バースデート

 ニューヨーク、クロスタウン――。
 ウィルとジョ―イはそれぞれに休暇を取って遊びに来ていた。
「嬉しいわ、ウィル」
 ジョ―イはウィルの腕を取って街中を歩いていた。男どもが羨ましそうな視線で彼らを見ている。
「バースデーにこんないいところに連れてってくれて」
 今日はジョ―イの誕生日だったのだ。
「いいんだけどさ、ちょっと照れくさくない?」
「え? どうして?」
 ジョ―イには何のことだかわからない。ウィルは真っ赤になっている。
「ま、いいけどさ」
 男達の視線を浴びるのもジョ―イは慣れっこかもしれないが、ウィルは慣れていない。
 ジョ―イにはウィル以外の男は男に見えていないのだ。
(ここの空気は最高!)
 綺麗な街を散歩しながらジョ―イは思っていた。
 何しろ隣には彼女のダーリン、ウィルがいる。
 ジョ―イの足はあるところで止まった。
 ウィンドーに飾ってあるウェディングドレスだ。真っ白な意匠を凝らしたドレス。ああいうのを着てウィルの隣に並ぶことができたらどんなにいいだろう。
 タカヤとレンが元の鞘に納まった今、それは現実感のない話ではない。
「欲しいのかい? ジョ―イ」
 ウィルが慈愛の目でそう言った。もじゃもじゃの髪の間から優しそうな瞳が覗いている。
「え? あ、うん。だって、ウェディングドレスって、女の憧れじゃない」
 男勝りなジョ―イも、根はとても女らしいのだ。
「買ってあげてもいいけど」
「本当?」
「ただし、正式に婚約が決まってからね」
 しかし、それは遠い将来ではないだろう。
「嬉しい!」
 ジョ―イがウィルの首に齧りついた。男どもの視線に殺気が籠る。ウィルは苦笑いをするしかなかった。

「おい、あれ」
 タカヤがレンに「見ろ」と指を差す。レンがきょとんとした目でタカヤの指の先を見る。
 実はタカヤとレンも誠にご都合主義ながらクロスタウンに骨休めに来ていたのだった。
「ウィル、さんに、ジョ―イ、さん?」
 レンの話し方は実に独特だ。
「ああ、何しに来たんだろうな」
「さ、さぁ……」
「おんもしれぇ! おい、三橋、跡つけようぜ」
 レンは三橋、という苗字なのだった。ついでにタカヤは『阿部』と言う。
「ま、待って、阿部君……」

 ウィルとジョ―イの二人は森に行き着いた。とても寒い。
「ニューヨークって、今寒かったのね」
「君の格好も寒そうだよ」
「でも……」
 ジョ―イはまたウィルにぴとっとくっついた。
「これだと寒くないわね」
「そうだね」
 ウィルは何となく苦笑いしているようだった。
「あ、鴨にやるエサ売ってるよ」
「あ、私やりたい」
「いいよ。買ってあげる」
 ウィルがにこっと笑うと、ジョ―イの頬に朱が散る。

「オ、オレも、鴨に、エサ、やりたい……」
「三橋、おまえねー、尾行中なことわかってんの?」
「で、でも……」
 レンは目をうるうるさせてお願いのポーズ。それを見てタカヤはどきっとする。彼は恋人のこの表情に弱い。
「わかった。でも、変装するんだぞ?」
「へ、変装?」
「ああ。アメリカが物騒なところなのはいやというほどわかったからな。変装キット持ってきたぜ。三橋の分もあるぞ」
「あ、阿部くんは、すごい、ね」
 三橋の褒め言葉に阿部は鼻を高くした。

「うわー、可愛い」
「何羽ぐらいいるんだろうな」
 ウィルとジョ―イは鴨に餌をやっている。鴨が集まって来た。
「親子の鴨もいるわねぇ」
「うん。和むね」
(それにしても、あれ、何……?)
 ジョ―イは隣に目をやった。
 変ちくりんな二人組がいる。
 金髪にグラサン、やたらと鼻の高い青年と、茶髪でぐるぐる眼鏡とちょび髭の青年だ。一目で変装とわかる。
「どうしたんだい? ジョ―イ」
「ううん。何でもないの」
 まさか自分達がターゲットとは思わないジョ―イは笑顔でウィルに首を横に振った。

 鼻の高い青年はタカヤ、ぐるぐる眼鏡はレンである。
「どうだ。オレ達の完璧な変装は。ウィルもジョ―イも気付いてないぜ」
「阿部君、すごい、ね」
「さ、エサやれ。アイツらがどっか行かないうちに」
「う、うん」
 ぱらぱらっとパンくずをやると、鴨は美味しそうに食べてくれる。
 レンの口元がふひっと笑った。
「あ、アイツら行っちまうぜ。早くしろ、三橋!」
「ま、待って……」
 レンは急いでパンくずを全部鴨にやった。
 そして彼らはウィルとジョ―イ達をまたつけて行った。

(やだ、何あいつら……)
 変装とわかりやすい二人がつけてくるのをついにジョ―イも勘づいた。誰だかは知らないが。
(ウィルは気付いてないのかしら……)
 ジョ―イの恋人はいつも通り飄々としている。
 彼らは予約したレストランに入る。海外でも絶賛されている店だ。
 変装した二人(タカヤとレン)は入ってくる様子がない。
 入れない、か。貧乏くさいもんね。あいつら。
 ジョ―イが密かにほくそ笑む。

「くっそう、アイツら! 高そうなレストラン入りやがって」
「ど、どうする阿部君」
「三橋、どっかでアンパンと牛乳買って来い」
「え? 何で?」
「アンパンと牛乳は尾行の必需品だぜ」
「わかった! 買ってくる!」

 時間は流れ、ウィルとジョ―イが店から出て来る。
「あ、阿部君……アンパンと牛乳買って来たよー」
「おせぇぞ、三橋。アイツら店から出て来たじゃんかよ」
「ご、ごめん……」
 レンが泣きながら謝る。
「と、わりぃ。オマエに当たっても仕方なかったな」
 タカヤが何とか宥めようとしたその時――。
「そこまでだ! タカヤ! レン!」
 ウィルが叫んだ。
「……タカヤ? レン?」
「ちっ、バレちまっちゃ仕様がねぇな」
 タカヤは金髪のカツラとグラサンを取った。レンも変装を解く。
「あ、アンタ達! さっきからずーっと私達をつけてきた変人二人組はアンタ達だったのね!」
「なんだ、バレてたのかよ。尾行してんの」
「タカヤとレンだとは思わなかったけどね。どうして私達をつけてきたの?」
「んー、深い理由はないけど、何となくかな」
「阿部君……」
 レンがちょっと呆れた顔をした。タカヤにはタカヤなりの深い意味があるのだろうとレンは信じていたようである。
「まさか君達までこの街にいるとは思わなかったよ」
 ウィルがにこにことしている。
「……ちょっとぉ、アンタ達って暇人なの?」
 ジョ―イは腕を組んで呟いた。
「そんなんじゃねぇけどよぉ……」
「探偵ごっこかい?」
「ま、そんなようなもんかな」
「阿部君、今日楽しかったよね」
「おう! んで? 今度はアンタらに訊くけど、着飾ったり高級レストランに入ったりして何やってたんだ?」
「今日は私の誕生日よ!」
 ジョ―イは豊かな胸をそらせた。
「ええっ?!」
「い……幾つに、なったんですか?」
「馬鹿っ! しぃっ! この手の女に年齢の話はタブーだぞ」
 レンとタカヤはひそひそ声で言っているつもりだろうがジョ―イの耳にはちゃんと入っている。
「聞こえてるわよ、アンタら――まぁ、教えるつもりはないけどね」
「あ、これ、誕生日、祝い、代わりの、アンパンと、牛乳、です」
 レンがぶるぶる震えている。
「オレはこれやる」
 タカヤからはさっきまで彼らが身に着けていた変装キットだ。
「いらないわよ。そんなもん」
「え?」
 あっさり断られて、タカヤとレンはショックだったようだ。レンなんて石になっている。
「タカヤ、レン。これからホテルでルームサービスとってケーキ食べるんだけど、君達も来ないか?」
「い、いいんですか?」
 ダメ―ジから素早く立ち直ったレンが勢い込んで尋ねる。
「ま、仕方ないわね。アンタらも私の誕生日を祝う気はあるみたいだし」
「ジョ、ジョ―イさん……」
 レンの目がウィルやジョ―イを崇める目付きに変わっている。
「ホテルで誕生パーティーかよ……これだからブルジョアは……」
 タカヤはぶつぶつ文句を言っている。
「いや。僕にもこれが精一杯なんだけどねぇ……」
「嬉しいわ! ダーリン」
 頭を掻いているウィルにジョ―イが飛びつく。
「で? タカヤは来るの?」
 ジョ―イがタカヤに目を遣る。
「行きます行きます! 行くに決まってんだろう、ったく」
 タカヤの恥ずかしそうな笑顔はジョ―イにも嬉しかった。
 なんだかんだ言って、せっかくできた異国の友人達である。これからも大切にしていこうとジョ―イは思った。
 ――ま、ウィルには敵わないけどね。
 言葉には出さないが、心の中でひとりごちた彼女であった。

後書き
maririnさんからジョ―イさんの著作権を譲っていただいた記念の作品です。
彼女にはウィルがつきものだと思い、出させていただきました。
阿部と三橋は、ジョ―イだったらこう呼ぶだろうと思い、タカヤとレンになっております。
なお、クロスタウンは架空の街です。
タイトルはバースデーとデートをかけてみました。
maririnさん、ジョ―イさんを私にくださってありがとうございます!(笑)
2012.6.11

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