野球も恋も

 水谷は、ある女の子を見ている。
 マネージャーのしのーかだ。彼女は気付いていないらしく、てきぱきと働いている。
 それを見ていた田島が、少し口をへの字にしていた。
 が、やがて、
「おーい、水谷ー」
 と、自分のチームメイトに話しかけた。
「田島」
「おう。時間あるか」
「ん、まぁ……今、一息いれてたところだし」
「じゃ、ちょっと話があるから来てくれよ」
「……いいけど」
 水谷は田島について行った。
「ここならいいかな」
「何か話でもあんの?」
「なぁ、水谷……おまえしのーかのこと好きだろ」
「あ……」
 しばしの沈黙の後、水谷は笑った。
「なぁんだ。わかってたの。田島にはバレてると思ってたんだ。オレ」
「本気なのか?」
「ああ」
 水谷の目に真剣な光がこもった。
「本気だよ」
「だったら、阿部とライバルだな」
「え?! 阿部もしのーかのこと好きなの?」
「いや、阿部は何とも思っちゃいない。しのーかが阿部のこと好きなんだよ」
「え……」
 田島の台詞に水谷は固まった。田島は更に畳みかける。
「知らなかったのかよ、オマエ。あんなにじっとしのーかを見ていながら」
「まぁ、そりゃ、しのーか、阿部のこと見ることが多いなとは思ってたけど。でも、阿部って恋より野球だろ?」
「そうだよ。だから、今のうちにしのーかモノにしちゃえよ――お?」
「どした? 田島」
「――いや、何でもねぇ」
「ふぅん……でもオレ、今はダメ」
「なして」
「オレがしのーかに釣り合う男になんなきゃ。阿部に負けないくらいの」
「そっか。――百年ぐらいかかるかもな」
「オマエ……そりゃオレに失礼だと思うよ」
「わりぃわりぃ」
「それに、もっと野球上手くなんなきゃ……」
「じゃ、こうしよう。無事レギュラーに残ったら、オマエしのーかに告白しろ」
「何でそうなんの?」
「しのーかのこと、阿部に取られてもいいのかよ。ま、阿部の本命は三橋だけどさ」
 田島が言うと、水谷は露骨に嫌な顔をした。
「――冗談だって」
 とも言い切れないムードがあの二人にはあるのだが。
 ――しかし。阿部と三橋。彼らは西浦のバッテリーだ。仲はいいに越したことはない。
「わかった。でも、他の部員にはオレの気持ち、秘密だかんな」
「おう。オレしか気付いてないと思うよ。しのーかでさえ、察していないようだもんな……」
「田島……オマエやっぱりすげぇよ」
「だって、おもしれぇもん。誰が誰を好きかとかさ」
「オマエ、野球の他にも色恋のことにも興味を持ってるんだもんな。それでいて打つのも得意、捕手もこなすってんだから、オレちょっと羨ましいよ」
「うん。オレ、野球も恋も好きだもん」
「だろうなー」
「ま、今は相手がいねぇけどな」
 田島がきししと笑った。
「がんばれよ、水谷。オレ、応援すっから」
「――サンキュ」
 水谷は照れくさそうに頭を掻いた。
「それは、いろいろあっかもしんねぇけど、オレ達青春まっただ中なんだぜぇ。野球も恋も楽しまねぇと」
 田島の台詞に水谷は頷いた。
「そうだな――もう練習に戻りたいんだけど、いいだろ? 田島」
「おう」
 水谷は田島に手を振りながら立ち去った。
 水谷はああ見えてがんばり屋だからな、と田島は思った。それは、野球の技術はまだまだだけど。水谷、早く豆がつぶれなくなればいいな、と思う。
 それから……。
「おい。出てきていいぞ。三橋」
 田島が呼ぶと、三橋が草むらから出て来た。
「あ、あの……聞くつもりじゃなかったんだけど……」
「うん。三橋は盗み聞きするタイプじゃねぇもんな。どうせここで休んでて出るに出られなくなったんだろ?」
「い、いつから……」
「いつからわかってたかって? 話している最中にオマエの姿がちらっと見えたんだよ」
「あ、その、ごめん……」
「謝るなら水谷に謝れよ―」
「うん。オレ、謝って、くる」
「いや、本気じゃないからって……ちょっと、三橋!」
 田島が止めるのも聞かず、三橋は走り出していた。

「水谷君」
「あ、三橋」
「あ、あの……さっきの、水谷君と、田島君との、話、聞いて、しまいました、ごめん、なさい……」
「あちゃー。聞かれてたか――ま、三橋ならいいか。んで? 何?」
「……オレも、ちょっと、聞いて、もらいたい、ことが、あるんだ……聞いて、くれるんなら、あそこの、ベンチで、話す」
 三橋はグラウンドから少々離れたベンチを指差した。
 仕方ない。練習は三橋と喋ってからにするか、と水谷は思った。長くかからなければいいだろう。
「うん」
 水谷は三橋と並んでベンチに座る。他の部員達の立てる物音や叫ぶ声が聴こえたりする。でも、三橋との話は大声を出さなければ向こうには伝わらないだろう。
「オレさ――しのーかにいつか告白しようと思ってるんだ。その前にまず、レギュラーに残んなきゃだけど」
「うん……」
「なぁ、三橋。オマエ知ってたか? しのーかが阿部のこと好きだってこと」
「し……知らなかった……」
「そうだよなー。オマエも恋より野球だもんなぁ」
「でも、水谷くんは……」
「うん。オレも田島に言われるまで知らなかった。しのーかの想い人が阿部ってことは。でも阿部には負けたくねぇなぁ。悔しいモン」
「そう、だね……」
 三橋は俯いてしまった。がっかりしているようにも見える。
「……元気なくなったな。三橋。ごめん。オレばかり喋ってて」
「う、ううん。い、いいよ」
「――あ。もしかして三橋もしのーかが好きだとか?」
「お、オレが好きなのは……違う人だから……しのーかは……かわいいと、思うけど……」
「へぇ、いっちょまえに。誰だよぅ」
「あ、あのね……。やっぱり、恥ずかしい、な。耳、貸してくれる?」
 三橋は水谷の耳に口を寄せて囁く。
「マジかよ……」
 水谷の血の気がざぁっと引いた。
「言わないでね」
「言えねぇよ! おっかなくて!」
 水谷は思った。まさか、三橋が阿部を好きだったとは……。三橋って意外と怖い者知らずだな。
「だから――オレも、水谷君と、しのーか、応援する……」
「そっか。ありがとよ。三橋。心強い味方ができたぜ。――じゃ、行こうか」
 三橋と水谷はベンチから腰を上げると、チームメイトの方へ駆けて行く。水谷はグラウンドに向かいながら決心した。
 がんばるよ、オレ――いや、オレ達。野球も恋も。

後書き
世間じゃ阿部ハピバなのに、阿部が出て来ない阿部誕小説って……。
ちなみに前半が田島視点。後半が水谷視点です。
2012.12.11

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