憧れの宮下先輩

 宮下先輩……。
 俺はその人のことを考えるとつい溜息をつきたくなってしまう。
「榛名はウブだからな」
 オレは別段ウブなわけじゃない。初体験はとっくに済ませたし。――男とだけど。
 オレ、榛名元希は武蔵野第一に通っている高校二年生。
 武蔵野で……宮下先輩と出会った。
 女子マネの宮下先輩は可愛い。カグヤンはうんざりしているようだけど、オレは自分に都合のいいように考えられる彼女のそんな部分も好きだ。
 でも、大河先輩と付き合っていたなんて……。
 まぁ、そのことが明らかになる前からやけに仲いいなって思ってたけど。
 ふっ。オレの恋は儚く散ったぜ。
 オレにはカグヤン――加具山先輩がいるけどな。
 けれど、女子に対して恋をしたのは宮下先輩が初めてだった。
 ざあっ、と風に梢が揺れる。オレの髪が靡く。
 ああ、宮下先輩、今日も走ってんな……。
 何となくそっちの方に目が行く。
 大河先輩と宮下先輩、どこまで行ってんだろうな。
 二人とも真面目だから……でも、あのイチャつきぶりからしてキスは済ませてるんだろうけど。
 告白したのは大河先輩からで、宮下先輩は喜んで受け入れたとか。――他の先輩の話では。
 何故だ。
 オレは大河先輩に顔だって実力だって負けてない。はっきり言って女子にはモテる。人気者なのだ。
 それなのに何故大河先輩なんだ。
 確かにオレにはカグヤンがいるけど……オレだって健全な男子だ。ピュアマインドで恋をしてどこが悪い。
 カグヤンには何か言われるかもしれないけど……オレはカグヤンに頼み込むように付き合ってもらってるんだもんな。カグヤンはほっとするかもしれない。
 それにしても、大河先輩と宮下先輩のこと、誰も何も言わないんかね。先輩達は平気の平左だし。それどころか祝福ムードだし。
 場所柄をわきまえずイチャつくのは勘弁して欲しい。オレも人のことは言えないんだけどさ。
 ふぅー……。
 筋トレでもやって来ようかな。
 西浦のピッチャー……確か三橋とか言ったな。そいつもオレの筋肉のこと気に入ったみたいだし。
 あいつがあの阿部と組んでるのかと思うとちょっと複雑だけどな。がりがりだし。
 阿部……多分、オレの初恋の相手。そしてオレの初体験の相手。
 エッチしたのは興味本位からだったけど、オレ、やっぱり阿部のこと好きだったんだろうな。
 もちろん、可愛い女の子にもときめいたりすることあったけど……。
 オレ、どっちもいけんのかな。バイなのかな。
 宮下先輩はショートカットの髪がキュートな上に胸だって大きい。
 勿体ないよなー。
 いや、大河先輩がいい人だってことはわかってるんだけどね。
 胸の辺りがね、きゅうっとしてしまうんだ。
 切ない。
 やっぱり納得してねぇのかな。オレ。女相手だと急にウブになるのかな。
 そういやオレ、女と寝たことない。カグヤンがいるからってこともあるけど。
 宮下先輩はどうやら憧れの存在として終わりそうだな。
 いいんだ。宮下先輩。大河先輩と幸せになってくれ。
 それが、オレの精一杯の祝福。
 秋丸なんかも平気そうだけど。あいつは諦めが良過ぎるからな。もうとっくに慣れてるんだろうよ、きっと。
 大河先輩と宮下先輩のラブラブぶりを見ていると今でも心が痛むけどな。
「よぉ。どうした」
「わっ」
 オレはびっくりした。見るとカグヤンだった。
「涼音見てんのか?」
 宮下先輩を下の名前で呼ぶことすら、オレにはできない。だから、そういうところはカグヤン、すげぇなって思う。
「ん、まぁな」
「――榛名。悪いことは言わん。涼音のことは諦めろ」
「わぁってますよ」
「オマエだって、女の方がいいんだろうけど……」
「何言ってんすか。オレはカグヤン一筋ですよ」
「嘘つけ。目が恋する者の目だったぞ」
「諦めてますから……それに……オレじゃ宮下先輩の心をどうすることもできない」
「ほうほう。わかってんじゃねぇか」
 カグヤンはにやにや。
「もちろん、カグヤンにだってどうすることもできないすよ」
「はなから望んでねぇよ」
「でも、宮下先輩って、いい女っすよね」
「そうかぁ?」
 カグヤンは思いっきり疑問形で言った。眉がちょっと寄ってこの人も可愛いなって思う。そして続けた。
「ま、ちょっとミメはいいな、と思うけど」
「へぇー」
「何だよ、榛名」
「やっぱり宮下先輩のこと、キレイな人だなって思うでしょ」
「まぁ、確かに。でも、性格がなぁ……」
「何で? 性格悪くないっしょ」
「まぁなぁ……大河とも仲良くしてるみたいだし。――人の恋人どうこう言ったって始まらんだろ。さ、練習しようぜ」
「あ、ちょっと待って」
 オレはカグヤンのこと、ぎゅううってハグした。
「何だよ……オレは涼音じゃねぇぞ」
「わかってますって。宮下先輩は宮下先輩。カグヤンはカグヤン」
「ちょっと待て! オマエ自分の力わかってんのか? 絞め殺されそうだぞ、オレ」
「あ……すんません」
 オレはぱっとカグヤンから離れた。
「こんなところを女子に見られたら大変なことになるぞ」
「オレは構わないっすよカグヤン大好きだし」
 オレは堂々と宣言した。
「オレが構うの! ファンの女に殺されるぞ、オレ。オマエは硬派で通っているんだからな」
「そうなの?」
 それは自分でも知らなかった。
「オレから言わせれば、『なに誤解してるんだ!』ってとこだけどな。ストイックに練習する姿がかっこいいんだとさ。それに――」
 おまえは武蔵野第一の野球部の恩人だし――カグヤンはそう続けた。
 オレは再び抱きつきたかったが我慢した。
 カグヤンの言いたいこともわかる。カグヤンに抱きつくところを宮下先輩に見られたら、オレだってバツが悪いもんな。
「榛名くーん」
 愛くるしい外見をした宮下先輩。可愛い声をした宮下先輩。オレ達野球部員のことをいつも考えてくれている、宮下先輩。
 憧れの――宮下先輩。
 ちょっと脈ありかなって誤解したこともあるけれど――彼女には大河先輩がいる。
 くそうっ! 後二年早く生まれていれば!
 でも、オレにはカグヤンが……カグヤンとは長い付き合いになるだろう。
 宮下先輩とは……どうだろうか。
 どうやら甘酸っぱい青春の一ページで終りそうな気がする。
 それでもいい。オレもちゃんと女子に恋できるってこと、わかったから。
「はーい。宮下先輩」
 オレは先輩に手を振る。宮下先輩がにこっと笑った。
 大河先輩はともかく、宮下先輩には幸せになって欲しいな――なんて、柄でもないけど切に祈る。

後書き
ハルカグ前提の榛名初恋物語(女では)。ハルアベも混じっていたり(笑)。
うちの榛名はバイという設定だったり(笑)。
2012.10.23

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