アルバートと柊龍一郎

「アルバート・オブライエン?」
「そう! 今からこのニューヨークへ来るの。楽しみ~」
 ジェシカがきゃっきゃっとはしゃいでいる。
 アルバート・オブライエン。このアメリカで尤も美男子の一人と言われている。けれど、龍一郎はそういうことに関しては全く興味がない。ジェシカに聞かされても、
「ふーん」
 としか、思わなかった。
 では何故、龍一郎がリチャード・シンプソンやジェシカ・イーストウッド、そしてリチャードの父方のいとこ、アイリーンと一緒にいるかといえば――。
「アルバートさんはリチャードさんの幼馴染なの」
 と、アイリーンは言っていた。
 龍一郎は実はアイリーンに密かに恋をしている。それに、リチャードにもいろいろ世話してもらっている。ジェシカはともかく、この二人の友達ならば、会ってみて損はないだろうと龍一郎も計算していた。
「けれどね、彼、気難しいから気をつけてね」
「うん?」
 アイリーンの言葉に龍一郎は生返事をした。
「日本人もめちゃ嫌いだったよねー。彼」
 ざまぁ見ろ、とでも言うかのように、ジェシカが付け足す。
「……そうなのよね」
 アイリーンも深い溜息を吐く。
「あ、出て来たわ」
 タラップから優雅に現れたのは――
 美しい。その一言ですら表せない。毛皮に銀髪がよく映える。銀色の髪はきちんとセットしてある。そして――ここからだとよく見えないが、テレビに映っていた彼は青い瞳でもある。アルビノ、と評判でもある。
 リチャードの方を見るとリチャードは浮かない顔をしている。どうしたというのだろう。彼は旧友に会えて嬉しいはずなのに。龍一郎は疑問に思ったのでこう訊いた。
「どうしたんですか? リチャードさん。あなたはまるで――」
「おうおう。ディック。親の仇でも見る目しちゃってさぁ」
「ケヴィンさん!」
「よぉ!」
 ケヴィン・アトゥングルはまた髪型を変えたらしい。おしゃれには人一倍気を遣う、陽気な黒人である。リチャードのことをディックと呼ぶ。
「ケヴィン……」
「まぁ、お前にとっては確かに仇かもな」
「――何かあったんですか?」
 龍一郎が質問する。
「スパイ容疑をかけられた時、否認したら拷問されたんだよ、ディックは」
「話には聞いてます」
「その時の首謀者があいつ」
 ケヴィンがまだ遠いアルバートを指差した。
「そうだったんですか」
 龍一郎が目を丸くした。
「アルバートとは仲が良い時もあった」
 リチャードが重い口を開いた。
「私が志願兵だった時、奴も同じ軍にいた」
「アルバートは元は一兵卒だったんだよ」
 ケヴィンが横から口を挟む。リチャードが頷いた。
「まぁ、私がスパイ嫌疑をかけられた時に奴は俺を見放したがな。こればっかりはどうしようもない。恨んではいない。だが、忘れない」
「きっちり恨んでんじゃねーか。まぁ、皆からは憧れられてたみたいだな。あの男」
「ああ」
「俺は徴兵じゃなく、好んで軍隊に入る奴らの気が知れなかったけどな。ディック。お前も含めて」
「お前に軍隊は似合わない」
「――どういう意味だそりゃ」
 ケヴィンは口をへの字に曲げた。
「きゃっ、こっち来るわ!」
 ジェシカがアイリーンの服の袖を握った。
「どうしよう、ねぇ、どうしよう、アイリーン」
「リチャードさんはあまり彼のこと好きじゃないみたいだね」と、龍一郎。
「拷問されたからよね。でも、その前はすごく仲が良かったって聞くし――だから、誤解なのよ、きっと。誤解が解けたらまた仲直りできるわ」
 龍一郎もジェシカの意見には一理あると思う。
「よぉ、リチャード」
「――やぁ」
 カメラマンのフラッシュが煩い。龍一郎は目がくらんだ。
「しけたメンバーといるじゃねぇか」
「放っておいてくれ」
 ――アルバートはフラッシュを浴びながらどこか寂しそうだった。
 気のせいかな。
 龍一郎は思った。目もだんだん慣れて来た。
「あの……」
「そこにいるのはジャップか。お前さんに用はねぇ」
 ジャップ……アルバート・オブライエンが反日家で有名だった。
「帰れ、ジャップ。リメンバー、パールハーバー」
 真珠湾攻撃のことで責められても……。
「アルバートさん、龍一郎は牧師志望なのよ。軍人じゃないわ」
「へぇ。日本人の牧師か。胡散くせぇ」
 そう言ってアルバートはぽん、と龍一郎の頭を軽くはたいた。
 馬鹿にされてる……。でも、我慢だ、我慢だ龍一郎――。龍一郎は自分に言い聞かせた。
 牧師になる夢を馬鹿にされるのは耐え難かったけれど――。
「あら、日本人が牧師になってどこが悪いの?」
「あっちじゃ俄かクリスチャンが増えてるって話だぜ」
「龍一郎は俄かクリスチャンじゃないわ。それに――」
「彼の父親もクリスチャンだ」
 リチャードがアイリーンの言葉を遮った。
 龍一郎は真正面からアルバートの顔を見つめた。青い目がいたずらっぽく光った。
「ふん……ジャップのくせにいい面構えをしてやがる。おい、サル、名前は?」
「――柊龍一郎です」
「リュウイチロウか。ふん。それよりリチャード。今夜飲みに行かないか?」
「断る」
「嫌われたもんだな。俺も」
 まぁ、当然か――とでもいう風にアルバートは肩を竦める。
「取材陣に囲まれながら酒盛りするのはどうも好かん」
 リチャードが言う。アルバートがきょとんとしている。
「そうか? 人生目立ってなんぼじゃねぇか」
「お前が目立ちたがりなのは最近まで知らなかった。でも今は――いつもマスコミを侍らせているじゃないか」
「俺は派手なのが好きでね」
「幼馴染でも、よくわからないところがあるな。お互いに」
「そうだな。お互いに」
 アルバートはにやりと笑った。美形なだけに迫力がある。俳優や芸能人でも通用しそうだ。尤も、アルバートは軍人というより一種の芸能人かもしれないが――。
「アイリーンの嬢ちゃん。リチャードのこと、しっかり面倒見てやってくれよ。――おっ、可愛い娘がいるじゃねぇか」
「あ、あたし?」
「そう。レディ。名前を教えてくださるという名誉をこの俺にくださいませんか?」
 アルバートが冗談めかしてへり下る。しかし、龍一郎に対する時とは何という態度の差だろう。
「ジェシカよ。ジェシカ・イーストウッド」
「ああ。見たことあると思ったら、あの大会社の社長の愛娘か。親父さんに宜しく言っておいてくれ」
「はい……」
 ジェシカはぽーっとなっていた。アルバートはこれで用は済んだとばかり、靴を鳴らしながら取材陣を従えて遠ざかって行く。彼には確かに人を惹きつける凄み――というかオーラがあった。

後書き
アルバートと柊龍一郎の出会いです。
しかし、日本人をサル呼ばわりは失礼よねぇ。アルったら。
2020.11.24

BACK/HOME