かつてのスターに花束を 可愛らしい女の子の声が聞こえた。ひとつに結えられた長い癖っ毛のオレンジ色の髪、オレンジ色の瞳。カラーコンタクトに、髪は染めたのに違いない。 「フェリア!」 そうか――それでは、彼女がフェリア・ライラというわけか。フェリアは一目散にリチャードのところに駆け寄っていく。カレンが声をかけた。 「こんにちは。私、カレン・ボールドウィンです」 「俺はアーサー・リョウ・柊。リチャードさんの友人さ」 「フェリア・ライラです。よろしくお願いしまぁす!」 そう言ってフェリアは元気良くお辞儀をした。 「あ、あのね、フェリアさん、でいいのかな。あまり気を遣わなくていいから」 「はい!」 でも、フェリアにつけられた敬称、間もなく取られることになる。カレンは二十二で、フェリアは十八なのだから。 「あっはっはっは」 ギルバート・マクベインの哄笑が個室に轟く。 「そうかそうか。アンタ、面白いな。フェリア」 「ありがとう。ギルバートおじ様」 「おいおい。劇中では俺は君のお父さんなんだぜ。パパって呼んでくれなきゃ」 「パパ」 「何だい?」 フェリアとギルバートは早速気が合ったみたいだった。 リチャード・シンプソン・Jr.が出した提案の一つが、撮影期間中、もし何かギルバートに異変があったら直ちに病院に搬送すること。撮影にはリチャード・Jr.も立ち会うことになっている。そして二つ目が――これはカレンの気に入らなかった。 「僕にも、脚本を書くのを手伝わせてくれ」 リチャード・Jr.は脚本家にも憧れていて、カレンのせっかくの力作に大幅に手を入れてしまった。それも、リチャード・Jr.が手を入れた脚本が不出来ならいい。しかし、急ぎの仕事を片付けてロサンゼルスに駆けつけてきたクロエもリチャード・Jr.が改訂した後の原稿を読んで、「あの人本当に素人なの?」と唸っていた。 カレンがリチャード・Jr.の手垢のべたべたついた脚本を採用するのを渋々ながらOKしたのは、彼女もまた、ギルバートの体が心配だったためだ。でなければカレン、もっとごててたはず。――今回の撮影は時間との勝負なのだ。 「絶対にまた、あれよりいいもの書いてやる!」 カレンの闘争心に火がついた。カレンにはいくらでも書けるのだから。何はともあれ――。 勿論、フェリア・ライラはオーディションに合格した。アゼルバート・アビントンという男前で俳優にしておかないのは惜しいという人物が監督になることになった。 「宜しく」 アゼルはしめっぽく握手をした。――そして、冒頭のシーンを撮ることになった。 ガタン、ガタン、ガタン―― 汽車が線路を走っている。オープニング。 「どうしたい、ジェニー(フェリアの役名)。そんなところに立っていると危ないぞ」 「パパ」 「入れ。寒いだろう」 ギルバートの父親役は想像以上に合っていた。 「ねぇ、お父さん。お父さんの友達って、どんな人?」 「――とてもかっこいい人だよ」 ギルバートがお茶を濁す。それがつまり、リチャードであった。「カーット!」とメガホンを握ったアビントン監督が叫ぶ。 「なるほど。まだ序盤だけど、いい感じだね」 「ありがとうございます」 アゼルの言葉にフェリアが頭を下げた。 このオープニングのシーンは、カレンがギルバートに連れ回されている期間に考えたものだった。リチャード・Jr.もここは変えないでおいてくれた。 「さぁ、今度は食事のシーンだ。カメラ回せ!」 「よぉ、カレン」 「ロナルド叔父さん!」 「クロエから聞いたぞ。リチャード・Jr.とケンカやらかしたんだって?」 「あ……うん。前にちょっとね。でも、みんなこっちの方がいいって……」 「カレンはどうなんだ?」 「え?」 「脚本を書くのが好きで好きでたまらないカレン・ボールドウィンとしてはどう思うんだ?」 「――これを超える作品を書くつもりだわ」 「……がんばれよ」 ロナルドがぽんとカレンの頭に手をやった。 やがて、リチャード登場。大俳優にふさわしい品と風格を兼ね備えた登場シーンだった。ギルバートも負けてはいなかったが。 ギャラリーはたくさんいた。リチャード・シンプソンとギルバート・マクベイン。往年のスターが、しかも決して実現しなかっただろう彼らの共演を撮るところが見られるのだ。マスコミはこぞって話題にした。 やがて、撮影は終盤にさしかかった。ギルバートは生き続けた。元気で――余命はいくらあるのかわからないが、医者のリチャード・Jrも驚くほど、ギルバートは元気に撮影に励んでいた。 そして、ラストシーンの撮影までこぎつけた。 「ビル……」 ビルとは、リチャードの役名である。――病院の個室の中。リチャードは花束を抱えている。ギルバートは苦しい息の下からリチャードと本当はリチャードの娘だったフェリアの方に向かって手を伸ばす。フェリアがその手を取る。ギルバートの頬は前よりこけていた。それが不思議と役柄に似合っていた。リチャードは言った。 「……ジャック。私は神様じゃないから君に時間を与えることはできない。けれど――せめて花束を……君に花束を贈らせてくれ……かつてスターであった、これからもスターである君に」 それは、リチャード・Jr.が書き換えた台詞だった。 ギルバートは、ああ……と呻くと、うっすらと本物の涙を流した。目薬ではない、本物の涙を。そして、ギルバートは瞼を閉じた。フェリアは彼の手をキリスト教式に胸元で組み合わせた。――リチャードはギルバートの枕元にそっと花束を置いた。 「カーット!」 ギルバートはむっくり起き上がる。目元にはうっすらと涙の跡がついていた。 「いい演技だった。ギル」 「ありがとう、監督。それからカレン。君に会えて良かった」 脚本は気に入らないものの、カレンは毎日撮影に立ち会っていた。 「そんな……ありがとうございます」 「夜は打ち上げだが――やっぱり体は辛いか?」 「ああ――俺は寝たい」 監督の言葉にギルバートが呟くように言った。そして。それがカレンが生きているギルバートを見た最後だった。 ――翌日、ギルバートはひっそりと永遠の眠りについた。 (ギルバートさん……) カレンは泣けなかった。今にも彼がひょっこり現れてきそうで――。 週刊誌もギルバートを大絶賛した。今世紀最後の西部劇スター、死ぬまで彼は俳優だった――ロザリーの晩年と比べて、彼はなんと幸せだったことだろう! これでよかったんだよね――。 問題はないわけじゃないし、悔しい想いも味わわなかったわけではないけど、それでも。 カレンは彼を救ったのだった。リチャードの為に捧げた脚本。ギルバート・マクベインを救うことになるとは思いもよらなかったけれど――。 私、この脚本書いて良かったんだ。 「カレン。ギルバートは幸せだったんだ。――君のおかげだ」 と、リチャード・シンプソン。 「君は彼に生き甲斐を与えてくれた」 これは、リチャード・シンプソン・Jr。 「ありがとう……ございます」 雨だった。空が、泣けないカレンの代わりに泣いているようだった。 映画『かつてのスターに花束を』の公開初日は大盛況のうちに終わった。 「カレン。リョウと映画観たわ。最後、泣いちゃった」 アリスが言ってくれた。花も贈ってくれた。 「未来の大脚本家様に」 「あれは――リチャード・シンプソン・Jr.との共作だったのよ」 今はカレン、何の苦味もなくそう言うことができる。リョウも来てくれた。リチャードは今も淡々と過ごしている。年を経ても青々としている植物のように。 (カレン――君はギルバートを救った。そして私達のことも) リチャードの言った言葉は、今も、カレンの心の中で生き続けている。そして、カレンもまた、リチャード達によって救われたのだった。 カレンの中には、次回作のプロットがもうできあがっていた。彼女は死ぬまで書き続けるであろう。脚本を書くことは、彼女にとって生きた証なのだから。 END 後書き いすかのはし(漢字が出て来ない)シリーズの『かつてのスターに花束を』を読んでくださってありがとうございます。 ギルバートさんはガンという設定ですが、「ガンなのに俳優として演技できるんかな?」と今となったら思うんですけど……。まぁ、素人小説ですから。気力で演技してたんでしょうかね。彼は。だとしたら奇跡ですね。 リチャードさんはその他の話にも出て来ます。カレンも後日譚に出て来るでしょうね。まだ書いてないけど。 個人的にリョウはお気に入り。 カレンは私の分身です。台本とか書かされると生き生きしちゃうんですよね。私は台本は書いたことありませんが(笑)。台詞書かせるとすごく生き生きしちゃう。 私も書くことが生きている証です。小説でも、イラストでも。私にも昔から書くことしかなかったんです。間違いだらけかもしれませんが。いつかプロになれればいいなと思いますが、もう三十代ですからねぇ……。趣味で書くのも悪くないかな、と最近では思っています。 『かつてのスターに花束を』は、着想したのが高校生の時です。この頃は映画に凝っていて、近所のビデオショップ(もうないです)の店内をぐるぐる回り、妄想に浸っていました。あの時考えた話とは随分違いますが、この話も私は大好き、と自信を持って言えます。 あの頃の私に、この話を捧げます。 2015.3.31 |