アリス・シャロンの憂鬱

 あたし――アリス・シャロンには悩みがある。
「アリスー、一緒に帰ろー」
「うん。わかった。ちょっと待ってて」
「またリョウ誘うのね。わかったわ」
「――あいつが来ないうちに声をかけねば!」
「アンタって本当、リョウが好きね」
 友人のエイミーが呆れ顔をしていた。でも、めげないもん。あの女もめげないだろうし。
「アーサー!」
 茶色のストレート。輝く瞳。
 ――ああ、やっぱり来たわ。
 ジェニー・カーティス。私の恋敵。
 それに、リョウはアーサーなんて呼ばれたくはないと思うわ。リョウと呼ばれたがってるのよ。彼のお母さんがお父さんの名前をもじってつけた名だから。
 ちなみにアーサーは彼のお父さんがつけた名なの。
 彼の本名はアーサー・リョウ・柊。日系人なのにすごくモテるの。
「ジェニー。リョウはアンタなんかお呼びじゃないわよ」
「あら。アリス。いたの」
「いたのじゃないわよ。リョウはアンタなんかには渡さないんだからね」
「何よ。このチビ!」
「アンタなんてペチャパイのくせに!」
「ちょっとアリス……」
 エイミーが腕を掴む。
「あん、何よ、エイミー」
「アンタらのケンカね……とても不毛なもののように思うわ」
 あたしもそう思うけど、向こうがリョウに目をつけたんだから仕方ない。リョウはあたしのものよ!
 ――まぁ、あたしも女としてはそこそこイケると思う訳。カレンさんには敵わないかもしれないけど。
「どうしたの? アリス。黙っちゃって。もう降参?」
「――まさか。カレンさんのことを考えていたのよ」
「カレン?」
「そうよ。今絶賛活躍中のカレン・ボールドウィンよ。どう? アンタでも勝てないわよ」
「カレンなんておばんじゃん」
「あたし達とそう年齢は違わないはずよ」
 あたしはカレンの友達なんですからね。迷わずカレンの肩持っちゃう。いいでしょ?
 それに、カレンの想い人は多分リョウじゃない。
 カレンはリチャードさんが好きなんだからね。これは女の勘よ。きっと。
 だから――リョウのことカレンからも、勿論ジェニーからも奪ってやるの!
「あー、廊下で転んじゃった。てて……」
「アーサー、保健室行った方がいいぜ」
「大丈夫だって。このぐらいの怪我……」
「アーサー!」
「リョウ!」
 あたしとジェニーの声が重なる。リョウが青褪めた。
「――と、思ったけどやっぱり保健室行くか……」
「アーサー、あたしと帰るのよね」
「あら、あたしとよ。エイミーも一緒よ」
「お前ら、道順同じなんだから仲良く帰れよ」
「リョウだって一緒じゃない」
「俺、保健室で休んでから帰るわ」
「アーサー、私も行くわ」
「あたしも行く」
「大したことねぇんだからお前らもう帰れよ」
「嫌よ!」
 あたしとジェニー、今度は綺麗にハモった。
「アーサーが保健室から帰って来るまで、待ってるからね」
「あたしだって」
「アリス。アンタは帰っていいわよ」
「いやーよ。一秒でも長くリョウといたいもん」
「私だってアーサーといたいわよ」
 ――こんな恋敵がいるんですもの。ああ、憂鬱。乙女心は複雑だわ……。雨も降ってるし。ああ、憂鬱……。

 リョウ――あたしの恋の相手。でも、リョウはあたしのこと相手にしてくんないの。ジェニーのことも相手にしてないけど。ざまぁ見ろだわ。
 でも、ジェニーだって悪い子じゃない。口は悪いけど。
 リョウがいなかったら、私達いい友達になってたと思うの。まぁ、今でもケンカ友達だけど。
 でもね……リョウには重大な欠点があるの。
 そう。リョウはマザコンなの。それもかなり重症な。だから、カレンに惚れたんだわ。彼のお母さん、アイリーンさんに似てるから。
 マザコンだってあたしは平気。ジェニーも多分、引いてないから平気。あたし、リョウと結婚して将来はリョウみたいな息子を産むの。
 カレンが相手じゃ勝ち目ないと思うけど、カレンはリチャードさんに夢中。だから、この隙にリョウのハートを盗もうとしたんだけど……甘かったわ、ちっ。
 まさかジェニーがリョウに惚れるなんて。ま、前々から好き好き言ってたけど。私とおんなじで。
 リョウの外見て、中性的って言うの? 一言で言って美人なの。――彼は時々女性に間違われる。それが死ぬ程嫌みたい。
 かと言ってお母さんに似てる訳でもないし。リョウは自分の顔のことをどう考えているのかしら。
 まぁ、そんなことをつらつらと考えながら、あたしは――ううん、あたしとジェニーは廊下で待ってた訳。
「ねぇ、アリス」
「何よ」
 あたしは怒気を孕んだ声でジェニーに言う。
「カレン・ボールドウィンとはどこで知り合った訳? 『かつてのスターに花束を』では泣いたけど」
 へぇー……結構繊細な感性してるじゃん。
「んー、リチャード・シンプソンさんを調べてたのが無名時代の彼女だったんだけど」
「それがおかしいのよ。――リチャード・シンプソンとも知り合いなんでしょ?」
「そうよ」
 あたしは胸を張った。
「あー。羨ましいわ。代わりたいわ」
「アンタ、あたしのことそんな風に思ってた訳?」
「そうよ、悪い? ――アンタが羨ましかったわ。アーサーのことがなければ、私達いい友達になってたと思うけど」
 そっかー。なぁんだ。ジェニーもそう考えてた訳。
「あたしだってジェニーのさらさらの髪が羨ましい」
「私はアンタの豊かなバストがいいなあと思った」
「それにさ……ジェニースタイルいいし」
「アリスには有名人の知り合いが大勢いるじゃない」
 いつの間にか――。
 ジェニーとあたしは褒め合いっこをするようになった。
「おい、お前ら」
 リョウが保健室の扉を開けた。
「なぁに? アーサー」
 ジェニーがにっこり笑う。そう言えば、こいつはライバルだったんだっけ。
「一緒に帰りましょ。リョウ、ジェニー」
 あたしも思わずにっこり。
「ふうん。俺がいない間に何かあったようだな」
「そりゃあもう」
「私達、仲直りしたのよね。勿論、アーサーは渡さないけど」と、ジェニー。
 そうね。一時停戦としますか。外はすっかり雨が上がっていた。あたしの憂鬱も少しは晴れたかも?
 その後、あたし達――エイミーも一緒――は楽しくはしゃぎながら帰ったのよね。

後書き
女の子ってこういうところあるよね?
アリスとジェニーは友達になれるかな。
2020.10.02

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