今日こそはって思ってた

 今日は終業式。明日から冬休みだ。
 オレの心は何だかもやもやしている。
 オレは……三橋が来るのをずっと待ってた。廊下の真ん中で。
 告白するんだ。今日こそは。
 グラウンドではオレの片思いの人――三橋が女子マネのしのーかと話していた。
 三橋……楽しそうだな。てか、ラブラブじゃん。
 そうだよな……しのーかは小柄で可愛いし、笑顔もいいもんな。そりゃ、三橋も好きになるわな。
 わかったよ、三橋……オレ、オマエのことは諦めるよ。
 なんか、こんな歌なかったっけ。アニメだったかで。
 おじゃる丸シスターズ? だっけ? 初恋は実らない?
 そうだな――初恋って実らねぇよな。
 なんか、今のオレにぴったりの歌詞なんですけど。シチュエーションも似てるし。
 最初はAKBとか馬鹿にしてたけど、よく聴いてみるといい歌が多い。
 だからと言ってアイドルのオタクになる予定はないけど。
 ちきしょう! こうなったらオレの恋人は野球だけだぜ!
 甲子園一直線だ! ちくしょう!
 野球の試合でだけは、オレは三橋と恋人だかんな。なんせオレ達はバッテリーだから。試合中にはあいつのこと、しのーかにも渡さないぜ!
 でも、試合以外でなら誰と付き合おうと三橋の勝手だよな。
 見たくないけど……オレはそこから目が離せなかった。
 しのーか……三橋をよろしく頼む。
 オレは拝んで――何とか立ち去ろうとした。
「あっれー。阿部じゃん」
 げっ、田島……。
 何でよりによってこいつが……!
 田島が窓からグラウンドを覗いた。
「あれあれ」
 田島も三橋としのーかの姿を見たんだろうな……。あいつら、どっからどう見ても恋人同士だよ。
 だが……オレを見た瞬間、田島はにやりと笑った。
 何だ? 何か言いたそうだな。
「阿部、ちょっと来い……」
「うわっ! 何だよ!」
 田島は無理矢理俺を引っ張って行く。田島はちびのくせに力が強い。オレはなすがままにされていた。
 田島はオレをトイレに連れ込んだ。
「はなし、ひとーつ」
 田島が声を上げた。
「オマエ、あの二人見てどう思った?」
「は?」
「三橋としのーかだよ」
「え? だから……ラブラブだな、と……」
「ふむふむ、それで?」
 田島がまたにやり。くそっ、なんだってんだ。馬鹿にされてるみたいだぞ。
「はなし、ふたーつ。あいつら、恋人じゃねぇぞ」
「え? でもあんなに仲いいのに……」
「ただの友達だって仲良くするぞ」
 田島の言う通りだ。
 オレは……三橋に確かめるのが怖くて、しのーかの方が好きだってわかるのが怖くて、現実から逃げていたんだ。
 じゃあ、三橋は誰を……? 前は初恋はまだだって言ってたからな。案外いないのかもわからん。
「はなし、みーっつ。三橋には今、好きな人がいまーす」
 田島が白い歯を見せた。
 オレは体中を耳にしたが、田島はなかなか話そうとしない。
 くそっ。このそばかすちび。ちょっと……じゃなくてかなりだけど、野球が上手いからといって! 野生の勘が働くからといって!
 ま、そばかすちびは泉もだけどな。泉も結構毒舌家だ。
 西浦野球部のそばかすちびにはなんだってこう生意気なヤツが揃っているんだ。
「はなし、よーっつ。当の相手はそれに気付いていません」
「だから、誰だよ、それ」
 オレは田島を絞め殺してやりたくなった。だが、田島はどこか憎めないヤツなので、オレも行動に移せない。水谷の首は簡単に締め上げられるけどな。
「訊きたい?」
 田島がいたずらっぽく喋る。
「何だと……?」
 訊きたいに決まってるじゃねーか! そんなの。ていうか、本当に知ってんのか?
「はなし、いつーつ。オレに乱暴したら三橋に言っちゃいまーす」
 この野郎……!
 だから、オレはこいつに関わりたくないんだ。
 こいつに翻弄される花井の気持ちが少しわかったような気がした。
「わはは、阿部、怖い顔。なぁ、本当に訊きたい?」
 こいつに頭下げるのは悔しいけど、悔しいけど……。
「教えてくれ、田島……!」
 オレは頭を垂れた。
 オレには三橋の心はわからない。……だから……嘘でもいいから教えてくれ。三橋の意中の相手を……。いや、嘘じゃ駄目なんだけどな。
「焦らすのもこの辺にしとくか」
 田島は満面の笑みを浮かべた。
「あのな……三橋の好きなヤツは……」
 田島はオレの耳にこそっと囁いた。

 おまえだよ。

「……は?」
 つい間の抜けた声が口から飛び出してしまっていた。
 三橋が、オレのことを、好き……?
 三橋の言葉遣いが移っちまった。要するに、三橋はオレのことが好き、と田島は言いたかったんだな。
 いやいや。でも、オレ、男だし。三橋としのーかはあんなに親しいのに。
「嘘だろ……」
 そうだ。嘘に違いない。
「なんでぇ? 阿部にウソついて何になるの?」
 それもそうだ。
「でも、オレ男だし……」
 さっき心の中で思ったことを口にした。
「なんだよ、阿部ってそんなこと気にするんだぁ」
「気にするって、普通」
「オレ、花井のこと好きだけど、気にしたことねぇな」
「何? オマエ、花井のコト好きなのかよ」
 全然知らなかった……。
「でも、花井にはモモカンがいるからなぁ……でも、花井が男だからって気にしたことねぇや」
「オマエ、男前だな」
「え? だって、阿部だって三橋が男だからっていう理由で諦めたくはないだろ?」
 まぁな。今日だって、三橋に告白しようと決めていたんだし。
 これからどうなるかわからないけど。この恋心は大切にしたい。たとえ、失恋に終わったとしても。
 失恋を乗り越えたら、人は大きくなるって大人はいうもんな。
 それってただの強がりじゃないかと思ったけど、オレは……。
 って、何考えてんだ! 三橋はオレが好きなんだって、田島が教えてくれたじゃねぇか!
 まぁ、田島がオレをからかっている可能性もなきにしもあらずだがな。その時は……絶対シメてやる!
「ついでだからしのーかが好きなの誰だか教えてやろうか?」
 へいへい。ま、どうでもいいこったけどな。
 田島は黙ってオレを指差した。
 嘘だろ……?!
 しのーかもオレのことを好きなのかよ!
「しのーかにはオレが教えたこと言うなよ。野球部の空気が壊れること気にしてんだからな。じゃあな。モテる男はつらいね、阿部」
 田島はオレを置き去りにしてトイレを出て行った。
 三橋がオレのことを好きだったと知ることができたのは嬉しいけど、しのーかまで……。そりゃ、しのーかは可愛いし、働き者だし、性格いいし、男子に人気あるけどな……。
 ああ、誰か嘘だと言ってくれ……。しのーかはオレには勿体なさ過ぎるぜ……。
 なんたってオレの本命は三橋だもんな。なんか複雑だけど、恋の駆け引きに下手な情けは無用だぜ。

「帰ったぁ?!」
 オレは気の弱い沖についつい大声で怒鳴ってしまった。沖はこくこくと頷いた。三橋は帰ってしまったらしい。
 ちきしょう。今日こそはって思ってたのに! 

後書き
はなし、ひとーつ。田島は阿部が不憫に思って言ったのでしょう。
はなし、ふたーつ。ついでだからということでしのーかのことも言ったのでしょう。
はなし、みーっつ。田島は水谷のことは忘れていたのでしょう(笑)。
原作の田島は口は固い方でしょう。多分、うちの田島と違ってこんなこと言いやしないでしょう! 空気読む子ですから。うちの田島は、はっきり言って口が軽い!(笑)
ちなみにタイトルの『今日こそはって思ってた』は『初恋は実らない』のワンフレーズです。
2013.1.4

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