或る冬の日の物語

「花井ー、今日おまえんち寄ってっていいか?」
 田島だ。
「いいけど、なんで?」
「あー。たまには……英語教えてもらおうかな、と」
「本音を言え」
「おまえんとこの双子姉妹に会いたい」
 動機はそれか。
「おまえの妹達可愛いもんなー。花井に似ずに。一人ちょうだい」
「ダメ」
「ちぇー。ケチー」
「おまえにやったら何されるかわからん」
「信用ねぇなぁ、オレ」
「普段の話聞いてるからな」
「あれは、オレぐらいの年なら、スケベなの当たり前だろ?」
 確かにそうかもしれんがな。
「わかった。じゃあ、英語の教科書持ってこい。ちゃんと勉強に専念するんだぞ!」
 オレは田島にきっちり釘を刺した。
「ふぁ~い」

 オレは、田島と一緒に家に帰った。
 今日は部活は休みだ。テストが近いからな。
 それにしても、冷える。本格的な冬に入ったんだ。
「ただいま」
「おかえり、梓」
 お袋が出てきた。
「お邪魔します」
「あら、田島君。久しぶりね」
 二人はぺこりと頭を下げ合った。
「もういいだろ? 二階に行くぞ」
「待って待って。はるかとあすかの顔を見てから――」
「今日は、勉強をしに来たんだよな」
「……ふぁ~い」
 田島には気の毒かもしれない。しかし、あんなんでも、オレの妹達だ。こいつの毒牙にかけるわけにはいかない。

 部屋は寒かった。
 言ってくれたら部屋あっためてあげたのに、と言うお袋の言葉を聞き流し、オレは石油ストーブに点火した。
 箪笥からどてらを取り出して着込む。
「なんか質問あるか?」
「あ、そうそう。keptって何?」
「keepの過去形、または過去分詞だ」
「なるほど」
 意外だ。こいつがまともな質問するなんて。
 オレはまた、てっきり、「オナニーって、どんなスペル書くの?」なんて訊かれるのかと思ったが。
「ねぇねぇ、オナニーってどんなスペル書くの?」
 感心したそばからこれだ。オレの予想通りの疑問発しやがって!
「知るかぁぁぁぁぁっ!」
「わぁっ、花井が怒った!」
 田島は、ほんの少しの間、オレのことを『梓』と呼んでいたことがあったが、結局また『花井』に戻った。そのことについて、オレはかなりほっとしている。
「真面目にやれ! そんなスペル、テストにはぜーったい出てこないぞ!」
「だって知りたかったんだもーん」
「わかった。少しの間なら、はるかとあすかに会わせてやる。だから、集中しろ」
「えっ?! ほんと?!」
 田島の目が爛々と光った。

 三十分が経過した。
「今度は比較級のおさらいやるぞ。busyの比較級は? ……田島?」
 田島は眠りこけていた。
 しょうのないヤツだな。
 ストーブを焚いても、まだ少し冷えるだろう。オレは、田島が風邪をひかないように、自分のどてらをかけてやった。ま、馬鹿は風邪ひかないって言うけどな。
「お兄ちゃん」
「田島君が来てるって?」
 はるかとあすかが入ってきた。
「……なんだよ」
「あ、寝てる。起こしちゃわるいね」
「別にわるくないけど、ひとの部屋に入るときはノックぐらいしろ」
 というか、こいつら、田島に興味があんのか?
「田島君て、寝顔もかわいい」
「バカで天然だけどな」
「そこがいいんだよ」
「野球も上手いみたいじゃない? お兄ちゃんより」
 ぐっ……痛いところをついてくるな。かなり劣等感から克服できたと思ったのに。
 それにしても、数年前まで「お兄ちゃん、お兄ちゃん」と慕っていたのに、他の男に関心が行くようになったんだな。
 良かったというべきか、少し寂しいというべきか。
「さ、後で下に降りていくから、おまえらもう行った行った」
「うん。じゃあね」
 はるかとあすかが行ったあと、田島が薄眼を開けた。
「誰がバカで天然だ」
「――起きてたのかよ」
「まぁな」
「いつから」
「あすかとはるかが入ってきたあたりかな。女の子の匂いはすぐわかるんだ、オレ」
 断言する! こいつは野球と女のことしか考えていない!
「狸寝入りしてたのかよ」
「そ。梓が妹とどんな会話しているのか気になってね」
「……下の名前で呼ぶのはやめろ」
「さっきのお返し。そうそう、どてら、サンキュー」
 そう言って、田島は歯を見せて笑った。
 それからの田島の熱の入れようはすごかった。
 そんなにオレの妹達と話したかったわけか。――熱意だけは認めよう。

 勉強も終わり、オレ達は、お袋や妹達とお菓子を食った。
 田島もさすがにいきなりエロトークはしなかった。
 大した話はしなかったが、主として、野球のことが話題に出た。
「田島君、なんか、あの打ちにくそうな球打ったんだって?」
「ああ、シンカーのこと?」
 田島がクッキーを頬張りながら、あすか(一応区別はつく)の質問に答えた。
「あれのおかげでケガしちまったんだ」
「ええー、たいへん」
 はるかが合いの手を入れた。
「でもないよ。おかげでオレ、いっぱい野球のポジション経験できたしね」
「田島君て、プラス思考なんだー」
「そ。過ぎたことくよくよしたってしょーがないじゃん!」
「か、かっこいい……」
 あすかとはるかが顔を見合わせた。
 こいつら、田島を挟んでライバルになるかな。
 それもいいか、とオレは思った。だって、本当にかっこいいもんな。
「田島君て、彼女いるの?」
「いないよ。だから毎晩……」
「わぁーっ! わぁーっ!」
 オレが素早く遮った。流れがエロ話になりそうだったからだ。
 やっぱりこいつに妹は譲れない!
「じゃ、じゃあ、私が彼女に立候補してもいいかな」
「あ、ずるい。あすか抜けがけ!」
 はるかとあすかの間に火花が散った――ように見えた。
「参ったな。オレ、どっちと結婚しても、花井の義弟じゃん」
「オレはお断りだ」
 オレは、面白くない気持で紅茶を飲み干した。
「いいじゃん、未来のお義兄さん」
「まだ決まったわけじゃねー!」
「そうだよねぇ、田島君モテそうだもんねぇ。私のこと、彼女にしてくれたら嬉しいんだけどな」
「私も田島君好き」
 やれやれ。双子は好みのタイプも似てるんだな。
「まぁまぁ。今時の中学生は進んでいるわねぇ」
 今回は聞き役に回っていたお袋が、口を挟んだ。
「田島君みたいな息子ができたら、楽しいだろうね」
 オレはイヤだ。こんな義弟ができるのは。
 この話題の結論は、友達から始めようね、というものだった。まぁ、妥当なところだろうな。
「じゃ、オレ、ちょっと便所行ってくるわ」
 用を足して帰ってみると、なんだか、さっきとはリビングの雰囲気が違っていた。
 どことなく秘密めいたものを共有しているような――まさかな。

「じゃあな。花井」
 チャリのハンドルに手をかけながら、田島は言った。
 もう既に日は落ちようとしている。
「ああ、またな」
「今日は大収獲だったな。あすかとはるかのメアドも聞けたし」
「ちょっ……おまえ、それどこで。いつ」
「おまえがトイレに立った時」
 そう言って、田島はにししと笑った。
 天然かと思ったら、時々こういう抜け目のなさを田島は発揮する。桐青戦の単独スチールの合図のときもそうだったけど。
(ま……負けた……)
 オレはがっくり肩を落とした。

後書き
季節外れにも程がありますね。夏まっさかり(今は曇ってて涼しいけど)にこんな話書いたんですよね。
あすかちゃんとはるかちゃんの書き分けはできていないと思います。
2008.7.21


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