二人の夢の中 2

 今日もアルベールは男に買われて行く。美少年を好む金持ちのおやじどもにだ。
「うっ……」
 アルベールは呻いた。男はそれをよがり声だと勘違いしてますます局所を弄る。
(くそっ。下手くそめ……)
 アルベールは心の中で毒づいた。
 アルベール・アラム。この館の夜の蝶だ。
 しかし、本当は、今はまだ大人になりきっていない幼いと言ってもいいぐらいの年齢の少年でもあるのだ。アルベールはまた涙をこぼした。
 リチャードがいるから、生きていける。アルベール・アラムは……アルバート・オブライエンは。
 リチャード・シンプソンはアルバートの友達だ。
 アルベールは、アルベール・アラムとしての自分が嫌いだった。大人の欲得ずくにされる自分が嫌いだった。早くリチャードに会って、本当の自分に戻りたかった。リチャード・シンプソンの親友である、アルバート・オブライエンに。
「あ、ああ……」
 下手な男の愛撫にも感じるのだ。自分は生まれながらの男娼だとアルベールは哀しく思った。

「アル……アル……?」
 リチャードのまだ声変わりを迎えていないソプラノの声がする。
「リチャード……?」
 ああ、また戻ってこれた。アルバートにはこっちが真実。現実逃避と言われても構わない。彼にとってはこっちが真正の現実だった。
「泣いてるの……?」
「ああ、うん」
「ニックを殺したから?」
「ニック……?」
 ――って、誰だっけ……?
 上手く頭を働かせてからそれがリチャードの両親を殺した強盗殺人の名前だった。
 確かにアルバートはニック・マクレガーを殺した。でも、後悔はしていない。何度その場所に立ち会っても同じことをしただろう。
 リチャードの為に……。
 リチャードが無事で良かった。一緒に遊べるから。
 だから、もうこの子の前では泣かない。
「ニックのことはもう忘れてたよ。泣いてたのは……何でもないんだ。遊びに行こう」
 アルバートは言った。
「うん!」
 リチャードも力一杯頷いた。
「ほら、俺、あの木の実また食べたいな。腹減ってるんだ」
 本当はアルバート――いや、アルベールは稼ぎ頭だと言うので旨い物を出してもらっている。他の子供達と差別する為にも。だから、アルベールは彼らから嫌われていた。
 でも、この世のどんなご馳走もアルベールの喉を通らない。アルベール――アルバートの故郷はここにあった。
 ロブスターやステーキより、甘い野性味のある木の実の方が美味しかった。
 アルバートは、夢中でかぶりつく。リチャードは優しい目で見ていた。
「美味しい?」
「とっても」
 リチャードは優しい少年だ。
 この少年を傷つけてはいけないのだとアルバートは思った。優しいだけでなく美しい。
(あの娼館に来る大人とはだいぶ違うな)
 本当に同じ人種かと思うくらい。
 娼館に来る大人達は心も身体も醜い男が多かった。それに――いくら見栄えが良くても、その男との交わりはアルベールに吐き気を催させた。
 ここではあの変な液体を飲まなくて済む――。
 リチャードはこんな世界があるなんて思いも寄らないだろう。彼は純粋だから。穢れを知らないから。
「アル、あのさ……」
 リチャードは言いにくそうにもじもじする。
「ん? なあに?」
「あのさ……アル、綺麗になったね」
 アルバートは顔からぼっと火を噴きそうになった。
 綺麗なのはリチャード、お前なのに――!
「お前、わかってんのか? 自分の言ってること」
「うん」
「でも、俺は――」
 男娼なんだぜ。
 そう言ったなら、「男娼って何?」との答えが返って来るだろう。普通の十歳前後の少年ならそれが当たり前なのだ。
 誤魔化さなければ。リチャードをアルベール・アラムの世界に引きずり込んではいけない。そうは思うものの――。
「リチャード……」
 アルバートはリチャードの肩を抱いてキスをした。
「んっ!」
 リチャードは驚いたようだった。
 ――跳ね飛ばされる。覚悟はしていた。
 だが、リチャードはうっとりと目を閉じた。
「――どうしたんだよ」
 羽根が触れたようなキスが終わった後、アルバートはぶっきらぼうに言った。
「嫌じゃないのかよ」
「うん。だって、キスって好きな人とするもんでしょ? 僕、家族とよくキスしてたし――アルバートのこと、好きだし」
 そう言ってリチャードが頬を染めた。
 可愛いじゃねぇか!
 可愛いじゃねぇか! 俺のリチャードは! 世界一可愛い! 本当に!
「あ――ありがとよ」
 そんなありきたりの礼しか言えない自分がもどかしい。でも、リチャードには伝わったようだった。
「僕の方こそ、ありがとう。僕達、友達だよね」
「あ……ああ」
 綺麗なリチャード。純粋なリチャード。まだ性を知らない子供のリチャード。
 そんなリチャードがふと憎くなることがある。けれど――アルバートは彼の両親に誓ったのだ。リチャードを守ってみせると。
 だが、リチャードもやがて大人になる。その時、自分のことをまだ覚えていてくれるだろうか。離れ離れになったりしないだろうか。
 俺は――いつまでリチャードの良き友でいられるだろうか。
 何となく不安に感じていた。
 今はまだいい。リチャードは、アルバートの殺人を許してくれた。許してくれた……はず。
「なぁ、リチャード。俺のこと、怖いって思わない?」
「え? 別に」
 リチャードも木の実を食べながら答えた。
「俺は殺人鬼なんだ」
「ニックを殺したことなら知ってるよ。でも、あれは仕方なかったんだよね。僕がニックに祈ってあげるから、アルは心配しなくていいよ。アルの分も祈ってあげるからね」
 嗚呼、お人好しのリチャード。俺の分まで祈らなくていい。俺は絶対に祈らないから。
 俺は毎日自分を殺す夢を見ている。育ち切っていない体を大人達に売って……。
「リチャード。本当の俺を知ったら、お前は俺を嫌いになるよ」
「そんなことないよ!」
 リチャードはむきになる。そんなところも可愛い。だが、まだ所詮子供だ。アルバートだって子供だ。例え、身体や考え方が大人になっていても。
「リチャード……お前、恋したことあるか?」
「うん……」
「あの、あの行為については……」
 アルバートが言い募ろうとしたその時だった。
 リスが目の前を横切って行った。
「あ、リスさんだ。待って!」
「あ、おい、リチャード……!」
 自分は何を言おうとしてたのだろう。アルバートは己の考えに恐れをなした。でも、これでよかったのだ。
 サンキュー、リスさん! リチャードの気を上手く逸らしてくれて。アルバートは心の中で呟く。――リスがこっちを向いて賢しげに香箱を作って首を傾げた。何か言いたそうに。
 でも、今は何も言ってくれなくても伝わる。アルバートはそう信じた。

後書き

やはり私のBLシーンは下手だ(笑)。
子供のアルバートはきっと、リチャードの無垢さに救われていたんだと思います。
しかし、私はアルバートよりリチャードがちょっと怖い……(笑)。
2020.08.20


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