夢の中でも会えるならば
「ここだ」
銀髪のほっそりした少年はそう言われても黙ったままだった。
「ここに来て初めての客だ。粗相のないようにな」
「わかってるよ」
少年の声が怒気を孕む。
「上手くやれよ。――アルベール」
「わかってるってば」
アルベール、と呼ばれた少年は鮮やかな紅色の唇をきつく結んだ。
「ま、ほんと言うと俺がお前を買いたいくらいだがな」
「俺は高いよ。貧乏人のおじさんになんか手は出ないよ」
アルベールはにやりと笑った。さぞかし質の良くない笑みだったろうが、世話役の男はほっとしたようだった。
「憎まれ口を叩けるぐらいなら大丈夫だ。さ、行け」
「はい」
少年はノックをした。
「入りたまえ」
俺の相手はこの男か――アルベールは仔細に検分した。向こうもそうしているのだから構わないと思った。
「おお、これはこれは美しい」
アルベールはそっぽを向いた。
下らぬ世辞だ。いや、世辞ではない。美貌を褒められるのは慣れっこだった。
もっと不細工な顔だったらよかったのに。こんな男に買われることもなかったのに。おじさんになったら器量が落ちるだろうか。
みんな、アルベールの顔しか見ない。そして、その体を欲する。今回の男が初めての相手ではなかった。
(リチャード……)
アルバートとしてリチャードと遊んだ日々はまるで冬の陽だまりのように貴重だ。この思い出には誰にも触れさせない。誰にも。
(あいつ、今どうしてるかな――)
「アルベール……可愛いよ……」
男がアルベールの体を舐め回した。アルベールは怖気を振るった。客にはそんな顔を見せないが。
(この変態が――)
アルベールは心の中で毒づく。
警察は俺のことを探してるかな――。
アルベールは関係ないことを考える。リチャードから話を聞いて、俺を捕まえに来るかな。
だって、俺は人を殺したから――。
「うっ!」
「何だ……もう精通してたのか……」
男が些か失望したような声で言った。
「女の子みたいな顔だと思ったが――もう体はいっぱしの男だな」
「黙れ……」
アルベールは掠れた声で言った。
「気持ち良くなっといてその台詞はないんじゃないのか? ええ?」
「ふん……」
「まるで王子様だな。きっとお前の親は貴族みたいに身分の高い者だったんだろうな」
アルベールは親を知らない。気がつけば孤児院にいた。一時期はアルバート・オブライエンと名乗っていたこともあった。アルベールはこんな男どもに『アルベール』と愛しげに呼ばれるよりも、リチャードに『アル』と呼ばれたかった。
親の愛を一身に受けているリチャード。その少年のことをアルベールはふと思い出した。
もしかして――初恋?
そうだとしてもちっとも不思議ではない。キューピッドは性別を選ばない。たまには少年を少年に惚れさせるいたずらもするだろう。
けれど、心のどこかで嫉妬していた。リチャードは穢れを知らない。
俺の、リチャード――。
それは鍵のかかる心の小箱にひっそりとしまわれている。
リチャードは無事保護されただろうか。――そうだと、いい。リチャードに罪はないのだから。あいつの罪は俺がかぶる。
せめて夢の中でも会えたなら――。アルベールは目を閉じて決して望んではいない快楽に身を委ねた。それが楽だったから。
「アル、アル――」
この声は――。
リチャードだ! リチャードなんだ!
これは、神様がくれた夢なんだ。きっとそうだ。
「アルバート――」
「リチャード!」
抱き締めたが感覚がない。そうだよな。夢なんだもんな。
「おまえとまた会えるなんて!」
「僕も嬉しいよ!」
「そうだな。どこ行く?」
「ビッグ・ツリーに行こう。ここの生き物の遊び場なんだって」
「へぇ、そいつぁ面白そうだ。一緒に行こう」
「うん」
アルベール――いや、アルバートはリチャードと手を繋いだ。
これから俺達の冒険が始まるんだ。
「アルベール……」
朝の陽ざしと共に男の声が降ってきた。
「何……?」
「朝だ。起きろ。――なぁ、アルベール。俺はお前が気に入ったよ」
「いっぱしの男は嫌いなんじゃなかったの?」
「俺はお前をもっと子供だと思っていた。けれど、お前の体はどんな娼婦にも勝る」
「そりゃどうも」
アルベールはおざなりに返事をした。
アルバートは夢から覚めてアルベールに戻った。こっちが現実。
アルベールははらはらと涙を流した。
「ん? どうした? アルベール」
「涙が出るんだ――」
「それほど俺との別れが辛いのか。またすぐ来るからな」
男はアルベールにキスをした。バーカ、とアルベールは心の中で呟く。
夜になる。男の相手で疲れてしまったアルバートは気がつけばリチャードを探していた。リチャードは見当たらない。
そっか、そうだよな。夢なんだもんな――。
馬鹿みたいだな。俺。アルバートは自嘲した。――だから、リチャードの声がした時は驚いた。
「アル!」
「リチャード!」
「先に来てくれたんだね!」
そう言ってリチャードは笑った。アルバートはその笑顔を好きだと思った。子供子供した愛らしい笑顔で。
俺にはない笑顔だ――。
小さな頃から、周りの大人はみな敵だった。子供は相手にしなかった。リチャードだけだ。友達と言えるのは。
「今日こそビッグ・ツリーに行こう」
「そうだな」
昨日は結局行けなかったもんな――アルバートも子供らしい喜びに胸が躍った。リチャードがいてくれたら何も怖くない。
リスの親子が通り過ぎた。
「リスさん、一緒に行こう。僕達はリチャードにアルバートだよ」
「うん!」
夢の中では動物も話せるのだ。昨日初めて知った時は驚いた。
――二人はビッグ・ツリーにたどり着いた。それは頼りがいのありそうな大きな樹だった。アルバートはリチャードと楽しいひとときを過ごした。
この樹の下に集まってくる動物達とも仲良くなった。アルバートは昔から絵本が好きだった。孤児院でも申し訳のように置いてあったボロボロの絵本を夢中になって読んでいた。
この世界は絵本の世界を思わせた。こっちが本当の世界だ。――とアルバートは思った。欲望を持った大人達の世界には帰りたくなかった。
後書き
アルベール……いや、アルバートもハードな生活を送ることになります。
今回はちょっとBLっぽかったりします。
でも、アルバートもまだまだ子供なのにねぇ……可哀想なことをしてる、と自分でも思います。
2020.07.10
BACK/HOME