おっとどっこい生きている番外編その5~みどりとみのり~
ピンポーン。チャイムが鳴った。
「はーい」
私はドアを開ける。
お客は二人の女性だった。一人は安達蘭子。もう一人は――。
すごい美人だった。黒い髪の毛に天使の輪っかが光る。
「まぁ、もしかしてあなたがみどりちゃん?」
見ず知らずの女性の方が私に向かって言う。誰だったかな……。顔と名前を覚えるのは得意な方のはずなんだけど……。
こんな美女がいたら覚えているはずだし。
「誰だぁ? 一体……」
兄貴がやってきた。
「駿くん!」
え? 兄貴の友達? ――因みに、兄貴は秋野駿という名前だ。私はその妹で秋野みどり。
「蘭子……みのり!」
「そうでーす」
「いやぁ、みのり、懐かしいな。綺麗になったな」
「うふふ。ご結婚おめでとう」
「ありがとう。嬉しいぜ」
みのり――? 聞いたことがあったような。
あっ、もしかして、兄貴の元彼女?
「この子が噂の妹ちゃんでしょ? 私、結城みのりと言います。宜しくね」
みのりが手を差し出した。そして私達は握手をする。私は思わずあがってしまった。
「あ、秋野みどりです。宜しく……」
「ね? みどりちゃん、みのりに似てるよね?」
そう言ったのは蘭子だ。でも、私こんなに綺麗じゃないよぉ……。
「うん。似てる似てる。こんなに私に似てるとは思わなかった」
と、みのり。
「みどりちゃん、ちょっとお話がしたいな」
「いいわよ。ここでは何だから、庭行きましょ?」
「ええ」
晴れやかな小春日和の空。空気が心地いい。みのりが伸びをした。
「んー、いい庭ね」
「ありがとう」
忙しくてあんまり手入れもできないんだけどね。それでも必要最低限のことは兄貴とやってる。
「駿くんもお父さんかぁ……時間の流れを感じるわ」
「あの……その情報どこで」
「蘭子が言ってた。今まで駿くんに会いたくなかったんだけど、駿くんが結婚したって言うからお祝いを言いにきたの。でも、何もお土産なくてごめんね」
「気を使わないで」
「ありがと。駿くん達夫婦仲は良いの?」
「――良いと思いますけど」
ま、半真実だけど。由香里の方が兄貴に惚れぬいている感じ。
「良かったぁ」
みのりが笑った。何て魅力的に笑う人だろう。私と全然違うじゃない。えみりも雄也も、みんな似てる似てると言うけれど。第一、髪型からして違う。彼女はロングヘアー。私はセミロング。
まぁ、光栄かな。こんな美人と似てると言われて。
でも、兄貴に対する誤解は解かなきゃ。
「あのね、みのりさん、由香里を妊娠させたのは兄貴じゃないの」
「知ってるわよ。蘭子から聞いたもの」
私は、何となくほっとした。
あ、でも、同情婚じゃないからね。――多分。
「だけど、駿くんてシスコンよね」
そ、そうかもしれない……。
「みどりちゃん、学年いくつ?」
「高二です」
「そう。一番いい時ね」
「そうですかぁ?」
私はめいっぱい疑問形で首を傾げた。勉強だってしなくちゃいけないし、学校の仕事も手伝わなきゃいけないし……。
「そのうちわかるわよ。過ぎてった青春は二度と戻ってこないからね。私も駿くんと恋愛してた頃が一番幸せだったなぁ……今だって幸せじゃないわけじゃないけど」
私はちょっと答えに詰まった。
「あ、だからって駿くんに未練があるという訳じゃないのよ。だって、私、新しい彼氏できたし」
そうだろうなぁ、この人なら、周りがほっとかない。引く手あまたなんだろうなぁ……。
「みどりちゃんは好きな人いるの?」
「――はい」
「付き合ってるの?」
「ええ、まぁ」
「どこまで行ったの?」
普通、初対面の相手にここまで訊くかしら。でも私は言った。
「き……キスまで……」
「そうなんだー。初々しい」
実はキスもまだなんだけどね。つい見栄はっちゃった。そりゃ、いい雰囲気の時もあったし、いつかはキスしたいけど……。
「誰にも言わないでくださいよ」
一応そう念を押しておく。嘘だとバレたら恥ずかしいから。みのりが何を思ったかくすくす笑った。
「わかったわ」
このぐらいの嘘は別段構わないよね。将人。私の最愛の恋人。――心の中で言っただけでも歯が浮きそう。
結城みのり――この人は兄貴の初めての人なんだ。
初めての――。
頬が、ぶわっと火が出たかのように熱くなった。
でも、この人なら許せるかな。あけすけなところも悪くない。
「じゃ、私、もう帰るわね。駿くんに宜しく。また来るわね」
「はい」
「bye!」
みのりは手を振って庭を出て行った。何と言うか――マイペースな人だな。
「ただいまー」
「お帰り。みのりは?」
蘭子が訊いた。兄貴も一緒だった。
「帰りました」
「帰ったぁ? 相変わらず我が道を行く子ねぇ……嫌な思いしなかった?」
「全然」
どんな態度取られても、あれだけ美人だと許せちゃうなー、なんて。案外目が高いかもしれないぞ。うちの兄貴は。
「みどりー。ココア飲みたーい」
下に降りてきた由香里が言った。ネグリジェ姿だ。由香里がはっとしたようだった。
「あ、蘭子さん来てたの。こんなかっこでごめんね」
「いいわよ。今更じゃない」と蘭子。
しかし、まずはココアだ。
「んじゃ、今から淹れたげる。インスタントしかないから、それでいいわね。兄貴と蘭子さんは?」
「俺も欲しいかな」
「私も」
当然、あったかいのだよね、と訊いたら、勿論!と三人分の答えが返ってきた。
「私ね、駿ちゃんの元カノと一緒に来たのよ。帰っちゃったけど」
「本当?! 蘭子さん! 会いたかったなぁ……ほら、夫の元カノとの修羅場っての? 経験してみたかったんだ」
私は由香里の台詞に頭が痛くなってきた。こんな女と結婚なんて、兄貴、早まったんじゃないかしら。私もけしかけた一人だけどさ。
でも、みのりには別の恋人がいるんですからね。多分修羅場にはならないと思うわ。――私はやかんでお湯を沸かした。
後書き
みのりさんの話です。この話のみのりのモデルは『前略ミルクハウス』に出て来る不思議ちゃんな女の子。
しかし、みどりは庭の掃除をいつやっているのだろう……作者の私にもわかりません。短時間でちょこちょことやっているんだろうか。あ、雄也さんなんか庭仕事向いてそう。
2015.9.14
BACK/HOME