すずめのしっぽ 22

 後日譚――。
 今日は桜井博士の墓参りだ。桜井博士は教会の裏手の墓地に眠っている。
 桜井博士、今日は朗報を持ってきましたよ。
「よぉ、遥」
 ――風見さんだった。
「あの話したか?」
「まだです」
「今日は桜井若葉の好きだった薔薇の花束を持ってきたぞ」
 桜井博士は花が好きだった。薔薇と桜が特に好きだった。同じバラ科だ。
 桜の花は博士自身の名前が『桜井』だった為に好きだったのかもしれない。
 桜井博士――。
 ダークエネルギーの存在をあなたは知っていましたか?
 宇宙の膨張を加速させるエネルギーです。もしかしたら、この宇宙はずっと膨張し続けるかもしれないのですよ。
 詳しくはよくわからないけれど、そんな説もあるんです。
 死ぬ前にわかってたら、少しは博士の救いになったんじゃありませんか?
 俺の頬を涙がつぅーと伝った。
 勿論、桜井博士のことだから知っていたかもしれないけど。
 もしかしたら博士は滅びにひとつのロマンを感じていたのかもしれない。タナトスへの憧れもロマンはロマンに違いない。
「わしも研究を手伝うよ」
「そうしてもらうとありがたいです。――風見さん」
「だから、涙を拭いて。な?」

「おーい、遥ー」
「遥!」
 湊と涼子が俺を呼ぶ。俺の大好きな仲間達。
 例えこの宇宙が滅びても記憶はここに留まる。俺達が死んでも留まり続けるのだ。
 そして、俺は生まれ変わりを信じている。
 記憶は留まり、存在は進化する。
 しかし、何故俺はそんなことを考えるのだろう。記憶喪失がすっかり治ったのだろうか。――まだ思い出せていない部分も数多くあるが。
 俺は二人の方へ駆けて行った。
「桜井に報告はできたか?」
 湊が言う。
「ああ、バッチリ。心の中でね」
「何だ、それじゃ意味ねぇじゃねぇの」
「そんなことないわ。死者にも心は伝わるものよ」
 涼子が言う。俺も涼子の言葉に頷いた。涼子の言う通りだ。
 風が吹いている。俺はしばらく風を感じたかった。
 桜井博士。あなたのおかげで湊や涼子に会えました。いろいろたくさん面白い体験もしました。
 俺はしばらくここにいるでしょう。
 けれどいつか――彼らと別れる日が来たら。
 その時は笑顔で別れよう。どうせまた会えるのだから。
「ん? どうした? 遥。物思いにふけってるようだけど?」
「何でもねぇよ。俺ぐらいになるとな湊。物思いに耽りたくなるような時もあんだよ」
「記憶喪失だったくせに」
 そう。記憶喪失だった。けれど、ひとつひとつ零れ落ちた記憶を拾っていこう。
 でも――そうだ。記憶喪失、記憶喪失と騒いでいた割には当初から覚えていたこともあった。結構妙なことも覚えていたりしたものだ。あれは、何だったのだろう。
 それでもって真雪となぎさのことは忘れていたんだから真雪が怒ったのもムリねぇよなぁ……。
「これから鈴村家に行くんだけど、遥も行く?」
「そうだな」
「姉ちゃん。なぎさはまだ真雪と結婚してねぇよな」
「うん。でも、近々結婚するんでしょ? 仕事も一段落したらしいし、今のうちに式を挙げたいと言っていたわ」
「あの二人ならお似合いだべ」
 湊がわざと訛った。小学生って訛り言葉喋るの好きだなぁ。
「宇宙は、膨張を続けている。宇宙が無限の存在であると考えた方が何となく希望が持てるよな」
 俺が言った。
「桜井若葉もそれを信じられたら良かったのにね」
「世の中には悲観論者もいるからそれは仕様がないよ、湊」
 俺は湊の頭をぽんと叩いた。
「こら、俺を子供扱いするな」
「まだ子供だろ?」
「大人になったらお前を追い抜いてやる」
「やってみな」
 傍にいた涼子がくすくす笑う。
「何だよー、姉ちゃん」
「だって、遥と湊って似てるんだもん」
「どこが!」
 俺は同時に叫んだ。
「まぁ、おとなげないところは似てるかな。俺は子供だからいいけど、いい大人の遥がおとなげないのは問題だよな」
「なぁに賢しげに言ってやがる。こう見えてもいっぱしの研究者なんだぞ」
「ん……まぁ、確かに」
 湊は「耳を貸せ」のジェスチャーをした。
「ところで、姉ちゃんと遥の結婚はまだなの?」
 俺の頬にかーっと血が昇った。
「な……な……確かにそれは考えなかったことはないけど……」
 俺の慌てぶりに湊はにやりと笑う。
「早くプロポーズした方がいいぜ。姉ちゃんモテるし」
「う……うん、そうだね」
 俺はぎくしゃくと歩いた。
「何の話してたの?」
 涼子が可愛く首を傾げる。俺は言った。
「――涼子、結婚してくれ」
「え?」
 胸元に手を置いた涼子が可憐だと俺は思った。
「返事は今すぐでなくていい。考えておいてくれ」
「――遥。私も遥のことが好きよ。結婚……しましょ」
 俺達は照れながら下を向いた。
「でも、涼子は大学生だっけ。卒業してからの方がいいかな」
「今は学生結婚も増えてると思うわ――多分」
「デキちゃった結婚とかな」
「やぁだぁ」
 涼子は吹き出して口元に手を当てた。
「よし、なぎさと真雪、遥とねえちゃんのWウェディングだな」
「待てよ。湊。別に俺達は今すぐ結婚するんじゃないし」
「そうよ、湊」
 俺と涼子の両方から窘められ、湊は「ちぇー」と唇を尖らせた。
「遥、涼子くん、君達が結婚する時は介添人はわしがやってやろう」
「風見のじいさん、宜しく」
 調子良く湊が言った。風見さんは笑っていた。
 俺、ここを離れたくない。居心地がいい場所だからな。この記憶は――誰にも渡したくない。例え相手が神様でもだ。
 俺は桜井博士とは反対に、この宇宙が永遠に続く方に賭けようと思った。

後書き
『すずめのしっぽシリーズはこれで一旦終わりです。
桜井若葉がどうなったか――これは他のところで既に発表しています。
真雪となぎさ、遥と涼子が上手く行って良かったなぁ……。
この話はSFとしてはちょっと陳腐かもしれないけれど……まぁいいや。
2019.09.13


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