可愛い文貴たん

「えーっ!」
 本日の三年五組の朝は女生徒の大きな叫び声から始まる。
「しーっ!だって! しーっ!」
 高山美奈江は口元に人差し指を当てる。かなりテンパっているようだ。
「今日告白すんの? 文貴ちゃんに」
「大きな声出さないでよ。梨乃」
「がんばってね!」
「うん、がんばる!」
「でも、水谷のどこがいいんだか」
 眼鏡の恵がツッコンだ。
「野球も下手だしチャラ男だし。だいたい下位打者じゃない」
「あら、ああ見えて彼、結構一途よ。それにかあいいし。ああ、文貴たんマジ天使」
 美奈江の目がハート型になる。
 友人達は
「うわぁ……」
 と引いた。
「確かに水谷君人気あるよね。二年や三年の女子から」
 そう言ったのは雅子である。
「でしょでしょ? だから盗られないようにしないと!」
「でもさぁ、何で水谷に行くわけ? そんなに可愛い?」
「可愛いわよ。それにバッティングもどんどん上手くなってるわ」
「水谷君を擁護するセリフならたくさん出て来るわね、美奈江」
「ほーんと。これぐらい勉強も身を入れてやればいいのにね」
「うっるさいわねぇ。ほっといてよ」
 美奈江は水谷文貴が好きなのだ。
 野球の腕はともかく、ルックスはいいので年上の女の子達から、
「水谷君可愛い」
 とか、
「あの頼りなさが母性本能をくすぐるのよね」
 などと密かに人気があるのだ。
「私だったら同じ野球部なら阿部君の方がいいけどね」
「ええっ?! 恵、阿部君好きなの?!」
「ちょ……ちょっといいなって言っただけじゃない!」
「照れない照れない。今日あたしと一緒に行く?」
「行くわけないじゃない」
 恵の言うのも尤もだ。
「この刺繍入りタオルと一緒に告白するの。るん♪」
 美奈江は意外にも器用なのだ。学校では手芸部に通っている。
「まぁ、がんばって」
「うん、がんばる!」
 高校三年生とはいえいまいちガキっぽい美奈江を友達は生温かい目で見守っていた。

 放課後――。
「文貴くーん」
 靴の泥を落としていた水谷に美奈江は声をかけた。
「あ、高山先輩」
 水谷は立ち上がる。
「お久しぶりです」
 そう言って水谷は深々とお辞儀した。
 見かけはチャラ男だが、ちゃんと礼儀正しさも身に着いているのだ。
 両親がいい人だからに違いない、と美奈江は思った。
 それに顔立ちも可愛い。美人な母を持っているだけのことはある。
 美奈江はちらっと見ただけだが、それでも、
(あれが文貴くんのお母さんだわ)
 とすぐにわかった。
「やぁだぁ。他人行儀にし・な・い・の」
「はぁ……」
「今日はさ、話があってきたんだ」
「話?」
 水谷が小首を傾げる。
(ああ、文貴たん可愛い! 抱き締めたい! スマホで写真撮りたい!)
 美奈江は一瞬でぽ~っとなった。
 さぁ、これから告白だ!
「あのね、文貴くん――あたしと付き合ってくれない?」
「え?」
 水谷は一瞬目を瞠り――それから赤くなって困ったように微笑んだ。
「悪いけど――オレ好きなコいるんだよね」
(ああ……)
 美奈江は遠くに魂を飛ばしそうになった。あんまりショックで。でもよくある話だ。
 美奈江は意識を元に戻した。
「オレの片思いだけどね」
 水谷が照れくさそうに頭を掻いた。
 誰だろう。そんな幸せなシンデレラガールは。
「誰……って、訊いてもいい」
「うーん。名前は伏せてもいいかな。迷惑かかると困るし」
「そうだね。あたしに言ったら、あたしだっていつ言うかわかんないもんね」
 自慢じゃないが口は軽い方だ。
「オレの身近にいるヒトでさ……いつでも一生懸命なんだ。そんなところが可愛いって思えるんだ」
 水谷はグラウンドに目をやった。陸上部の人々が走っている。
 同じじゃない。そのヒトと文貴くんだって同じじゃないの。
「文貴くんだっていつも一生懸命じゃない」
「そ……そうかな」
 水谷の目元がへらっと和らいだ。
「じゃあ、その娘にフラれたらいつでも言ってよ。あたし待ってるからさ」
「……オレなんかに高山先輩はもったいないすよ」
「そんなことないわ! 文貴くん年上キラーなんだから。上級生には倍率高いわよ」
 美奈江は水谷の肩を叩いた。
 誰だろう? 水谷の好きな人って。
 モモカンこと百枝まりあ監督? ちょっと可愛いマネージャーの篠岡千代?
 ううん。もう詮索はしない。
(文貴たんが困ると、こっちもヤだもんね)
 取り敢えず、オトナの女らしく格好よく別れようと美奈江は思った。まだ付き合ってもいないけど。
「でも、高山先輩の気持ち、嬉しかったです。オレ、あのコがいなければきっと先輩を好きになってました」
 やっぱり文貴くんてイイコだわぁ……。
 ナデナデしたい。でも勇気が出ない。恋をするとヒトは臆病になるってホントね。
「あ、そうだ。あたし、渡したいものあるんだ」
 そう言って美奈江は鞄をごそごそ掻き回す。あった。
「これ、あたしが作ったタオルなの。良かったら使って」
「ありがとう」
 水谷の嬉しそうな顔が眩しい。美奈江はスマホを持ってこなかったことを後悔した。

後書き
これ、ドリーム小説にしたかったんだけど、
「相手役の男の子にフラれる話なんて、私以外のどこの誰が喜ぶんだ。他の誰が!」
……というわけでこういう形に収まりました。
高山先輩の名前は、某コナンの声優にインスパイアされたのかな……。
2012.7.28

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