ハルキくん

 俺は、木の下で居眠りとしゃれこもうとしていた。
 ――と、その時!
 木の茂みから俺と同じ顔の男がにゅっと出てきた。
「わっ!」
 俺はそいつとキスしてしまった。
「……てて」
「わり、大丈夫?」
 ……って、俺の言うセリフじゃねぇな! むしろあっちが言うべきだ。
 それにしても――またか。
「あ、こっちこそすまん……」
 俺と同じ青いメッシュの男がへらりと笑った。そのへらへらした態度、気に食わないが――。
「お前、大澤遥だろう!」
「ああ、そういうお前も大澤遥だな」
 馬鹿なやり取りしてると思うだろう。でも、俺達はどちらも正真正銘の大澤遥なんだ。双子とかじゃない。間違いなく、本人同士。
「大澤くーん」
 やべっ、なぎさだ。
「大澤くん……その人は?」
「あっ、大澤ハル……ハルキって言うんだ」
 もう一人の俺が喋る。俺もそれに乗った。
「そうそう。ハルキ」
「ふぅん。宜しくハルキくん」
「こちらこそ」
 ハルキはズボンの汚れをはたく。
「私、白鳥なぎさっていうの」
「あ、ああ……」
 なぎさが手を出す。ハルキも握手しようとする。ちょっとハルキ、土で汚れた手でそれはまずいんじゃねぇの?
「あ、そうかごめん」
 ハルキが反対側の手を出す。俺の言いたいことわかったんだな。ま、同一人物だからな。
「大澤くんのご兄弟? 大澤くんって確か、一人っ子って聞いてたけど」
 ちっ、どうでもいいことばかり覚えてんな。
「ちょっと事情がありまして――ここ数年ほど海外に行ってたんだ」
「すごーい! 帰国子女?!」
「まぁね。英語は相変わらず苦手だけど」
 ハルキ……演技上手いじゃないか。この俺も舌を巻くよ。
「で、……遥くんとは双子のご兄弟?」
 なぎさ……さりげなく俺のことを『遥』って呼んだな。
「まぁ……そんなようなもんだね」
 そう言うことにしておくか。それが一番穏やかな方法だしな。
 さてと……こいつを『Long time』に帰さなくちゃな。風見のじいさんだったらいろいろ知ってるだろうし。
 ついでに真雪と聡も連れて一緒に騒ぐか。無論、なぎさも連れて行くつもりだ。
「ねぇ」
 なぎさが言った。
「何だい?」
 ハルキが人をもそらさぬ顔で答える。なぎさが俯いた。
 やーれやれ。真雪がいるってぇのに、女ってわからんもんだね。とりま、真雪には言ってやらんから安心しな。なぎさちゃん。
「俺、迷子になったんだ。家に帰りたい」
「遥くんとは別々に暮らしているの?」
「うん、そう」
「ハルキくんて、謎めいているわよね。――遥くんもだけど」
 それってどういう意味? 確かに俺は他の奴らに比べると秘密も多いけど――。でも、珍しいこっちゃない。もっと謎な存在はいっぱいいる。
 なぎさは何となく勘付いてんのかな。俺のこと。
 そしたら――真雪には事情を話してなぎさを護ってもらうとか。聡を味方につけてもいい。
 俺の世界にいるのは、俺の味方だけじゃない。俺には敵だっている。タイムパトロールとか……。ああ、あれは敵中の味方か。
「なぎさ、放課後、『Long time』来るか?」
「生徒会の仕事があるんだけど……」
 そっか。なぎさは真面目だからな。
「残念だけど……」
「いや、俺が無理言ったのさ。仕事、がんばんな!」
「うん!」
 なぎさはとびっきりの笑顔を向けてきた。ちくしょー、真雪のヤツ、こんな可愛い彼女がいるなんて腹立ってきたな。
 現在、なぎさと真雪は両片想い。それが俺には面白くて、からかいのネタにしている。俺もちょっと酷いな。
 真雪――鈴村真雪っていうのは、男だ。女のような顔してるけど――それでしょっちゅう俺にもからかわれているけど――硬派な男だ。
 真雪にも知らせとくか。スマホスマホっと。ガラケーも好きだけど、今の時代じゃもうスマホなんだよな。
『from:遥
 to:真雪
 今日、『Long time』に集合だ。なぎさは行かねぇ。聡に宜しく』
 ピロリロリ~ン♪ 着信音が鳴った。
『from:真雪
 to:遥
 なぎさが行かねぇんだったら俺も行かねぇ。聡には連絡しとく』
 ちっ。薄情なヤツめ。俺は舌打ちした。
 だが、聡に伝えてくれるだけでも助かるかな。ハルキが興味津々に覗いている。
「お~、スマホか~」
「お前は持ってねぇの? 便利だぜ。LINEで繋がることもできるし」
 ハルキは「そんなことは当たり前」と言いたげにニヤニヤ笑っている。
 こいつ……未来から来たんかな。俺の過去だか未来だかよくわからんけど、少々カンに障るヤツだ。ま、俺自身なんだけど。
「あ、そろそろ五時限目始まるよ」
「おー、そうか。ハルキ、大人しくしててくれ」
「あいよ」
 ハルキは老成している。俺が何か言うたびつっかかってくる『俺』もいたと言うのに……。
 ま、その点はありがたいかな……。
「お前の分まで昼寝してるよ」
 そして――寝てしまった。この寝つきの良さ……間違いなく俺だ。
 今日の五時限目は数学。俺のもっとも苦手な科目だ。――なぎさが訊いて来た。
「どうしたの? 遥くん」
「いんやぁ、数学って聞くと頭痛くなってさ」
「じゃ、これ、貸してあげる」
「ブルーバックスか」
「結構面白いよ」
「あんがと」
 ――放課後になり、俺とハルキと真雪と聡(結局来てる)は『Long time』に集まった。聡は真雪の弟だ。
「じいさん、こんちは」
「遥――いきなりそれはないだろう」
 風見のじいさんは顔をしかめる。俺はいつも通りの俺だぜ。
「また迷子が来たぜ」
「どうも、ハルキです」
「またか……」
「なぁ、じいさん。話聞いてやってくんね?」
「――わかったよ」
 ハルキは風見さんに話を聞いてもらった後、晴れ晴れした様子で帰って行った。話し合いの場には俺達もいた。何を話したかって? それは秘密。

後書き
ハルキくんはもう一人の遥くん?
遥くんの周りには不思議がいっぱい!
2019.10.11


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