アリス・シャロンの友達

「はーい、アリス」
「はーい、ジェニー」
「今、あなたに会いたいって思ってたとこなの」
「奇遇ねぇ。あたしもよ」
 そう言ってあたし達は笑い合う。
「アンタらねぇ……まぁいいんだけど」
 エイミーが呆れているようだ。ずれた重い眼鏡を直している。
「アンタら、いつの間にそんなに仲良くなったの? この間まで犬猿の仲だったのに」
 エイミーの疑問も尤もだ。
 でも、あのケンカと――いうか、褒め合いだな、あれは――から、お互いのことがわかって、今じゃすっかり親友。
 同じ人を好きになったんだもん。好みは同じに決まってるわ!
 リョウが教室に入って来た。
「アーサー!」
「リョウ!」
 あたし達は同時に叫んだ。この人が私達の想い人、アーサー・リョウ・柊。因みにアーサー、と叫んだのがジェニーで、リョウ、と呼んだのが私。
「ダメダメ、ジェニー。彼は『リョウ』って呼ばれたがっているんだから」
「あっ、そっか」
 ジェニーがてへっと舌を出した。可愛い。
 リョウもジェニーのこと可愛いと思ったかな。そしたら妬けちゃうな。
 きゃあきゃあと言い合っているあたし達を、リョウは訝し気に見ている。
「何か……仲良くなったみたいだな。お前ら」
「そう。あたし達友達になったのよねー」
「ねー」
 女と言うのはわからん……リョウはそう呟いた。
「ま、私もあの子達のことはわからないわ」
 エイミーがリョウを慰めようとしたのか、彼の肩を叩いてそんなことを言った。
「あー。エイミーずるい」
「アーサーに触るのは私達の特権なのに」
「誰が決めたんだ。そんなこと」
 リョウはどっと疲れたようだった。
 あら、あたし達、何か変なこと言ったかしらねぇ。
「リョウ、疲れてるみたい」
「誰のせいだと思ってるんだ誰の」
「じゃあ、私達が元気にさせてあげる」
 ジェニーが言った。
「いらねぇよ」
「ま、頑張って。私は委員会の仕事があるから」
「逃げる気か……エイミー」
 リョウの声にはいつもの覇気がない。
「そうよ。その子達のことは宜しくね。じゃ」
「くそぉ……」
 リョウってば、エイミーに去られるのがそんなに嫌なの?」
「リョウはエイミーが好きなの?」
 あたしが言うと、リョウががくっと前方につんのめった。――なぁに? どうしたっての? リョウ。
「さっさと帰りましょ? アーサー。アリス」
「待って、ジェニー。リョウの様子が変なの」
「お前らのせいだー!」
 リョウの大声は学校中に轟いた。
「あ、調子出て来た。良かったわね。リョウ」
「アーサー、行きましょ。じゃあね。皆」
「おう、じゃあな」
「アーサー、君の愛しのママンに宜しくな」
「しかし、何であんなマザコン男にアリスもジェニーも……」
 あたしは皆まで聞かず、ぴしゃんと扉を閉めた。
 リョウのお母さん――アイリーンさんみたいな素敵なお母様にあたしもなりたいじゃない。リョウがマザコンになるのもよっくわかるし。
 大体、男はみんなマザコンなのよ。そうよね、ジェニー。
「教会連れてってよ。リョウ」
「お、おう……」
 あ、リョウ、復活した。あたし達に愛しのママンを自慢したかったのよね。あたしもジェニーもアイリーンさんによく会っているけれども。
 んもう、リョウったら。やっぱり母親が一番なのね。でも、いつかはあたしがあなたの一番になるんだから。
「親父もいるけどいいか?」
「うん。柊牧師にはお世話になってるから」
 それに、未来のお義父様だしね。
 うちの両親も、リョウだったら歓迎してくれるんじゃないかしら。そりゃ、あたしがリョウを追って勝手にニューヨークに出て行った時は怒られたけど。
 ちょっと過保護の気があるけど、うちの両親も優しいわよ。ここ、ロサンゼルスもいいとこだしね。
 ニューヨークでは環境の変化にちょっと参ったことがあるから。リチャードさんもいるし、ニューヨークで会った人、いい人達ばかりだったけど。
「どうした? アリス。静かになって。――お前って時々静かになるよな」
「そうかな……。ちょっとニューヨークでのこと思い出しちゃって」
「へぇー……」
 そう言ってリョウもちょっと黙ってしまった。そして、こう切り出した。
「リチャードさんに会いたい?」
「会いたいわよぉ」
「あ、そう言えば、『かつてのスターに花束を』の感想が言いたいわ。私。あのフェリア・ライラがやった女の子の役名、私と同じ名前なんだもん」
「カレンに言ったら喜ぶわ」
「うーん。複雑だなぁ。カレン・ボールドウィンは私達の恋敵だし」
「そうよねぇ。ねぇ、ジェニー。リョウが誰を選んでも恨みっこなしよね」
「頑張るわよ。私」
「あたしだって負けないんだから」
 そして、あたし達は手を握る。ライバルとして、友達として。スポ根じゃないけど、恋愛だって戦いよ!
「ま、何だか知らないけど、仲良くなって良かったな。お前ら」
 リョウがうんうん、と頷く。
「あら、あなたのおかげよ。リョウ」
「アーサーがいたからアリスのいいところにも気付けたのよね。互いにわかり合えたしね」
 ジェニーの言葉に私はにっこり笑う。私もその通りだと思ったから。
 リョウに対しては感謝しかないわ!
 ――その、例えマザコンでも。
「親父も喜ぶと思う。可愛い娘好きだから」
「あら、柊牧師にそんなこと言っていいの?」
「いいんだよ。俺の親父なんだから」
 それに、男として、可愛い女の子が好きなのは自然なことよね。ギルバートさんだって、死ぬ間際までカレンさん追っかけてたし。
 あー、ニューヨークにまた行ってみたいなー。勿論、両親の許可を得てからだけど。
 カレンさん、元気かなぁ。カレンさんとはニューヨークで出会ったから、ニューヨークと聞くと彼女のことを思い出す。カレンさんもライバルだけど、あの人、どこか憎めないんだよね。
 やっぱりリョウは女を見る目があるわ。あたしを選んでくれたら嬉しいんだけど。
 あたし達はリョウの家にやって来た。聖ファウンテン・チャーチ。とても大きな教会だ。
「ただいまー」
「あら、リョウ。アリス。それにジェニー」
「こんにちはー」
 あたし達は教会に入って行った。柊牧師は庭をいじっている。あたし達を見ると、破顔一笑した。
「ようこそ。君達。リョウ、おもてなししてあげなさい」
 リョウは、はいはい、と返事しながらも、嫌がっている様子はなさそうだった。やっぱりリョウは、お父さんも大事に思っているのよね。それでこそリョウだわ。

後書き
アリスは、リョウがマザコンでも構わない様子。
それにしても、エイミーも苦労するね……。
2020.10.31

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