スタ花番外編2 ギルバートの死
――映画『かつてのスターに花束を』を撮影し終えた後。ギルバート・マクベインは安らかにこの世を旅立っていった。――きっと。
きっと、というのは、ギルバートが亡くなった時、誰もその場にいなかったからである。
だが、その死に顔は穏やかだった。
ギルバートの死体は霊安室に安置されていた。
「ギルバートさん……」
「…………」
カレン・ボールドウィンは名前を呼び、リチャード・シンプソンは黙っていた。
やがて、リチャードがギルバートの顔に布を置いた。
「どうした。カレン」
塞ぎ込んでいるカレンにリチャードは声をかけた。
カレンは――他の人に訊かれたら、反発なりなんなりするであろうが、リチャードにはかなり心を開いていたため、こう言った。
「――私、泣けないの」
「――泣けない、とは?」
「ギルバートさんが死んだというのに……泣けないのよ。冷血でしょ。私。でも、涙が出てこないのよ……」
その気持ちは、リチャードにもわかる気がする。
何だか、ギルバートが今にもいきなり現れてきそうで……。
「ギル……」
悪い男ではなかった。いや、悪いところもあったけど、人間的魅力があった。可愛げもあった。
西部劇では既になくてはならない俳優にのし上がったギルバート・マクベイン。カレンをさらっていこうとしたこともあったけど――結局は返してくれた。
でも、ギルバートはカレンのことが好きだった。カレンも嫌いではなくなっていったらしい。
まさか、二人が協力関係になるとは思いもよらなかったけど。
「リチャードさん、カレンさん、取材陣が来てるわよ。今、リチャード・Jrが抑えているけど」
フェリア・ライラ――今度の映画ではヒロイン役をやった。
「よろしい。では、行こうか。カレン」
「うん」
リチャードも泣けなかった。
「大変だったなぁ、リチャード。本当に大変だった」
駆けつけたケヴィン・アトゥングルが言った。
「いや……私は特に……それより、カレン、見てやれ」
「OK」
ケヴィンは去った。代わりにリチャードの息子が来た。
「――あなたのせいですよ」
「……わかっている」
「ギルバートさんは……もっと生きていけたはずなのに……僕の言うことを聞かないから」
「…………」
それはギルバートの選んだ道だ。けれど、息子にそう言っても言い訳にしかならないことをリチャードは知っていた。
「何か言ったらどうですか?」
「…………」
沈黙よりどう答えたらいいのか。――黒人の大男がうっそりとやって来た。
「リチャード先生。レオ・オブライエンが来てますが」
「レオが?」
レオは、リチャード・Jrの幼馴染で、アルバート・オブライエンの息子だ。綺麗な銀髪を伸ばした好青年で、リチャード(Jr)はレオのことを気に入っている。
父親の方のリチャードはそれをあまり歓迎していない。
レオはアルバートに似ている。アルバートも昔は紅顔の美少年だった。性格は全然違うが。
(私の息子も顔の好みは同じなのかな)
アルバートが絡むとどうしても複雑な気分になるのをリチャードは抑えきれない。――しかし、それは別の話として、今はギルバートの葬式だ。
泣きたくても、泣けない。
「ギルバートさーん。ギルバートさーん」
素直に泣けるアリスが羨ましい。学校の授業もそこそこに駆けつけてきてくれたのだ。
映画界の名士の人々がずらりと並ぶ。
(そうか――これが、ギルバート・マクベインの、葬式か)
傘がすっと差し出された。
「アイリーン!」
「リチャードさん……」
アイリーン・柊である。彼女の夫、柊龍一郎は、今日、説教をするはずである。
「行きましょ。ここは――濡れるわ」
「多少濡れても構わん」
「風邪、ひくわよ」
アイリーンはにっこり笑った。――リチャードはどうも昔から彼女に弱い。
「ギルバート・マクベインは、死に負けたわけではありません。天国へ凱旋したのです」
龍一郎が朗々と皆の前で語った。
龍一郎も立派になったもんだ――リチャードは思った。
彼のことは昔から知っている。昔は優柔不断でレナードにいじられてばかりいた青年だった。そのレナードも今ではイーストウッド・カンパニーの社長だ。
――時は流れる。生者にも、死者にも等しく。或いはそれが人々の恐れと共に安楽を呼び覚ますのかもしれない。
(ギルはどうだっただろう)
ガンで亡くなったギルバート。もっと生きたかったであろうギルバート。彼はいつも確かだった。
リチャードの生はまだまだ続く。後二十年は生きるであろう。リチャードはそう計算していた。
ギルバート・マクベイン。享年六十七。リチャードとそう違わない。
けれど、リチャードは死を恐れたことはない。
何故なら、それは必然だからだ。生きている方が辛くて苦しいかもしれない。
天国というところがもしあるのだとしたら――。
ロザリーに会いたい。君のことを愛したこともある。けれど、私には君ではなかったと。ロザリーがせがむのなら、謝ってやったっていい。それぐらいのことは彼女にはしている。
けれど、アルバートには――。
アルバート・オブライエン。幼馴染で、永遠のライバルで――。
彼とはいつもケンカばかりしてた気がする。――そう、ある時期から。
彼には謝れそうにない。むしろ、こちらが謝って欲しいぐらいだ。殺人犯から命を助けてもらった恩はあるにせよ。
あの男には二度と会いたくない。リチャードにもそういう存在がいるのである。
(おっと、あの男は関係ない。今はギルの葬式だ――)
リチャードは無理矢理意識を振り向けた。
エレインも向かいで泣いている。リチャードはエレインに近付いて肩を抱いた。
――皆が花を手向けた。
たくさんの花に囲まれたギルバート。きっと、天国では幸せに暮らしている。あの世でも西部劇の俳優をやっているだろうか。あの世に西部劇があれば、だが。
「ギルバート・マクベインは幸せな男です」
そう話し始めたアゼルバート・アビントン。だがその後、彼が何を話したのかは忘れてしまった。
ギルバートは死んだ。その事実がゆっくり脳に浸透する。寂しくはあるが、不思議と悲しくはなかった。どうせ、自分もそのうち行くのだ。――あの世に。
キリスト教式に言ったら、パラダイスか。
リチャードは宗教に興味がない。龍一郎がいくら感化しようとしても、リチャードはリチャードだ。他に変わったところもない。
ただ、龍一郎の言わんとしていることはわかる。――まぁ、それも別の話だ。
カレン・ボールドウィンは、リチャードとギルバートを結び付けてくれた。
ギルはもう、『十月亭』で飲むこともないんだな――。
そう思うと、一筋の涙が盛り上がって流れた。
そして、棺は土の中に納められた。
「ギルバートさんは、酒が好きだったようだね。今頃、心置きなく飲んでるかな」
リョウが呟いた。
「そうだな――」
あの世では、もう泣くこともないであろう。ギルバートが下界の今の自分達を見て、どう思ったかは知る由もない。
(リチャード……)
ギルバートの笑顔がリチャードの瞼の裏に浮かんで消えた。まるで、彼の想いはいつでも傍にいる、と言いたげに。
後書き
拙作『かつてのスターに花束を』に出て来るギルバート・マクベインの葬式です。
もっと早くにアップしたかったのですが、アップしたい話があり過ぎて……。
ギルバートはなかなかに私の好みでした。また出演する機会は……あるかなぁ。今のところまだ未定です。
2015.9.24
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