたいことがある。いつもありがとう。……いや、それだけじゃない。言いたいことは他にもいっぱいある。けれど、まずは感謝しておこうと思って。あんたやアンディに会う前は……俺も孤独な一時期を過ごした。少刑や刑務所にいた頃ではない。もっとずっと前だ。そこには怒りと憎しみしかなかった。いや、当然愛もあったが、不当にも奪われた。けれど、マリア……俺の乳母だが、「愛は決して傷つきはしない」と言っていた。カーター、アンディやあんた達に会って……やっと神の愛がわかるようになった。そして、俺は神を信じるように、運命を信じる。あんた達と会えて、幸せだった。できればここに留まっていたい。一分でも、一秒でもいい。あんた達と一緒にいたい。けれど、俺の進むべき道はもう決まっている。後戻りはできない。以前から兆しはあったが、ジョゼに出会ってますますはっきりした。俺は、俺の道を行くしかない。あんたが、幸せな生涯を送れるよう祈っている。いつかは別れの時が来るから。いつとは言いかねるが。俺は平穏無事な一生を送れるとは思っていない。生まれからしてああだったんだ。アンディも言っていたが、長生きはできそうにない。俺達は。十代は暴力が支配しているところで過ごしたし、ワイエスやサロニーにも命を狙われた。ワイエスの時は、あんたが盾になったようだな。土壇場で求愛するのは、あんたのくせか? ジャネットにもそうしたのか? ああ、婚約おめでとう。いい子が生まれるといいな。あんたの子供なら、さぞ可愛いだろうな。成長を見届けたかったよ。それから、ジョイとの婚約、祝福してくれてありがとう。何? 祝福してない? そんなわけあるか。これで俺はあんたの義弟になるんだぞ。あたたかく祝ってくれてもいいじゃないか。ははあ。あんた妹思い……と言えば聞こえはいいが、はっきり言ってシスター・コンプレックスなのか? 生きてる間はジョイをめいっぱい幸せにするから、心配しなくていい。その自信はあるから。それに、あんたが義兄で嬉しいぞ。みんなそれぞれの道を歩いていく。俺がこの世からいなくなっても……泣かないでくれ。俺はあんたと共にいる。死んでもな。アンディもいつか、俺のところに来るだろう。そしたら、二人して、オーガス家の平和を守ってやる。安心だろ。アンジェラのことも見守っていてやる。彼女が合衆国の希望の星となれるように。ああ、あんたは知らないんだな。彼女は名政治家になるぞ。弁も立つしな。シンよりよっぽどホワイトハウスに向いている。大統領選挙に勝てばの話だが。彼女なら、この国をいい方向に導いてくれる。俺は安心して引退できるわけだ。……怒るな。冗談を言ったまでだ。冗談と言えば、あんたは俺が、聖書をお伽話と言った時に、びっくりしてたな。あんたは神を信じていなかっただろう? あの時は。あんたの母親は熱心な信徒みたいだったが。どうして知ってるかって? 暇な時に調べてみた。……だから怒るなって。俺のデータもあんたは知っているだろう?おあいこさ。しかし、習慣というのは怖いな。あんたはキリスト教の神を信じていない。それどころか憎んでいるのかもしれないのに、聖書についてジョークを飛ばすと、不謹慎だという思いが先に立つんだな。俺が信じている神はキリスト教の神ではむろんない。アプラクサスでもないのはもちろんだが。神とは……この世にいる全ての者達の中にある。たましいと呼んでもいい。きっと……この世に生きる全ての人の数と同じくらい、神というのはいるのだろう。アンディもあんたも、俺にとっては神だ。アンディは……神と言うより精霊かな。あんな美しい人間がいるとは思わなかったよ。オクヨルンも同じようなこと思っていたらしいがな。だからと言って、恋じゃないから安心していい。俺の初恋は女神に似た女だ。まだ十代の頃だ。深く愛し合った。……なんだ?その顔は。あんただっていろいろ遊んでいたくせに。それとも嫉妬か? なに? 違う? 恥ずかしがらなくてもいいんだぞ。……わかったわかった。今のあんたにはジャネットがいるからな。ジャネットを幸せにしてやれよ。それにしても……アンジェラにはノーマンがいるし、アンディは覚えたての女遊びに夢中だし、シドはレーベンサールに行ってしまったし……ジョイがいなければ、俺は孤独な老後を過ごすところだったな。……その年で何が老後だって?じゃあ、ご隠居とでも言っておくか。まだ枯れていないがな。ああ、ジョイが来た。挨拶に行こう。……何故止める。恋人が遊びに来たってのに。キスぐらい構わんだろうが。駄目? なんで駄目なんだ。あんたとだって三度もしたろうが……え?忘れたい。俺は覚えていたいがな。いいだろう? もう八十年代なんだ。キスならシンともしたしな。節操なしだと? あんたに言われる覚えはないぞ。学生時代はそれはそれはお盛んだったそうじゃないか。俺が来た時だってビアトリスと……もうやめてくれ? わかった。からかうのはもう止す。しかし、俺に人工呼吸を施したのは、あんただろう? 覚えてないのが残念だが……。ほら、アレックス・ディーマーが俺を『診察』した時のことさ。俺の心臓が止まったんだって? 心臓が悪いとは自分でも知らなかったが、本当はどこも悪くなかったというんだから、わけのわからない発作だな。あんたも話には聞いてただろう?失明したり、手足が麻痺したり……一度なんか、サロニーの前で発作が起こった。すぐに治ったがな。あのままだったら危なかった。……心配そうな顔をするな。今は何ともない。アンディがいるおかげでな。めでたしめでたしだ。だがどんなにめでたくとも、人生は続く。あんたの人生の支えとなるものに早く気付くといい。俺は大丈夫だ。今までだって平気だったろう? 俺がいなくなっても、あんたには愛する妻と子供達がいる。危ない橋を渡るな? ……そうだな。そうだ、考えとく。でも、誰しも産まれる時は危ない橋を渡ると思わんか? 流産の可能性もあるしな。だから、この世に生きる命はどんなものであっても尊い。……たとえシンでもな。いや、シンのような存在がいるからこそ、真面目に生きようと懸命に努力する人々の働きが際立つんだ。それに、シンだって馬鹿にしたものではない。あれで意外と頭が切れるし、トリックスターと言えば、そうなるかな。トラブルメーカーの方が近いか。しかし、フロイド率いる捜索隊が俺達を探している時には、役に立ったようだぞ。珍しく、損得抜きでな。……ああ、あのキスのせいか。でも、嬉しかったぞ。彼が協力してくれて。あの男も、芯から悪い奴ではないのだがな。やはりあんたとは人種が違う。血は繋がっていても。ジョイとも血が繋がっているんだったな。シンとジョイ……とても親戚とは思えないな。どこで間違ったんだ。俺も結構言うって? シンには、助けられたのと迷惑をかけられたのとでは、圧倒的に後者のことの方が多いからな。けれど、世の中にはああいうのも必要なんだろうな。ケントを連れてきてくれたのもあの男だしな。ケントが助かって本当に良かった。アンジェラは半狂乱だったしな。ケントが死んだら、我が家は火の消えたようになっただろうな。あまり賢いとは言えないが……馬鹿な子ほど可愛いというだろうが。それに、ローズを助けたようだしな。手段はあまり適当とは言えないが、彼もクラーク・ケントのケントに恥じない働きをしたんだ。その証拠に、ローズのケントに対する態度は軟化しているだろう。このままゴールインと行くかな。まあ、そう簡単にはいかないかもしれんがな。あんたとジャネットみたく……あんたら二人は、長過ぎる春だぞ。あんたは優柔不断だからな。ここぞという時には強いが。それで俺は何度も助けられた。あんたは強い。あんたがボスで良かったと思っているよ。……話が逸れたな。一度ジャネットが逃げたのも、何となくわかる気がするということだ。しかし、また戻ってきたことについては、それ以上に同感する。あんたはいい男だ。ジャネットもいい女だ。……年齢不詳だがな。だから、あんたら二人はお似合いだと言いたいんだ。だが、結婚後はかかあ天下になったりしてな。楽しみだ。え? 油断していると俺のところもそうなるって? 望むところだ。つまりあんたと俺との関係と同じになるわけだ。ああ、そうそう、あんたがペンシルバニアにジャネットを迎えに行った時、アンジェラが、あんたのそういうところが好きだと言っていたぞ。ジャネットと一緒に帰れるといい、とも。なんであんたに言わなかったかって?優しくするとつけあがるからだそうだ。誰が? あんたが。……そう悩むな。あんたが頭を抱える必要はない。アンジェラが本当は優しい娘だとわかっただけだ。さすがあんたの血縁だな。シンとも血縁だが。シンの話はもういい? 余計なこと言うな? いいじゃないか、本当のことなんだから。親類縁者にもバラエティーがあった方が楽しいぞ。まあ、あんたの場合、バラエティーに富み過ぎるのが問題なのか。アンディとも血が繋がっているな。あんたは。俺とアンディはどうやら不思議な縁で結ばれているらしいが、俺とアンディこそ赤の他人なのに、常識では割り切れんな。あんたとも縁がある。一度ならず、あんたの姿を見たり聞いたり、会ったことすらある。あんたは若かった。俺も……若かった気がする。あんたと会うのはわかっていた……そんな感じがする。あんたに会った時、懐かしさを覚えた。あんたとじかに会った時、俺はボアズに地球の歴史を教えていた。そのボアズは、有名になるべく着々と進んでいる。時々ニュースが舞い込むよ。手紙もたまに届く。あの時も懐かしいな。全ての時が愛おしい。だが、そんな話をしているのではない。あるはずのない海から誕生してきたのだ。俺も、あんたも。その誕生を祝福し、喜ぼうではないか。俺達もな。この世に生まれて、あんた達と出会えて、心の底から喜んでいる。あんたはどうだ?……泣くな。あんたの苦は及ばずながら察しているつもりだ。あんたは……レイフという伯父に助けられたようだな。レイフもあんたが好きだった。だが、事故で死んだ。それで、あんたは怖くなったんだな。あんたに関わった者は全て不幸に見舞われると。……泣くな。あんたは悪くない。だからこそ……ジャネットとの関係でも不安になったんだな。愛している。それだからこそ。あんたは一度は孤独に生きる道を選んだ。俺には、なんであんたが選んで不幸になっているのかわからなかった。シンのように図太く生きるには、デリケート過ぎたんだ。だから、神経症になったんじゃないか? 考え過ぎだぞ、あんたは。アリスを使って、あんたの過去を調べてみたんだ。勝手なことしてすまない。両親は事故死……とりわけ母親と上手く行っていなかったようだな。けれど、助けの手は伸べられていた。いつも、いつの日も。あんたが「もう駄目だ。死んだ方がいい」と思ったその時も。神はいつでもあんたと共にいた。母とは和解した? それは良かった。この国にも人種差別はまだ根を下ろしている。あんたの母親も、その犠牲者に過ぎなかったんだ。あんたも差別を感じたことはあるだろう。これはアメリカの病だ。病は治さねばならん。願わくば、全ての人々がこの世界で生きて行く為の平等な機会を与えられんことを。同じような人生を歩めということではない。多様な道を生き、しかも全員が幸せだ、と感じられるようになること。それが……俺の願いだ。俺も、あんたに会えて幸せだ。あんたは……どうだ?幸せだといいと思っているがな。幸せだ? それなら良かった。気が合うな。俺達。これからどうなろうとボスはあんただ。いつまでも、俺がボスと認めた人間はあんたしかいない。スタイケン博士は、立派な人の右腕になるといいと言っていた。適切なアドバイスだ。その通りになって、スタイケン博士もさぞ喜んでいるだろう。あんたは立派な人間だ。医者にもなったし、私立探偵もこなしている。探偵は俺がいたからできたって? ありがとう。でも、謙遜することはないんだぞ。あんたやアンディがいたから、今の俺がいる。たとえ、いつかは別れなければならないにしても……そんな顔をするな。今の俺達は上手くいっている。めでたしめでたしだ」

2010.8.26

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