ウィルとジョ―イの新婚旅行 ウィルとジョ―イの結婚式の時、オレもタキシードを着て行った。 三橋も正装して来ている。なんかお仕着せの服を着ている子供のようで可愛いな、とオレは見惚れながら思った。 「あ、阿部君、このカッコ、変じゃない?」 「変じゃないさ、可愛いよ」 こんな台詞、三橋相手の時しか出やしない。 「そっか……」 三橋――三橋廉はホッとしたようだった。 オレ、阿部隆也は友人として、ウィルとジョ―イの結婚式に招待された。三橋もだ。 牧師の誓いの言葉が終わった。健やかなる時も病める時も、というあれだ。 誓いのキスの時、オレは自分と三橋の姿を新郎新婦の姿に重ね合わせて見ていた。 日本じゃゲイへの偏見がまだまだ強いし、オレ、ここに住もうかな。 けれども、それは将来の話。今はとにかく二人を祝福しよう。 ライスシャワーやコンフェッティが飛ぶ。嬉しそうなウィル、そして更に嬉しそうな、ものすごく凝った白いウェディングドレス姿のジョ―イ。 ジョ―イの投げたブーケはオレが受け取った。彼女がウィンクした。 もしかしてわざと……? ジョ―イも粋なことをしてくれる。オレ達にもがんばれ、と言ってくれてるみたいだ。 二人の姿が人波に消えた。 身内でのパーティーがあった。勿論、オレ達も招かれている。 「来てくれてありがとう」 カクテルグラスを持ったウィルがオレ達に話しかけた。ジョ―イも一緒だ。二人ともラフな格好に着替えている。とはいえ、しゃれた服ではあるが。 「いえいえ」 オレは首を振った。 この二人がいなかったら、オレは異国の地でどうしたらいいかわからなかっただろうから。大切な仲間だ。 「ご結婚おめでとうございます。――新婚旅行はどこ行くんですか?」 オレが訊くと、ウィルは遠い目をして、 「日本に行きたいと思うんだ。君やレンが生まれ育った土地だろう? さぞかしいいところなんだろうな」 「はい! とてもいいところです」 「決まった、ジョ―イ」 「ええ」 ウィルとジョ―イが目を見交わす。ハネムーンベビーが生まれそうだな、とオレは冗談を心の中で密かに呟いた。 「あ、あの……ウィルさん、ジョ―イさん」 三橋がおどおどしながらも口を開いた。 三橋も英語が堪能になってきたな――まぁ、長い間アメリカの土地で暮らせば、英語も上達するわな。 で、何が言いたいんだ。三橋。 「もし、日本に来るなら……オレの家に来ませんか?」 「いいのかい?」 「はい」 三橋の家は広い。ウィルやジョ―イが増えたところでどうということもないであろう。 「それから……案内は、オレと……阿部君がします」 「おいおい、オレもかよ」 オレはにやにやした顔をしていたことだろう。 「あ、いけない……?」 「いけなかないさ。そうだな、一緒に行こう」 オレがそう言うと三橋の表情が明るくなった。 「じゃ、オレも三橋の家に泊っていいか? ウィルとジョ―イとな」 「う、うん……いい、よ」 三橋は変にテンションが上がってるみたいだ。 「少し落ち着け、三橋」 「落ち着いて、るよ」 三橋は、ふひ、と笑った。変な顔なんだけど、それが可愛い。 オレ達は、誤解や裏切りを経て、今やっと心が通じ合うようになったような気がする。 「そうだな。お世話になろう。ジョ―イは?」 「レンの家に泊るなら、ホテル代が浮くわね。――うん、いいわよ」 ジョ―イはリアリストだ。でも、そんなところがこの女のいいところでもある。少なくとも、オレは嫌いじゃない。 オレ達は日時を相談することにして一旦別れた。新婚夫妻は、他の友人のところに行った。 「わお、大きい! すごいね!」 ジョ―イは三橋の家を見た瞬間、そう叫んでいた。――日本語で。 「ジョ―イ、前にも思ったけどアンタの日本語は正確だな」 「ありがとう。仕事柄、ね」 ジョ―イが笑った。彼女は通訳なのだ。 「荷物、置いて、ください」 「ありがと、レン」 ジョ―イは三橋のこめかみにキスをした。ちょっぴり妬けないでもなかった。 ウィルも同じようだったらしく、微苦笑していた。まぁ、オレとウィルとでは妬く相手が違っていたが。 「ちょっとこの街を歩いてみたいわ」 「じゃ、じゃあさ……西浦高校、行って、みない?」 「あ、行きたい! 西浦って、あなた方の母校でしょ?」 「はい!」 オレと三橋は同時に答えた。そして、思わず顔を見合わせて笑ってしまった。 西浦に行くのはオレも久しぶりだ。なんだかわくわくしてきた。 今の野球部はどうなっているのだろう。ウィルとジョ―イは満足してくれるだろうか。後輩達は元気だろうか。 あの一年の時のテレビ中継以来、入学生の野球部志望率はどっと増えた。オレ達は三年間レギュラーだった。 今では部員も増えて、モモカンは狂喜していることだろう。 おっと……ウィル達にもモモカンに会わせてやりてぇな。今、いるかな。 三橋も同じ気持ちだったらしく、 「モモカン、とも、久しぶりに、会いたい、ね」 と、たどたどしく言った。この喋り方には、慣れないうちはイライラしたが、今では愛しく思えて来る。 「じゃ、荷物置いたら出発ね」 オレ達が街を歩くとみんながこっちを振り返る。 無理もない。 目立つ長身の髭男と極上の美女がついて来ているのだ。しかも、一目で外国人とわかる。 「おい、何だ、ありゃ?」 「映画のロケか?」 オレはちょっと鼻が高くないこともなかった。人から注目されるのが苦手な三橋は小さくなっている。 「あの日本人の子もちょっと可愛くない?」 女の声が聴こえて、オレは(三橋のことだな)と思った。 「すみません! サインください!」 ジョ―イにノートとペンを差し出した女がいた。 「え? あたし……?」 「はい。どこかの女優さんでしょ?」 「違うけど、でも、あたしのでいいの?」 「はい!」 ジョ―イがサインをしてやると女は大喜びで走って友達ときゃあきゃあ言ってた。 「君の美貌は大したものだ。もうファンがついてしまったよ」 「やだー、ウィルったら」 ジョ―イは満更でもない様子だった。 西浦高校に着いた。 「あー、阿部先輩に三橋先輩!」 な、何だ? この少年は。会ったこともないだろうと思ったけど。 「あ、初めまして。自分、川崎と言います! 阿部先輩と三橋先輩に憧れて西浦高校野球部に入部しました」 「へぇー、オレたちゃそんなに有名人かい」 「ええ。甲子園最後の試合なんて、今でも語り草ですよ。どうしてプロ入りしないんですか?」 「いろいろあってな。――モモカン、いる?」 「いますよ。おーい百枝監督ー!」 「はーい」 モモカンはちっとも変ってなかった。その若く見える顔も、立派な巨乳も。ジョ―イと似てるなぁ、と思った。 「久しぶり。阿部君、三橋君。――そちらの方々は?」 「ウィルにジョ―イ。新婚旅行で日本にやってきた」 オレはいささかぶっきらぼうに紹介する。 「そう、私は百枝まりあ。ゆっくりして行ってね」 ジョ―イはモモカンをまじまじと見た後、 「It's beautiful……」 と呟いていた。 モモカンは笑顔で言った。 「どうもありがとう」 そして、ジョ―イに手を差し出した。モモカンはウィルとも握手を交わす。 「見学させてもらっていいですか? 日本の高校野球に興味あります」 ジョ―イは今度は日本語で答えた。 「あなた、日本語お上手ですね」 「ええ、通訳してます。大抵の言葉なら、マスターする自信があります」 「それはすごいわ!」 モモカンのジョ―イに対する賛辞に、ウィルはうんうんと頷いていた。 「百枝さん、綺麗な方ですね」 「ウィルもそう思う?」 ジョ―イは何故か些か得意げだった。 「でも、力はありますよ。甘夏つぶすくらいですから。あの握力はすごいですよ」 オレは、未だに印象に残っている甘夏つぶしの話をした。 「あまなつ?」 ウィルが首を傾げた。 「うん。みかんの大きいヤツ。甘夏つぶしてジュースを作るんだ」 「それはすごい」 「じゃ、見せてあげる。ほら、ここに甘夏あるでしょ?」 モモカンは右手と左手に一つずつ甘夏を握った。 「――ふんっ! ふあああああああっ!」 モモカンは絞った汁を器にあける。 三橋はガタガタ震えている。甘夏つぶしにトラウマがあるらしい。ウィルも顔面蒼白になっていた。川崎もちょっとビビってるみてぇだ。 ただジョ―イだけが平気な顔してジュースを飲んで、 「美味しい……」 と全部平らげてしまった。女ってつえーな。それともジョ―イが特別なんだろうか。花井でさえ、甘夏つぶしには度肝を抜かれていたのに。 ――その時、モモカンを呼ぶ声がした。 「じゃあ、行ってくるわね。ああ、あなた達はいくらでもいてくれて構わないから」 台詞の後半はオレと三橋に言ったんだろう。 モモカンは颯爽と走って行った。その後ろ姿を見て、 「かっこいいわねぇ……」 と、ジョ―イが感に堪えたような声で言った。 川崎もグラウンドに戻って行く。後輩達の汗水流して努力する勇姿を見ながら、オレは自分の高校時代を思い出していた。 オレ達は、翌日も新婚夫婦をいろいろなところに案内した。 三橋の家には三橋の親がいるのでさすがにHをする気にはなれず、オレはちょっと悶々としていた。三橋の家に泊まれるだけラッキーなんだけど。 ウィルとジョ―イも同じ状況だったらしい。 彼らの赤ん坊ができるのはもうちょっと先――彼らがボストンへ帰った後になりそうだった。 後書き Maririnさんのオリジナルキャラクターを使わせていただきました。 モモカンとジョ―イさんをどうしても会わせたかった……それだけで書いたようなものです。 ジョ―イさん、モデルと間違われたりしたけどね。 Maririnさん、ありがとうございます。 2012.8.7 |