阿部達の初詣

 オレは手持無沙汰だった。はっきり言って……。
 ヒマだ。
 オレはレコ大も紅白も観ない。そのことをうっかり言ったら。
「オマエ、日本人の年末の楽しみ知らないな! 日本人なら紅白観るよ!」
 うるせー、水谷。紅白が国民的番組だったのは何十年前もの話だかんな。時代は多様化してるんだからな。
 確かに正月の楽しみはねぇけどな。紅白の時間待ちながら今日のスケジュール立ててる連中と違って。
 でも、やっぱりヒマだ……こうしてごろごろしてるのもなんだし、筋トレでもしようかな。
 すると――。
「タカー。三橋君から電話が来てるわよー」
 お袋の声でオレはがばっと飛び起きた。
 年始の挨拶……にしてはまだ時間が早い。何だろう。野球部で何かあったかな?
「――も、もしもし……」
 ちょっと高めの声――三橋!
「あー、何の用だ? 三橋」
 そんなことをつい訊いてしまう。
「あ、あの、ちょっと、早いけど、明けましておめでとうございます」
「おう、おめでと」
「それで、今年も、よろ、よろよろよろ……」
「あー、無理しなくいいから」
 電話の向こうで三橋が息を吸ったのがわかった。
 三橋の受話器の近くには、三橋の唇がある。オレはドキンと胸が高鳴った。
「オマエ、携帯にかければ良かったんじゃないの?」
「でも、阿部君の、家族にも、挨拶、したかったし」
 変なところで律儀だな。
「お袋にも挨拶したのか?」
「うん」
「おーい、兄貴。誰から?」
「三橋から」
「えー、代わって代わって」
「わかったよ。そら」
 オレは弟のシュンに受話器を渡した。
「もしもし、三橋さん、オレ、シュンです。いつも兄がお世話になってます……」
「おい、さっさと切り上げろ」
 シュンが振り向いて舌を出した。――この野郎。
「え? 父は出かけてますけど。あ、兄貴に……? わかりました」
 シュンがしょんぼりとする。ざまぁ見ろだ。
「おう。三橋、何だ?」
「あの……初詣、いっしょに、いかない?」
「おー! 行く行く! 絶対行く!」
 三橋と初詣か! 幸先がいい!
「――チームメイトのみんなで」
 ああ、そうか。そんなオチだと思ってたよ。
「モモカンや、しのーかも、来るって」
 そっか。女子達は振袖とか着てくんのかな。目の保養になるかもな。ま、三橋の可愛さには敵わないだろうけどな。どんな服着たって、三橋は可愛い。
「わかった、で、待ち合わせ場所は?」
 三橋は有名な神社の名前を言った。
「時間は?」
「えと――水谷君が、ホテルで、紅白、観るって、いうから……大体、11時、50分、ぐらい?」
 三橋のどもった声も最近はあまり気にならない。前はイライラしてばっかだったけどな。
「あ、あの……阿部君、怒ってる?」
「あ?」
「声が怖い」
 あー、そうだろうな。二人きりで初詣に行きたかったよ。本当は。まぁ、思いつかなかったオレもアホだけどな。
「怒ってねぇよ」
 オレは無理に笑おうとする。声だけで笑うのって難しいな……。
「良かった。オレ、阿部君、怒らせてばかり、だから……」
「水谷にはオマエがかけたのかよ」
「ううん。花井君が。でもね、阿部君には、オレから、かけた方が、いいって……」
 なんだ。わかってんじゃねぇか。花井。気配りの良さは天下一品だな。さすが主将。
「電話サンキュー。じゃあな」
 オレはもう立ち直っていた。三橋達と一緒に新年を祝えることが素直に嬉しくなっている。我ながらお手軽だ。
 オレが受話器を置くと早速シュンが訊いてきた。
「三橋さん、何だって?」
「神社に初詣だって。オレの仲間達と一緒に」
「オレも行ってもいい?」
 ここで断ったら、オレがお袋に怒られる。えい、仕方ない。
「わぁったよ。いいけど大人しくしてんだぞ」
「はーい。田島さんとも会えるよね」
「多分な」
 シュンは田島のことを尊敬している。
「なぁに? シュン、タカ」
「あ、お母さん。オレ達、三橋さんの友達と一緒に初詣行くんだよ」
「初詣? じゃ、着物着なくちゃね」
「オレはこの格好でいいよぉ」
 と、シュンが言う。
「だーめ。お母さんが着せてあげるから、ね。タカは自分で着られるでしょ? アンタは自分でやりなさい」
「はいはい」
 オレの着物は濃紺のやつで、確か親父のお古だったと思う。噺家に見えねぇかな。
 あんまりサイズがぴったり合ったので、
「タカ、アンタ、若い頃のお父さんにそっくりだわぁ」
 と、うっとりした声で言った。
 ん、待てよ。てことは、オレは将来、腹が出た中年オヤジになるってことか? それだけは避けたいなぁ……。三橋と釣り合わなくなるぜ。
 ――まぁ、三橋とは恋人でも何でもねぇけど。残念なことに。
 約束の時間。神社には既にみんなが集まって来ていた。
「おう、阿部」
 田島が手を振る。
「あれ? シュンも来たんだ」
「明けましておめでとうございます。田島さん」
「おう。あけおめ!」
 田島は新年の挨拶を簡略化した。
「田島。ちゃんと『明けましておめでとう』と言え」
「だってめんどいんだもん」
 花井の注意に田島は笑った。
「初めまして、シュンくん」
「おう。花井達は初めて会ったんだよな。弟のシュンだ。宜しく」
「皆さん、兄がいつもお世話になってます。どうかこれからも宜しくお願いします」
 確か三橋にも同じこと言ってたような気がするぞ、シュン。
「えー? 可愛い。礼儀正しい。これ、ほんとに阿部の弟?」
 水谷め……。
「宜しく」
「おめでとう」
「今年もいい年だったな」
 オレ達は挨拶を交わし合う。
 浜田も来ている。浜田も仲間には違いない。彼らのサポートには随分助けられた。
「あー、いたいた。みんなー」
 モモカンとしのーかが振袖着てる。やっぱ女子の着物は眼福になるな。本命は三橋だけど、オレは別に女嫌いというわけではない。いいものはいい。
「あ、阿部君……」
「よぉ、三橋」
「阿部君……着物、着たんだ、ね。似合ってる、よ」
「どうも」
 オレには三橋の方がキマって見える。茶色っぽい髪の地毛はふさふさだし。俺なんかごわごわだよ。 
 鐘が鳴っている。百八つの煩悩を消す、除夜の鐘。
 ゴォ~ン――
 この寒さ。この鐘の音。身が引き締まる思いだな。鼻で息をすると冬特有の匂いがした。
「阿部君、今年も、宜しく、お願い、します」
 三橋がたどたどしく言葉を紡ぐ。今年はもう少しで終わるけどな。それに、三橋はさっき電話で新年の挨拶してくれたし。
「いよいよ新年だな」
「――うん」
「なんか願い事すっか」
「阿部君は?」
「オレ? そりゃあ勿論、甲子園で優勝ができますように」
「あ、阿部君。オレも同じこと考えてた」
「そっか。似てんだな。オレ達」
 オレはさぞかし優しい顔をしていたことだろう。
「一緒にがんばろうぜ」
 オレと三橋はぐーたっちした。――最後の鐘が鳴った。

 ――明けましておめでとう。今年もよろしく。

後書き
初詣ネタが降ってきたので書きました。
今を逃すと、季節外れになる!と思って急遽差し替えました。まぁ、今ももう時期外れなんだけど。
私は紅白好きですよ、ええ。紅白観て年越ししました。
2013.1.5

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