Dear 淳一

 何だろう。
 あの慕わしい魂の色は。
 あ、見えて来た。
 鼻筋の通った茶色の髪の英国紳士みたいな美形。
 あの人は――。

「誰かいるのかい?」
 見た目に似合った柔らかいテノールの声。
「お……俺がわかるの?」
「うん。透けてるけど――もしかして幽霊?」
「驚かないの?」
「起こったことに関しては動じない主義なんだ」
 俺はこの男がますます気に入った。
「俺、大澤遥。アンタは?」
「鈴村淳一」
 鈴村淳一。いい名だ。それにしても鈴村……どこかで聞いた名字だが……。
 あーっ! 真雪が確か『鈴村真雪』って言ってたっけ!
「アンタ……真雪の関係者?」
「真雪は僕の弟だよ。今部屋で寝てる」
「アンタ幾つ?」
「十七」
「俺は……多分二十代」
「多分って何だい?」
 淳一はくすくす笑う。でも、真雪に兄さんがいたなんて初めて知った。
「もしかして聡っていう弟もいる?」
「いるよ」
 淳一は温和な笑みを見せた。俺は好きな笑顔だな、と思っていた。
 もうすぐあの世界の俺が起きるな。そんな感じが俺を捉えた。
「もう消えるよ。俺。また会ってくれる?」
「君が来てくれるならね」

 ――俺は目が覚めた。
 真雪が傍でパソコンをカタカタ打っている。あのスピードには敵わないなぁ。ブラインドタッチっていうの? 俺にはできない。
「あ、遥。目覚めたんだ」
 真雪がおはよう、と言った。
「ああ、うん……おはよう。あのさ、真雪……お前に兄さんなんていたっけ?」
「いねぇよ。どうして?」
 別段、真雪は怒っている訳ではない。元々口が悪いのだ。タイムパトロールのくせに。
「そんな夢を見たんだ」
「へぇー……そいつは奇妙な夢だな。悪いけど俺には聡しか兄弟はいねぇよ」
「そか。変なこと訊いて悪かった」
「なぁに、変なことには慣れっこさ。仕事が仕事だからな」
 真雪が笑った。淳一の笑顔に似てると思った。
「んで? 俺の兄貴っていうのは何て名前なんだ?」
「淳一。鈴村淳一」
「ふぅん……何か聞いたことあるけど……もしかして平行世界の兄貴かな」
 また会うことがあったら宜しく言っといてくれ。そう言って真雪はまた作業に戻った。
 俺はぱさぱさのサンドイッチを食べた。

 あ、あの人だ。
 もしかして二度と会えないかと思ったが。
「淳一!」
「やぁ、遥」
 淳一は爽やかな笑顔を浮かべて手を振った。
「弟達には君のことは内緒にしてるよ」
「何だ。言っても良かったのに」
「僕だけの秘密というのも欲しかったしね」
 淳一はインテリで頭がいいんじゃないかと思った。だって――見るからに賢そうだもん。
「俺なぁ、ちょっとしんどい仕事してるんだよ。今」
「ふぅん。それで?」
 俺が言った言葉に淳一が言葉を返す。
「忙しいな、しんどいな、と思っていたら、ここに来た。淳一に会えた」
「僕も遥に会えて良かった」
 淳一が笑うと子供子供した顔になる。俺より年下なんだよな。しっかりしてそうに見えても。
 俺の世界には淳一はいない。それが少々味気ない。
 そりゃ、真雪も聡もいいヤツだし、がんばってるとは思うけどさ……。
 淳一は親愛なる者だ。
 昨日会ったばかりでそれは厚かましいかな、と思うが、俺はどうも淳一が初めて会ったように思えない。
 これがデジャヴ、というヤツかな。
「また来てくれる? ――僕には友達はいないんだ」
 と、淳一。
 まさか……淳一のようにハンサムで人当たりのいい人間に友人がいないなんて――。
「友達いないなんて、またそんなご冗談を……」
「本当だよ。僕には兄弟以外心を許せる人物がいない」
 そういうことを言うということは俺には心を開いたということかな?
「じゃあ、俺、淳一の友達になっていいか?」
「うん。そのつもりでこういうことをばらしたんだからね」
「でも……人好きはすると思うよ。淳一は」
「ありがとう」
 淳一はまた笑った。
「僕、君と会うのが初めてのような気がしない」
 ――何だって?
「俺も――俺もだよ、淳一! これがデジャヴというヤツなんだと思ったよ!」
「僕の幻影かな、と思ったんだけど、君はどこかの世界で生きているの?」
「ああ!」
 真雪と聡と一緒に――。
 淳一はいないけど。でも、夢の中ではこうやって会うことができる。
「僕には遥はとても綺麗に見えるよ」
「まぁたまた。淳一だってかっこいいよ」
「透けているからかな。僕には君が妖精みたいに見える」
 そう言われて俺はふわふわと鏡に近付いてみる。
 ――俺は鏡に映ってなかった。俺、いつの間に吸血鬼になったのかな。吸血鬼は鏡に映んないもんな。
「俺の姿、見えない」
「じゃあ、これも僕の秘密だね」
 淳一は嬉しそうだ。幽霊も鏡に映んないんだろうか。何か――残念。
 淳一は俺に向かって手を差し出した。俺の手が淳一の手のところで透けてしまった。
 今の俺は淳一と握手もできないのか。でも――。
「うん。――感じるよ。君の存在」
 相手のその言葉で俺はぶわっと泣きそうになった。何とか押しとどめたけれど。
 夢の中だけでの友達。でも、大切な新しい俺の友達――淳一。

後書き
拙作『Satoru ten years old』に出て来る鈴村淳一の物語です。
淳一さん、好きだったんですよねぇ。
遥クンと仲良くなれて良かったね。
2019.9.27


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