アンディへ

「アンディ。ジェームスだ……いや、ジェイクだ。初めて見た時、おまえとは会ったことがあると思った。子供の頃の夢だ。おまえには話したことがあると思う。金色の肌と青い目の子供。青い目なのはきっと、この世に降りてきた精霊だからに違いない。遺伝の法則を無視した青い瞳。愛してるよ。おまえの全てを。ここに来た時……おまえは俺をジェイクというライオンと混同していたな。俺もライオンのジェイクを知っている。会ったことはないが、おまえを通して知っている。ジェイクは、おまえの番の相手という話だったな。自分の父親などよりも、縁の深い関係だったのだな。こらこら、そこで頷くな。おまえの父のサミュエルを気の毒に思うぞ。何しろ、ライオンに負けたのだからな。……冗談だ。人間関係に勝ち負けなどない。どの人間も大切な存在だ。おまえも俺から独立して嬉しく思う。おまえは立派な彫刻家になる。何故って……俺がそう信じているからだ。アンジェラには呆れられたが、信じるってそういうことだろ? うんうん。おまえも彫刻は好きか。女遊びも好きらしいな。え? 俺のせいだって? 俺があんなキスをしたからか? それだけではあるまい。素質があったからだ。カーターも性に関しては俗物だからな。人は見かけによらない。その典型だ。わかったわかった、そんなに怒るな。俺か?俺にはジョイがいるからな。よくそれで平気だなって?まあ、自分でもよくはわからないな。天才のくせにって?それは人の貼ったレッテルで、俺は俺だ。おまえがおまえであるのと同様に。24時間以内にくっついていなければだめだ……そういう縁の深い関係であったとしても。おまえはおまえの道を行け。おまえのことを祝福し、祈っている。いつも、いつまでも。俺がこの世をおさらばしてもな。おまえも、カーターも、俺にはかけがえのない友人だ。おまえ達に会ったこと、いつも感謝している。朝の光を浴びる度に、カーターやアンジェラやおまえと食卓につく度に。寝る時に、おまえの存在を感じる度に。そうそう、おまえが誰と寝るかについて揉めたことがあったな。おまえはアンジェラに自転車をぶつけられ、カーターにはショックを与えた。最初から俺のところに来れば良かったんだ。歓迎したぞ。来る者は拒まずの主義だぞ。迫らなきゃな。ああ、おまえは迫ったか。でも、あの時のおまえは子供と同じだったからな。子供の添い寝ぐらいの感覚でいた。まあ、今は大人の遊びも覚えたらしいがな。今も一緒に寝ているがようやく背中合わせになったな。不用意に触ると怒るし。まあ、当たり前か。その当たり前の男性に、おまえもなってしまったというわけだな。少々残念な気もしないではないが。おまえは青い目と金色の肌の精霊だった……この世に生きているとは思わなかった。今もだ。例えどんなに俗化しても。前にも、精霊にしては俗だと感じたことがある。ギターを弾いたり歌を歌ったり……それはボアズに習ったんだな。ボアズは、おまえの音楽的才能を花開かせたんだ。尤も、長続きはしなかったらしいがな。しかし、ボアズには感謝している。俺達の共通の友人だしな。しばらく手紙のやり取りをしていたが、いつだったか、『俺はもう手紙は寄越さない。文通してると、どうしてもあんたに甘えちまう。ロスにはあんたがいると思うと。安全な隠れ家があると思うと、どうしても心が崩れてしまう。俺が成功するまで構わないでくれ』と書いた手紙が来た。薄情なんじゃない。逃げ道を絶っただけだ。ボアズは本気だ。友情は変わらない。ずいぶん不器用だって? おまえが人のこと言えるか。それに、別れは突然やってくる。だから、今この瞬間を大切にする。それが、別れへの覚悟にも繋がるからな。ボアズがニューヨークで成功するといいって? 成功する。間違いない。おまえは芸術系は何でもこなすが、ボアズは音楽だけだ。しかし、それは大きな取り柄だ。多分、その為に生まれてきたのだろう。ボアズは音楽の女神に愛されている。おまえが芸術の女神に愛されているようにだ。おまえの美しさを女神は放っておかなかったらしい。我先にとおまえに才能を授けた。タラントをな。神からもらった才能を、無駄にはするなよ。この家におまえを送ったおまえの父親にも、感謝している。おまえもそうか。……サミー、サミュエルと言ったな。おまえの父は。『俺をアメリカに送ったことは、サミーが俺にした、最高の出来事のひとつ』だって? ……そうかもな。しかし、サミーがいなかったら、おまえもいなかったんだぞ。おまえは、ジェイクというライオンと、母親のことばかり気にしてるようだったがな。サミーには悪かったと思ってるって? その感情は、おまえの父親にも届いているさ。たとえ天国にいてもな。それに、一応和解したんだろう? なら、それでいいじゃないか。おまえもいつかあの世に召される時がくる。その時には、うんと親孝行してこい。ライオンのジェイクともな。俺のことも大切だって? ありがとう。でも、おまえはみんなにもうちょっと優しくした方がいいぞ。おまえは裏表はないが、人から誤解を受けやすいんじゃないかと思う。それもおまえの長所の裏返しだがな。おまえが曲解される機会は、これからますます多くなると思う。俺がいちいち介入することもできない。強くなれ。闘うんだ。おまえを挫こうとする全ての存在と。時が来るまでは。まあ、おまえは芯が強い。大丈夫だとは思うがな。おまえには、数々の仲間がいる。同居人だってそうだし、俺がいる。……嬉しそうだな。俺も嬉しいが。なんか妙な案配になったな。寝ながらこういう話をしているからかな。そういえば、おまえと寝るのも久しぶりだ。おまえは最近、誰か別の女性と寝ていることが多いからな。病気さえもらわなければ、俺は別に構わんが……わかった。オクヨルンには言わん。おまえが学生時代のカーター顔負けのプレイボーイになったということは、だな。カーターほど乱れてないって? まあなあ……あの男も見た目によらずすごいらしいからな。ビアトリスと寝たこともあるし。どうした?赤くなって。おまえのおかげでビアトリスは不良をやめたんだぞ。嬉しくない? 惜しいことをした? 馬鹿言え。おまえにはオクヨルンがいるじゃないか。それに、この先運命の相手が現れないとも限らないんだぞ。俺とジョイのように? そうだ。俺とジョイのようにだ。のろけるなだって? 話をふってきたのはおまえじゃないか。大丈夫。おまえにもいい相手は見つかる。……あの時、おまえを襲わなくてよかったよ。そしたら、のっぴきならないことになっていたかもしれんからな。おまえは美貌の持ち主だし、可愛い。才能もある。すぐさまスターダムにのし上がるだろう。周りが放っておかんさ。その時でも俺は一緒かだって? 大いなる者の意志……『神』と俺の乳母のマリアは表現してたな。その……何だかわからない運命が許してくれれば、俺は一緒にいたいさ。しかし……わかるだろう? 俺とおまえは別々の存在だ。一時は別れることもあろう。しかし、俺達は、自分でもよくはわからないが、不思議な縁で結ばれているらしい。24時間以内に触れ合わないとおかしくなったり、おまえといると仕事がすごく早くなったり、手を合わすと青い光が出たり……当然、科学などで説明しきれるもんじゃないな。サロニーとの関係だってそうだが……。まだサロニーが羨ましい気もするって? サロニーのことは、サロニー自身のケースだからな。真似ようったってできることだはないさ。おまえにはおまえの幸せが待っている。お互い長生きしたいが、そうもいかんらしい。おまえはもう覚悟はできているらしいな。サミーもモナも、若死にしたからかな。俺も……今では自分の寿命がすぐそこまで来ているのを感じる。ジョゼによって。フロイドとジョゼは、とてもいい仲だ。フロイドはまた別の女に惹かれたり、結婚もするだろうが、生涯、ジョゼ以上の女には巡り会えぬままだろう。フロイドのことはいいって? おまえはフロイドが苦手だったな。性格もそうだが……ワイエスに似ているからか。……そうだな。あの男に会った時の俺は、普通ではなかった。巻き込んですまなかった。けれど、今の俺達とあの男は、親友だ。どちらかというと悪友に近いか? どんな形であれ、あの男と仲良くできるのは、幸せなことだと思っている。おまえはそうは思わないか? ああ、もう少し性格が良ければって? あれはあの男の個性だ。それに、いくら性格が良くても、自殺されたりしてはかなわん。その点、フロイドは大丈夫だ。タフだからな。俺やおまえと同じく。カーターと違って……いや、カーターもタフだぞ。神経症にはなったことがあってもな。俺の首の傷を縫合したり、心臓発作を起こした時にも、助けてくれたのはカーターだ。それに……児童虐待を受けてもちゃんと真っ直ぐ育っている。心の傷のせいで、ジャネットとうまくいかなかったことはあったらしいが。今は互いに分かり合おうとしている。万々歳だ。終わり良ければ全て良し。そのうちまた試練が襲って来ないとも限らんが、今は小休止。それに神……神か……。神は乗り越えられない試練は与えない。子供の頃、こっそり忍び込んだ教会で、そんな説教を牧師がしていた。マイケル・ネガットが教会なんて行っていたのを知ったら、みんなどんな顔をするだろうな。俺は、人は必ず誰かにとっての神である、と思っている。おまえもだ。おまえは俺の神で、天使だ。おまえは天使の方が近いな。長い睫に金色の肌の青い目……何度も言ったな。とにかく、おまえは神の最高傑作だ。独り占めしたい時もあったが、おまえは俺だけのものじゃない。え? おまえも俺のことを独占したいと思ったことがあった? ああ、確かに言われたことがあるな。そういえば。『でも、ジェイクはみんなのもの』だって? おまえもみんなのものだよ。だから、世の中の全てのものの為に働け。彫刻でもいい。何でもいい。おまえは器用だからな。賜物を用いて、おまえにしかできないことをしろ。その為におまえは生まれてきたのだからな。おまえは存在自体が芸術品だが、なお余りある才能がある。それは神から授かったものだ。その道具を用いて人々を幸せにしろ。そして、おまえ自身も幸せになれ。あの女性の絵は好きだ。おまえの母親か。もっと描いてくれないか。おまえが描いた自分の母親の絵は……綺麗で、心が温まる。神は生きていると感じるのは、優れた芸術に出会った時だ。おまえも、見た人に神を感じさせる芸術家になるんだ。俺が保証する。おまえは芸術品であり、芸術家だ。おまえを生んだ血に敬意を表するよ。よくぞこんな素晴らしい存在を俺達の元に送ってくれた、とな。存在はみな尊いものだ。ビアトリスの娘プリンセスも、神の元かどこからか、愛によって現れたものなのだ。おまえがいなかったら、プリンセスは生まれていなかったかもしれんのだぞ。ビアトリスは、まだ男性から男性へと渡り歩く、そんな不毛な遊びを続けていたかもしれない。だから……これで良かったんだ。ん? 何だ? その顔は。プリンセスという名前はいまいちだって? そうは言うがな、プリンセスは今に母親以上の美人になるぞ。『プリンセス』という名前がぴったりの子供にな。子供といえば、ティナは最近遊びに来なくなったな。忙しいんだとは思うが、やはり少し寂しいな。学校は楽しいらしいが。ティナは、おまえに懐いていたな。おまえもおまえだ。俺を差し置いて。……拗ねてない。だが、怖がられた時はショックだった。小さい娘に嫌われるのは、シンジケートのボスに命を狙われるより悲しいことだ。……笑うな。冗談ではないんだぞ。実際、ネガットには葬られそうになったからな。暴力に暴力て対抗するのは、辛いことだ。俺だってやったことはあるが、できればあんな手は使いたくなかった。エリーの部下の息子達を憎んだことがあったが、憎しみは憎しみを呼ぶ。……だから、俺は憎むのをやめた。ネガットは憎むのをやめられなかった男だ。だから俺の母を……自分の姉を……殺した。それでも俺は瀕死の母からであっても、生まれてきて良かったと思う。今ではネガットにもほんの少しだけ感謝をしている。一応父親だしな。……さあ、もう寝るとしよう。早起きしないとな。おやすみ、アンディ」

2010.9.13

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