タイムパトロール真雪

「風見のおっちゃん、邪魔するぜ」
 そう言ったのは、鈴村真雪、21歳、男。『Long time』の店主風見とは、ある事件がきっかけで知り合いである。大の仲良しと言ってもいい。
「真雪か……」
「おう、どうしたんだよ。元気ないじゃねぇか」
 真雪の女の子のような綺麗な顔から男言葉が出てくるのは、そういう趣味の人にとってはなかなかに味わい深いものであった。
「遥が……また余計なことを……」
「あいつ、また事件に巻き込まれたのか? 厄介ごと背負う性分だな」
「真雪……どうかあいつを救ってやってくれ」
「何で俺なんだよ!」
「君にはその資質がある。そうだ。名刺を渡そう」
 風見はポケットから一枚の名刺を取り出して真雪に渡した。
「――タイムパトロール日本支部、風見健太郎……?」
「極秘でな」
 風見は人差し指を立ててしぃーっと言った。
「んで? 俺どうすればいいの?」
「遥を助けてやって欲しい。私にとっては友の忘れ形見だからな」
「ふうん……タイムパトロールか。面白そうじゃん」
 真雪の目が輝いた。
 タイムパトロールの存在を知ったのは、確か藤子不二雄原作の『TPぼん』からであった。
 俺もエジプトのクレオパトラに会ったり、弥生時代の卑弥呼に会ったりできるというわけか。
 なんだかわくわくしてきた。それにしても――。
「風見さん。アンタ、本当に只者ではないな」
「言わんでくれ。わしが望んでいるのは静かな暮らしだ。竜月もとんだ遺産を残してくれたものだよ」
 ここでいう遺産とは、大澤遥のことである。
「実はな――タイムパトロールの本部がお前さんの素質に目を付けたんじゃ」
「俺に?」
 弟の聡が好きそうな話だなぁと思っていた。いや、聡はファンタジーは書いてるようだが、本質的には現実主義者だ。将来は作家になると言っているが、確かに彼だったらなるかもしれない。
 真雪は冒険活劇が大好きだった。いつか自分も冒険家になりたいと思っていたのだが、こんな形で叶うなんて。
「よっしゃ。じいさん。アンタの頼み、引き受けた」
「宜しく頼むよ」
 風見は来い来いと真雪を呼んだ。
「長官が待ってる。この鏡が入口だ。わしと一緒に来い」
 真雪は風見の後をついて行った。
「うわぁ……」
 辺りは近未来小説に出てくる器具類がいっぱい置いてあった。建物の中身自体もどこか無機質である。
「クロ」
「何だい? 風見さん」
「クロ!」
 真雪が叫んだ。
「もしかして、アンタが長官とか?」
「ははは、違うよ」
 黒猫のクロは笑って否定した。
「僕はあくまで風見さんの飼い猫。長官はあっち」
 それは長い黒髪をひっつめにした女性だった。真雪の彼女の白鳥なぎさに似てなくもない。
「は……初めまして」
 いくら真雪でも、初対面の美女にタメ口をきくのはためらわれた。
「ふふ、いいのよ。楽にして。友達に対するような接し方でいいからね」
「はぁ……」
「ありがとう風見さん」
「いやいや、どもども」
「鈴村真雪を連れて来てありがとう」
「あの……アンタ、名前何て言うの? 長官。何て呼べばいいの? 長官でいいの?」
 真雪の口調が砕けた。
「ええ。『長官』て呼んでくれる? タイムパトロール日本支部の長官であることは事実だから」
「日本支部……日本にしか行けないとか?」
「そんなことないわよ。ただ基地が日本にあるから、日本支部と呼ばれているだけ」
 このことが他の人間に知れ渡ったら大スクープになるな、と真雪は思った。真雪は、眉唾物でも信じやすい。大部分は嘘でも、1%は真実だと信じていたいのだ。
 それに、不思議は風見の店、『Long time』で経験済みだ。
「俺は何をすればいい?」
「健太郎から聞いてない? 大澤遥の面倒を見るのよ。あの男は存在自体が爆弾みたいなものだからね」
「じゃあ、どうしてさっさと片付けないの?」
「あなたは彼の存在が消えることを望んでいるの?」
「いえ……」
「――大澤遥はキーマンだわ。私達にとってもね」
「他にも彼を欲しがっているヤツなんているの?」
 大澤遥は友達だ。
「俺は――あいつに命を助けてもらったことがある。借りは返さないと」
「じゃあ、大澤遥の手助けをしてくれる?」
「ラジャ!」
 真雪は敬礼した。
「うふふ。面白い子」
「これでも21だ。アンタはいくつだ」
「女性に歳を訊くものじゃなくってよ。――あなたより遥かに年上よ」
「遥は今どこにいるんだ?」
「わからないわ」
「わからない?」
「時々とんでもないところから出てくるから。ガンマ団の団員になっていたこともあったわね」
「ガンマ団て、それ、マンガの――」
「彼はフィクションとノンフィクションを行ったり来たりできるのよ。でも、フィクションとノンフィクションの境目は本当にあるのかしらね」
「わ……わからない」
「近頃、昔じゃあり得ない髪の色の人間が増えてきたけど、その人達は染めているでしょう? でも、そのうち青やピンクの地毛の人間が生まれてくるとも限らないわよ」
「え……?」
「フィクションはノンフィクションを先取りすることができると私は考えているの。逆もまた然りよ」
「はぁ……」
 真雪は一見気のなさそうな返事をしたが、長官と名乗る女の話は面白いと思った。聡の話より面白いかもしれない。――しかし、そんな場合ではなかった。
「遥を探すのが俺の今回の仕事?」
「――その通りよ。器械類は健太郎から扱い方を教えてもらって」
「はい」
「遥は転々としているからね。彼を見守り、時には手助けをするのがあなたの仕事。遥は自分の力を過小評価している。世界の鍵を握っているかもしれないのに、ね」
 そんなえらいヤツだったのか。大澤遥って。
 遠い過去に働いた無礼の数々を思い出し、真雪は冷汗が出てきた。
 でも、そんな立場でも遥は遥だ。真雪を見たら昔のように人懐こい笑顔を浮かべるに違いない。
「ま、大澤遥は悪い人間じゃないから、安心してもいいんだけどね。ついでにピンチに立たされた人間を助けたり、時の迷路に迷い込んだりした人を助けてちょうだい。というか、そっちが本来の仕事なんだけどね。あなたはどっちもできるかしら?」
「遥は大物らしいけど、何でタイムパトロールにスカウトしないんだよ」
「私にもよくはわからないのよね。でも、一所に留まることを知らない男なのは確かだわ。あなたのようにね」
「でも、俺は、タイムパトロールという組織の為に働くんでしょう?」
「ええ。あなたもなかなか得難い資質を持っているわ。私達に協力してくれるかしら」
「――なぎさが納得すれば」
 怖いもの知らずの真雪が怖いもの。それは怒った時の白鳥なぎさであった。長官は笑いながら、いいわよ、と請け負った。
 そして、髪をほどき――なぎさは私よ、と言った。

後書き
タイムパトロールの真雪くん。なかなかに好きなキャラです。
しかし、なぎさちゃんは人を食った女だなぁ(笑)。
2019.10.23


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