ウィルとジョ―イの新婚旅行2

「へぇー、この人が阿部と三橋が世話になったっていう変な外国人二人組かー」
「おい、泉ー。変な外国人ってなんだよー。ま、否定はしねぇけどな」
「タカヤ……」
 ジョ―イはオレの靴をヒールの踵でぐりぐりした。
「いってぇー!!」
「ははっ。今の台詞、僕にも意味がわかっちゃった……」
「ウィルは弁護士だし、アタシは通訳だしぃ? だから日本語ある程度わかるのよね」
「すみませんでした!」
 泉孝介は頭を下げた。
 口は悪いが根は悪いヤツじゃないんだよな。泉って……。
「ほら……オレ、思ったこと口に出すタイプだからさ」
「でも、優しいヤツなんす。オレ達なんてずっと泉に世話になったんで」
「阿部に褒められるとなんか落ち着かねぇな」
「悪かったな」
 そんな台詞の応酬をしながらも、泉はいつもオレ達の傍にいてくれた。
 悪友って、言うのかな……。
 でも、改めて、ありがとう。泉。
「いずみくん、とても、いい、ひと、だよ」
「レンの日本語、とてもわかりやすいね」
 ジョ―イが嗤った。
「ふ……ふひっ」 
 嫌味じゃねぇか? 今の……。三橋も気付けよ。
「んでさー、もっと他にいるんじゃねぇの。お礼言うヤツ」
「う……」
「避けて通れない道だよなー、な、阿部」
 泉がちろーりと意地悪い視線を投げかけて来る。
「?」
 三橋がクエスチョンマークを飛ばしている。いいよな、三橋は。鈍くて。
 もちろん、これはオレの事情だから知らないのも仕方ないと言えば仕方ないけど。
「榛名さん、近くにいるんだよーぉ」
「お……おう」
 ドナドナで荷馬車に乗せられてひかれていく子牛の気持ちがわかる気がした。
「まぁ、だから阿部」
 泉がぽんっと肩を叩いて、形相を変えた。
「逃げんなよ」

 元から逃げるつもりなどなかった。
 元希さんには本当にお世話になった。
 金のことといい、ジョ―イのことといい……。
 元希さんがいなきゃ、オレ、ここで三橋とも会えず燻っていたまんまだった。そんなのは嫌だけどさ……しがらみに負けて、オレの行きたいところと違うところに行かせられるところだったんだ……。
 オレ、元希さんの悪口ばかり言ってたけどな。
 不思議だな。あいつのことがわかったら、わだかまりなんか溶けていっちゃったよ。
 球場は満員だった。
 これこれ。この感じ、久しぶりー!
 球場独特の熱気っていうの? くせになりそうだぜっ! いや、もうくせになってるか?
「この、感覚、ひさ、ひさしぶり、だね」
「おう、三橋もそう思うか」
「うん!」
「日本の球場、狭いね」
 早速ジョ―イが文句を言う。、
「んだよー。悪かったなあ。オレに言わせりゃあっちがバカでか過ぎんの!」
「だって、ベ―スボールはアメリカが本場よぉ」
 オレ達に挟まれたウィルが済まなさそうに黙っていて……でも、訂正する気はなさそうだった。
 ふうん。元希さん、ちゃんとやってるじゃん。
 プロに入るとこんなに変わるもんかね。
「榛名さんはプロの洗礼浴びているからねー」
 オレの心を読んだように泉が言った。
「試合が終わったら待ち合わせ場所に行くから。遅くなったらケータイもあるし」
「ちょっと待てよ。待ち合わせ場所ってどこだよ」
「球場の出口。あ、榛名さん出るよ」
 元希さんがマウンドに立つ。
 熱狂に包まれる球場の中で、オレ達は水底にいるようにスローモーションになる。
 元希さんの球が遅い。変だな。元希さんは速球派で知られているのに。
 ばしぃっとボールがキャッチャーミットに入った。
「ストラーイック!」
 審判が叫ぶとやんやの大合唱。
「なかなかやるじゃない」
 ジョ―イがピュー♪と口笛を吹く。 
「はるな、さん、すごい」
 三橋も興奮を隠せない。
 ――まぁ、その後のことは省くが、要するにオレ達は元希さんの試合を観戦して、泉の言った通りのところで元希さんを待っている。
「ふぅー。真夏の夜って空気いいわぁ」
「シェイクスピアに『真夏の夜の夢』というのがあったね」
「そうそう! それよ! ウィル! アタシ達にぴったりの言葉じゃないの! アタシもなんだかんだと夢中になっちゃったしさぁ」
 ジョ―イが嬉しそうにはしゃぐ。日本の球場狭いって言ったの誰だよ、ったく。
 あ、オレ、根に持つタイプじゃないかんな。ほんと、絶対。
 元希さんのことだってもう許してるし……。
「あ、榛名さーん」
「よっ」
「あ、あの……」
 言葉が出て来ない。――元希さんの様子も変だ。
 あの元希さんが――真っ赤になってる。
 どうやらジョ―イを見ているようだ。
 元希さんがジョ―イに近づいてがしっと手を握った。そして次の言葉を放った。
「結婚してください!」
 …………?!
 これにはオレも展開についていけない。
「アンタみたいに綺麗な女性、初めて見ました!」
「え、でも……」
 ジョ―イも戸惑っているようだった。窮地のオレ達を救ったのは泉だった。
「その人、もう結婚しているからだめだぞー」
「え?」
「しかも、傍目も羨むほど、超ラブラブってわけだ! あ、このウィルって男が夫ね。二人は何と新婚なんだぜ!」
 立ち直ったオレは元希さんに駄目押しをした。
「な……何故だ……」
 元希さんはよろりとよろめいた。
「高校時代だってそうだった……宮下先輩……オレが大河先輩に劣るとも思えないのに……」
 元希さんは何だか忌まわしい過去を反芻しているようだった。
 ふん! オレと三橋だって好き合っていたのに元鞘に納まるのに山あり谷ありだったんだぜ! いくらお世話になったとはいえ、元希さんに、んな簡単に幸せになられてたまっかよ!
 あ、そうだ。伝えなきゃいけないことがあったんだ。
「元希さん」
「んだよ」
 目付きが鋭い。こりゃ、よっぽど今のショックだったんだな。まー、オレも別の意味でショックだったが。
「ありがとうございます。オレ、元希さん達に背中押されなければ、きっと一生三橋に会えないままでした。本当に……本当に……」
 思い出が、後から後から記憶の底から甦って来る。いさかい、すれ違い……けれど、三橋と一緒でいなきゃ生きて行かれないという、真摯な想い。
 仲間がいなきゃ、ここまで来れなかった……。
 涙が――後から後から溢れてくる。オレは元希さん達の前で顔を拭った。
「いいってことよ、だって――オレ達はダチだろ?」
「元希さん……」
「は、はるなさん、ほんとに、ありがとうございますっ!」
「三橋……!」
「はるな、さんにも、いっぱい、いっぱい、お世話になってます! 阿部君からも、全部、聞きました……」
「バカ野郎! オレの方こそ、すっげぇすっげぇ感謝なんだよっ!」
 元希さんは、オレと三橋をかき抱いた。まるで円陣を組むように。
「ざまぁねぇな……こんなみっともないとこ、ファンに見られたらどうすんだよ!」
 三橋も元希さんも泣いている。
「いい子達ね……男の友情って感じ?」
「そうだな、ジョ―イ」
 ウィルやジョ―イ、そして泉への対面も忘れて、いい年した男三人はいつまでも泣き崩れていた。

後書き
Maririnさんのオリジナルキャラクター、ウィルやジョ―イがまたしても登場。
榛名がジョ―イにプロポーズをするというネタ、使わせてもらいましたよ、maririnさん。
ありがとうございます!
2012.10.4

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