おっとどっこい生きている番外編 その3 〜奈々花の誕生日〜

 笹の葉さらさら。あの歌の通りに、笹の葉って風にさらさら鳴るのね。織姫と彦星はちゃんと会えただろうか。――会えただろう。今日は雨が降らなかったから。
 織姫も彦星も、一年に一回だけしか会えないなんて、そんなんでよく我慢できるよね。私は――将人とそうなったらどうしようとか思う。将人は私の彼だけど、一年に一回しか会えないんじゃ、そりゃ心変わりはしない自信はあるけれど、寂しいだろうな……。
「みどりちゃん。願い事書けた?」
 奈々花が優しい声で訊いてくる。
 七月七日。今日は私の友達、山岸奈々花の誕生日でもある。
 奈々花は目がくりっとした、色素の薄い癖っ毛の可愛い女の子である。その彼女が小首を傾げている様は小動物のようで何となく可愛い。
「うん、書けた書けた。ばっちり」
「どれどれ。あー、みどりちゃん、毛筆上手いよねー。やっぱり」
 褒められて嬉しいけど、問題はそこじゃないでしょ。
「『これからもたくさんの良い思い出をみんなで作っていくことができますように』――か。みどりちゃんらしいね」
「あは……」
「私はやっぱり、『哲郎さんと上手くいくことができますように』だな」
「奈々花なら、哲郎さんと恋人になれるよ!」
「だといいけど」
 私達は奈々花の家で彼女の誕生会をしている。せっかく七夕なんだし、笹も調達してきたので、お願い事を短冊に書いて飾ろうということに決まったのだ。折り紙で作った飾りも飾られている。奈々花は器用なのだ。
 それにしても――あの笹、どっから持ってくるのかしら。山岸家はお金持ちだから、買ってきたのだろうか。昔は笹を飾るのはポピュラーだったみたいだけど、今時ないもんね。
 それでも、山岸家では七月七日が来ると笹を飾っていたんだけど。
 笹の葉は、ちょっと経つと葉が丸まってみすぼらしくなるらしい。だから、七月七日以降の山岸家の笹の行方については私も知らない。
 取り敢えず、今日は楽しもう!
 奈々花の誕生日には、頼子、美和、今日子、友子が参加している。
 哲郎さんもいる。私が無理やり引っ張ってきたのだ。
 みんな、思い思いの願い事を書いて短冊につるした。哲郎が言った。
「僕は七夕なんて信じてないけど」
 そうだよね。哲郎は筋金入りのクリスチャンだもんね。天上の主しか信じないもんね。私はそれについては異論はあるけど、黙っていた。
「哲郎さん、子供の頃から七夕信じてなかったの?」
 頼子が訊いた。頼子と哲郎の組み合わせって珍しい。何となく。
「いや、子供の頃はいくら何でも信じていたよ」
「サンタクロースも?」
「そうだね。サンタクロースも信じていたよ。あの頃は」
 哲郎はふうっと遠い目になってる――ような気がした。
「さぁさ。皆さん。ご飯ですよ」
 奈々花のお母さんが心づくしの手料理を出してくれる。とうもろこし、枝豆、ジュース、笹で包んだ寿司飯と具、そして、同じく笹で包んだヨモギもち――などなど。そうそう、誕生祝いとしてはポピュラーなお肉やサラダもあるのよ。それに、私の好きな奈々花のお母さん特製の漬物もある。
 特に、私はしゃけと寿司飯の混ぜご飯が好み。それからヨモギもちなど。
「いただきまーす」
 皆が声を揃えて言った。――哲郎は人の家でも食前の祈りを欠かさない。私はあなごを混ぜた寿司飯を先にいただいた。
「美味しいです」
「ほんと? 良かったわ」
 奈々花のお母さんが笑う。その笑顔が娘にそっくりだ。奈々花のお母さんも今では、
「私はおばさんになっちゃったから」
 と、あの柔らかい笑みで言うが、昔は美人だったのだ。
 ほんとに理想のママって感じで。うちの母もそれは顔立ちはいい線言ってるけど、料理は壊滅的にダメだもんなぁ……。だから、奈々花のお母さんみたいな母親を持つ奈々花がそれはそれは羨ましかった。
 あ、そうそう。私、料理はお祖母ちゃんに習ったの。お母さんは宛てにならないもんね。
 祖母や奈々花の母みたく、立派な専業主婦になるのもいいなぁと思っている。勿論、作家になる夢も捨てたわけじゃないんだけれどね。
 あ、そうか。作品を書きながら家事もこなす――久美沙織先生みたいでかっこいいんじゃない?
 毎日美味しいご飯を夫(想像上の夫は将人の顔になっていた)を作ってあげる物語作家――うん、いい感じ。
「今日は星が綺麗だよね」
 窓際に座っていた美和が言った。
「織姫と彦星、会えたかな」
「ばっかねー。そんなのお話の世界よ」
 頼子が嘲笑う。
「頼ちゃんだって作家志望のくせに夢がないんだー」
「あのね、美和。頼子はね……」
「ちょっと、黙っててよ、みどり」
 頼子が焦ったが、私が言う方が早かった。
「小学一年の時まで織姫と彦星信じてたのよー」
「え? 松下さんがですか?」
「そうだったの」
「意外過ぎねー」
 友人達が口々に騒ぐ。
「あーもーそうでした。私は小さい頃織姫と彦星信じてました。これでいいんでしょ?」
 ニル・アドミラリを気取っている松下頼子にしては、素直に開き直った。まぁ、気取っていてもしようがない相手ばかりでもあるしね。
 私は頼子とは一番長い付き合いだから、弱味もわかるのだ。それに、多分性格も似ているし。
「あ、おばさん。私、手伝います」
「そう? でも、わるいわよ。せっかく来たんだから、今日子ちゃんは奈々花達の相手をしてくれない?」
「はあい」
 今日子も優しいししっかりしている。そのせいかちょっと影が薄いのだが、今日子は気にしないだろう。
「気持ちだけは取っておくからね」
 さすが、奈々花のおばさん。今日子は、嬉しそうに汗を飛ばして俯いた。
 それにしても――ここも夜空が綺麗でなくなったわねぇ……星があんまり見えないや。雲のせいかもしれないけれど。天の川が見えないのは我慢するとしても。
「哲郎さん、忙しいところ来てくれてありがとう」
 奈々花の言葉に、私は何となくそちらを見た。
「いいんだよ。君はみどりくんの友達なんだから」
「そっか――哲郎さんにとっては、私は『みどりちゃんの友達』でしかないのよね……」
「え?」
 哲郎、鈍い! 私、皆がいなかったら怒鳴ってたところよ。この雰囲気壊したくなかったからそうしなかっただけで。
「あ、何でもない」
 笑いながら誤魔化す奈々花。アンタいい子だわ。
「奈々ちゃん、哲郎さんにフラれたら美和がいるからねー」
「うん。ありがと、美和」
 美和が奈々花の頭を撫で回す。仲良しっていいな。私、哲郎を連れてきて、余計なことしたかしら。哲郎にも勉強があるというのに――。哲郎は、模試に向けて勉強中だった。断ったって良かったのに、私と奈々花の為に来てくれたんだよね。
 美和は奈々花に膝を貸している。ま、哲郎に怒っても仕方ないか。
「私からも礼を言うわ。ありがとう。哲郎さん」と、私が言う。
「いやいや、みどりくん。奈々花くんも大切な友達だからね」
「私も哲郎さんの友達なんだ!」
 奈々花が美和の膝から勢いよく起き上がった。奈々花がきらきらしているような気がしたのは気のせいだろうか。友達……もしかして、奈々花は怒っているのかなと思っていたが違った。
「ちゃんと私のことも友達として見てくれているんだ! 私、哲郎さんが友達で嬉しい!」
「あ……ああ。喜んでくれて嬉しいよ」
 哲郎が言った。私は哲郎の方をちらっと見る。哲郎は奈々花の様子に些かびっくりしたようだったが、すぐににっこりと笑った。哲郎の馬面に笑みが浮かぶと、私はよくガストン・ボナパルトを連想する。
「ねぇ、哲郎さん、哲郎さんの笑顔ってチャーミングね」
「そ……そうかな」
「誰かに似てるって言われない?」
 奈々花、躁なんだろうか……。頼子が面白くなさそうに机に肘をつく。いや、面白くなさそうって言ったのは、そう見えるだけで、本当は結構楽しんでいるのだ。でも、頼子はニル・アドミラリだから、クールなふりをしてるのよ。
「皆さーん。ケーキ食べましょう。私、用意して来たのよ」
 奈々花のお母さんがケーキを持ってくる。なんと手作りだ! 私も食事はよく作るけど、ケーキはあまり作らないんだ。そもそも、お菓子自体あまり作らない。今度作ってみようかな。要領は料理と同じでいいんだよね。大作作って皆の度胆を抜いてやるか、それとも基本に忠実に初歩的なものから作るか――わくわくしてきた。将人にも持って行ってあげたら喜ぶかな。
 生クリームと苺のホールケーキだ。お菓子で作った人形達も乗っている。友子が目を輝かせている。
「すごいです! 奈々花さんのお母さん! いつか私にも作り方教えてくださいね!」
「わかったわ。友子ちゃん。さ、ろうそく飾って、奈々花」
 お母さんに促されるままに奈々花はろうそくを挿していく。
 そして、皆で『ハッピーバースデー』を歌い、奈々花はろうそくの火を消した。おめでとう、と口々に言う声。奈々花は喜びに満ちた顔で応えた。
「ありがとう! みんな!」

後書き
えー、オリキャラ山岸奈々花の一日遅れの誕生日です。
一日遅らせたのは、愛しの緑間きゅんの誕生日があったから……。
こんな作者ですが、自分で生んだキャラクターは一応愛しています。あ、みどりの誕生祝い忘れた。
2014.7.8

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