おっとどっこい生きている番外編その6~とあるひとつのエンディング~

 卒業式――。
 私、秋野みどりは卒業式総代として、答辞を読むことになった。
 私は壇上で、自分で考えたスピーチ原稿を読んだ。
 いいことがあった。嫌なこともあった。いいことの方が多かったけど。
 仲間がいた。喧嘩もあった。仲直りもした。――小さな命の誕生もあった。
 そして、私は今、ここにいる。
 スピーチを終えた私を、皆は拍手で迎えてくれた。嬉しい。
 私は早稲田に行くことになった。将人と一緒の学校に行きたくてがんばったんだ。頼子も同じ大学だ。
 頼子とは、原稿の盗作騒ぎでケチがついたことがあったけど、今はもう仲良くしてる。昔のように。
 哲郎は東大の法学部に通っている。奈々花とは遠距離恋愛をしている。彼は立派な弁護士になるべく、頑張っている。しかし、本当はやっぱり牧師になりたいらしい。
 渡辺一家は実家に帰ることになった。純也くんのおじいさんである俊夫さんとお祖母さんのつねさんも、大歓迎してくれた、と雄也が言っていた。
 そうそう。由香里は、兄貴と結婚した後、我が家で幸せな生活を送っている。大学には行かないと言っていた。それとも、育児が一段落したら行くのかな。そんな話をちらっと聞いたけど。今は放送大学があるしね。
 由香里の息子(男の子なのだ)は秋野茂。名付け親は兄貴。とてもいい名前だと思う。
 純也くんのいいお友達になればいいな。純也くんはお兄さんだもんね
 ――そして、私は作家になる夢を抱えて新しい生活を迎える。
 私の両親も今は家にいるし、海堂さん夫妻も待っているしね。
 私は独り暮らしをする。頼子も独り暮らしをすると言っていた。近くみたいだから頻繁に訪ねて行ってあげようと思っている。
 そうだ、特筆すべきことがあったんだ。
 リョウが、立智大学に入学できたことだ。
 リョウは寮暮らしだから(バイトもすると言ってたけど)、フクとは別れなくてはいけない。
 でも大丈夫。真紀ちゃんが面倒見てくれる、と言ってたもんね。フクは可愛いし、性のいい猫だし、真紀ちゃんとは仲良しだし。
 今日子も美和も友子も、それぞれの道を行く。
「元気でね」
「また会おうね」
「秋野さん……」
 朝川友子は私のことを『秋野部長』から『秋野さん』と呼ぶようになった。
「これでお別れなんて寂しいです……」
「友子……」
 私は皆を抱き締めた。
「帰って来るから……休みには帰ってくるから……」
「うん……うん……」
 今日子も涙を絞っていた。
 本当に、また会えるといいね。
 奈々花が駆けてきた。
「みどりちゃーん」
「どうしたの? 奈々花」
「哲郎さんがね、一時帰郷するって」
「じゃあ、私の家でお祝いしましょうよ。皆、来るよね」
「わーい」
「どうせなら『輪舞』の方がいいんじゃない?」
「それもいいけど、浦芝さんに訊いてみないと」
 私がケータイを取り出そうとした時――。
「みどり」
 松下頼子であった。
「頼子。松下先生はなんか言ってた? 一人暮らしすることについて」
「『君の判断に任せる』って」
「でも、先生、本当は寂しいんじゃないかな」
 と、美和。
「そうかもね。けれど、私は親離れしたいし」
 頼子はあくまでドライだった。そういう風に見えただけかもしれないが。奈々花が言った。
「あのね。みどりん家か『輪舞』でパーティーやろうかって話が出ているの。ま、さよならパーティーかもしれないけどね」
「どうせ教会でも何かやるんでしょ?」
「でも、こういうことは何度やっても楽しいから」
「んー。そうね」
 頼子はぐっと色っぽくなった。彼氏でもできたのかしら。化粧しているせいかもしれない。
 私にも桐生将人という彼氏がいるけど、どうも私はあまり変わらないなぁ……。
「あ、そうだ。将人も呼んでいい?」
「勿論」
「だったら、やっぱり『輪舞』の方がいいよ」
「そうね」
 私は頷いた。
「雄也さんはまだ『輪舞』で働くのかなぁ」
「そんなに遠くないしね。何より、雄也さんは浦芝さんのお気に入りだから」
 浦芝さんはいい人だ。
「秋野くーん」
 河野先生が呼んでいる。
「松下先生が話があるって」
「ほんと? じゃね、皆」
「じゃーねー」
 皆は一斉に手を振った。
 私は職員室の扉をノックした。ここも懐かしい。もう、ここの扉を叩くこともなくなるんだな……。
 やだ。涙が滲んできた……。ぐっと堪えると、トントントン。ノックを三回。そしてガラッと扉を開いた。
「やあ」
 松下先生が出てきた。
「松下先生……」
 私は小さな声で呟いた。
「ここでは何だな……入ってくれ。コーヒー淹れてあげよう」
「お願いします」
 コーヒーメーカーがぽこぽこ言っている。松下先生がカップにコーヒーを注ぐと、いい匂いが辺りに漂う。コーヒーの香りは好きだ。
「うちの娘が迷惑かけて」
「いえいえ」
「ほら、あの盗作騒ぎも。うちの娘が、済まなかったね」
「――いえ、もう済んだことです」
 そう。もう済んだこと。大昔の話だ。それに、盗作されるほどの出来の小説が書けたということだもんね。考えてみると。
 えみりにポジティブな考え方を教えてもらったのかな。いつの間にか、私。
 私は、ずっ、とコーヒーを啜った。
「美味しいです」
「ありがとう。――これからも頼子を頼んだよ。あの子はああいう娘だから」
「はい」
 確かに頼子はちょっと危なっかしいところがあった。――でも成長した。がんばって勉強して早稲田にも入った。
 松下先生も頼子が可愛いんだな。そういうところは、白岡高校副校長先生ではなく、一人の親なのだな。
 私がコーヒーを飲み終えると、松下先生が言った。
「秋野。卒業おめでとう。君がいなくなると寂しいよ」
 トラブルメーカーがいなくなっておおかたの先生はほっとするんじゃないかな。でも、それは口には出さず、
「ありがとうございます」
 と言って頭を下げた。
「秋野も大人になったな……こうして見ると一人前のレディに見えるよ。頼子もなんだが」
「ふふ……」
 そうなんだよね。私は子供の頃、自分だけはずっと子供のまんまだと思っていた。でも違うんだ。皆成長するんだね。
 そして――白岡の巣を後にする私達は、今、それぞれの夢に向かって、羽ばたく。

後書き
これでおっとこシリーズは完結です。
おっとこには様々な思い出があります。他でも散々言ったけど。このシリーズはこれで完結です。
本当は去年書いた話なのです。当時は季節外れだったから発表しなかったけど、今お披露目できて嬉しいです。
今月は卒業式シーズンですね。
2016.3.4


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