おっとどっこい生きている(最終回)
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 牧村次郎との話も決着がついたみたいで、兄貴と由香里は結婚することになった。私達は大忙しだった。
 尤も、私は牧村と兄貴や由香里の関係には関与していない。分を弁えることを知ったから。――私はまだ、子供だ。
『世間並み』のことをしたがる由香里の父親を由香里と兄貴はなだめた。俺達は俺達の結婚式を挙げる。そう兄貴が言ったと由香里は教えてくれた。
 牧村なんかと結婚するより、兄貴と結婚した方が幸せになるよね、由香里は。
 兄貴に「由香里のどこがいい?」と訊いたら、
「芯の強さに惚れた」
 との答えが返ってきた。そして――。

「おーい、まだかー」
「待ってー」
 私は一張羅の青いドレスを着て髪形も整えた。――そうだ。
 将人からもらったネックレス、これもつけて行こう。
 今日は兄貴と由香里の結婚式。会場は聖栄教会。
 急がなくっちゃ。もう渡辺一家やリョウや哲郎達を待たせているんだから。兄貴達は一足先に教会に行っている。
 どうにかこうにか、パーティーに行く用意ができた。
「おおっ。可愛いね、みどりくん」
「まぁ、馬子にも衣装と言うからな」
 哲郎は素直に賛辞を呈し、リョウは憎まれ口を叩く。
 岩野牧師が儀式を執り行った。兄貴は黒の三つ揃い、由香里はシンプルなウエディングドレスを着ていた。私達も歌を歌い。
 式が終わった後は、ジュースやお茶を飲みながら歓談する、何ともフランクな式であった。

「駿ちゃん、結婚おめでとう。当時聖栄教会のこと知ってたら、アタシ達もそこで式挙げてたわね、ね、雄也」
「勿論」
「でも、これは……言いにくいことなんだけど……駿ちゃん、アンタ、同情で結婚したんじゃなくって?」
「そうだなぁ……」
 えみりがずばりと切り込む。兄貴が言いにくそうにしている。
「初めはそういうつもりもなくもなかったよ。でも、由香里のことを知るにつれてさぁ……この娘と結婚する男はすごい幸せ者なんじゃないかと思って」
「まっ、のろけてくれるわね。でも、牧村のことはどうなったのよ」
「うん、あいつは……まぁ、俺に由香里を譲ってくれたけど……これからどうなるかわからないな」
「ほんと、大変な子と結婚することになったわねぇ」
「そうは思わないよ。みどりもいるし」
「え? 私?」
 こっちに話が飛んでくるとは思わなかった。
 トンガ行きの話は、今思えば――お父さんは心配だったんだと思う。兄貴が急に結婚することになって。つまりは……私も同じようなことになるんじゃないかと。
 でも、大丈夫。将人と私はまだそんな関係ではないわ。――それにしても、将人と隼人の兄弟を結婚式に招んでくれたとは、兄貴も粋な計らいをすると思う。
 お父さんは仕事の都合でまたトンガへ帰って行っていた。お母さんは、どうしても息子の晴れの姿を見たいとごてて――日本に戻って式に参加していた。式の間、後ろの席でハンカチを目元にあてていた。
「純也くん。私の赤ちゃんが生まれてきたら宜しくね」
 由香里が言った。聖子先生に抱かれた純也が嬉しそうににこにこと笑った。
「秋野くん」
「あ、牧師さん」
「一番いいところに落ち着いたようだね」
「はい!」
 兄貴は大きな声で返事をする。
「牧師さん、これからは私も秋野よ」
「そうだったね」
 岩野牧師は秋野由香里に対して福々しい笑みを浮かべている。足元でシーズーのフィービーちゃんが「くぅん……」と鳴いた。
「さ、みどり。これから私があなたの義姉よ。言うこと聞きなさいね」
「味噌汁ひとつ満足に作れない嫁が何ぬかす!」
「わー! 早速嫁姑戦争だー!!」
 リョウは嬉しそうにケータイで写真を撮る。
「リョウ、私達の仲の良いところも撮ってよね」
「え? それムリ。だってそんなシーンないんだもん」
「何言ってんのよ。私達仲良くなったわよねー、みどり」
「前よりはね」
「由香里ちゃん、結婚おめでとう」
「ああ、加奈。ありがとう」
「秋野さん、今までごめんなさい。由香里ちゃんと仲良くしてあげてね。由香里ちゃん、確かにちょっと性格にくせあるけど」
「私もそうだから大丈夫よ」
「負けないわよ、みどり!」
「こっちだって!」
「おいおい、新郎差し置いて何盛り上がってんだよぉ」
 兄貴が困ったように口を挟んだ。私と由香里の戦いはまだ始まったばかりである。
 でも、由香里の花嫁姿は確かに羨ましく――私も将人との結婚式の時は(私は、相手は将人と心に決めている)、こんなドレスを着るのも悪くないなと思った。
『駿ちゃんファンクラブ』の面々は、兄貴の婚約・結婚を知って驚いたりがっかりしていたようだったが、
「由香里ちゃんの子供が生まれたら私達が面倒みよう」
 と、あっさり立ち直ったらしい。えみりから聞いた話である。

 私の気紛れで、描写がものすごく削られてしまった『駿ちゃんファンクラブ』――この名称、いつまで経っても慣れないのよね――の人達であるが。
 みんな、とても優しくていい人達だった。
 特に、私達は首須エリカが好きになった。
 エリカは、無口で無愛想だけど、実はとても優しい。
 エリカがああなったのは、学校で心を傷つけられたことがあったからだと、私はリーダー格の安達蘭子から聞いた。
 優し過ぎたのかなぁ……。エリカはいい子なのに。中上ゆきや沢則子とはまた別の優しさがある。ゆきや則子も優しいが。
 エリカはここに来るファンクラブの四人の中で一番純也のことが好きだし、純也だってエリカのことが一番好きに違いない。
 由香里は同類を見つけたように、
「エリカさん、何か困ったことがあったら言ってね」
 と、ちょっと偉そうに言っている。そんな彼女を見ても、エリカは黙って微笑むだけだった。
 私達には、エリカは少しは心を開いてくれているみたい。
 蘭子は、そのテンションの高さで私をびっくりさせた。
「わー! ほんとみのりそっくりー! あたし安達蘭子よ! よろしくね!」
 と言って私の手を取るとぶんぶん振り回した。
 蘭子、ゆき、則子は週一回家に来てくれたけど、エリカは週に二回だった。ちなみにローテーション制である。
 エリカの話によると、大学には滅多に行かないから、これからも週二回で構わない、ということだった。私はえみりよりもエリカの単位が心配になった。
 そして時折、えみり達は仲間内でのパーティーを開く。場所は主に我が家なので私達も参加した。一度、純也を連れて皆で『輪舞』に行ったこともある。つねさん達を招いたこともある。パーティーの費用は全部雄也持ち。けれど、雄也は前より則子――愛称はのりりん――の食いっぷりに戦々恐々としなくなった。
「おまえには一銭も貸さんぞ。本当に帰ってくるかどうかわからないからな」
 と、兄貴は雄也に釘を刺したが、お人よしの兄貴のこと、渡辺一家に何かあったら、即座に定期をおろすに違いない。
 哲郎さんは相変わらず「牧師になりたい」と言いながら、東大に入って弁護士になる為の勉強に励んでいる。
 皆と会った時は純也くんも嬉しそうに片言を喋ろうとする。
 八月も終わりにさしかかり、季節は夏から秋へと移り変わろうとしていた。暑い風に初秋の気配が差し込む。由香里もこの夏はつわりやらで大儀そうだった。男性陣はこぞって由香里を手伝いたがった。私は、
(まぁいいや)
 と思いながらその光景を見ていた。赤ちゃんの性別、男か女かは、生まれてみてからのお楽しみ――らしい。
 穏やかな日々が過ぎていく。ある日、私は純也を抱いたまま眠っていた。
 夢うつつの中、誰かが私の頭を撫でていった。
 えみりかな? エリカかな?
 私が午睡についた時、この二人も私と同じ部屋にいたのだ。
 縁側のカーテンが翻ったように思った。
 幸せで、時々騒動が起こり、でも、やっぱり最後はわかり合えて――。
 それが家族なんだというものだと、私は思っている。
 来年はお父さんとお母さんも日本に戻ってくるらしい。
 人生は祭りだ。そう言ったのはフェリーニだったか。ひとつの祭りが終わっても、新たなお祭り騒ぎがまた起きるのだろう。
 私は陽だまりの午睡の中で、幸せの揺り籠に揺られながら微睡んでいた――。

(了)

後書き
やっと終わったー!
これを連載してたの、六年? 七年?
短編や最終回記念もあります。それはまたいずれ。
この話を書いたおかげで文章力がついたような気がします。
読んでくださった皆様方、ありがとうございます!
2015.5.10

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