ずっと榛名のダチだった

「秋丸ー、何してんだよ。今日は練習あんだろがよー」
 榛名の怒鳴り声が電話越しに聞こえる。
 秋丸、つまり俺。秋丸恭平。
「あー。悪い悪い。今から俺、家族でグアム行くんだわ」
「何ー?! おまえそんなことでなぁ」
 チンッと電話を切った。
 榛名が怒るのはわかる。でも、俺だって予定とかあるしなぁ……。だってグアムだもん。
 この際、榛名には我慢してもらおう。

「あんな奴も珍しいよなぁ」
「誰のことだよ」
「秋丸」
 先輩の一人だろう。溜息混じりに言うのが聴こえた。
「あいつ見てると脱力してくんだよ」
「まぁ、確かにあれだけマイペースな奴ってのも珍しいよなぁ」
「榛名に触発された様子も見えないしなぁ」
「榛名、あいつすっげぇよ」
 面白いのでもうちょっと聞いていようと思ったら――
 じゃじゃーん。榛名登場。
「気にすんなよ」
 ぼそっと言って部室に入る。
 何を気にすると言うのだろう。
 みんなただ事実を言ってるだけなのに。
 俺は――野球じゃなくても良かったんだ。榛名のそばにいられれば、良かったんだ。
 でも、榛名は野球をやる為にここに入った。
 俺は榛名の子分だから――ついてきた。
 榛名が町田先輩やカグヤンを気に入るのはわかる。つか、しょーがない。
 でも、俺はどうなる。
 俺、榛名のことが好きなのかなー、なんて考えてしまう。きもいだろうけどさ。
 俺は、榛名の子分だから。
 子供の頃から、いつも一緒にいるのが当たり前だったから。
 何かに執着することのない、と言われる、良く言えば諦めの良い俺がこだわる、たった一人の人間。
 それが榛名ってわけだ。
「おい、さっさと入れよ」
「あ、キャプテン」
 俺も部室に入った。

 榛名の全力投球を受け取れる捕手は、多分この武蔵野では俺だけだ。
 自慢にも何にもならないけどね。ただのカベだし。
 ブルペンに入ったのも初めてだし。
 榛名のおかげで……入れたんだよな。
 でも、俺、榛名の全力投球を受け止められる、という以外、これといったウリはない。
 バントもよく失敗するしな。
 でも、まさか、榛名に諦められているとは思わなかった。
 うるさくなくなって良かったなー、なんて、能天気に考えていたから。
 野球が三流でも、コンプレックスとか感じてなかったから。
 榛名としちゃ、少しは悩んで欲しい、というところかもしれないけど。
 でもなー、こればっかりは性分だよ。
 俺が物事にこだわらないっていうのはさ。
 この性格が必ずしもいいとは思わないけどさ、悪いとも言い切れないんじゃない?
 そりゃ、偉業を成し遂げるヒトは、粘り強さっていうのが必要なんだろうけどさ。
 俺、そういうの、どっかで落っことしてしまったんだろうな。お袋のお腹の中にでも。
 でも、大抵のことはできたし、何とかなった。
 榛名にはよく、
「塾行くな!」
「旅行行くな!」
「遊ぶな!」
「練習しろ!」
 と言われ続けてたんだけど。
 俺、正直言って、野球に対する榛名の執着がわからない。
 野球って、そんなにいいもんかなぁ。
 まぁ、ベンチあっためるしか能のない俺だからそんなこと言ってしまうかもしれないんだけどさ。
 榛名にとっちゃ、俺に期待していたこともあったのかなぁ、なんて思ってしまう。
「おまえがもっとがんばっていれば、俺の野球人生もっと違っていたよ」
 それは……わかるような気がするけどさ。
 俺に過度な期待をかけたって、そりゃ無茶というもんだよ。
 俺には俺の人生があるんだから、さ。
 でも、榛名に諦められていた、と知った時は、正直ショックだったよ。
 やっぱり、これで奮い立つのが正解かもね。
 幸い、町田さんはまだ榛名の全力投球受け止めきれないわけだし。
 カグヤンと町田さんの相性はそこそこいいわけだし。
 けど。武蔵野は榛名一人でもっているようなもんだもんな。
 俺がもうちょっとしっかりしていれば、榛名、諦めなかったかもな。
 あいつがシニアにいた時代も、俺が役に立った記憶、あんまない。
「シニアに面白い捕手がいる!」
 と、榛名が興奮して言った時も、
「へー」
 と、流してしまったし。
 あの時、榛名、不満顔してたっけ。
 あ、思い出したら笑えてきた。ここはこらえてこらえて。
 シニアの捕手……確か阿部と言ったっけ?
 榛名と同じくらい野球馬鹿だったんだろうなー。
 でも、あの頃の榛名、荒んでたもんな。
 ケンカばっかりしてたようだけど、あいつにケンカ売る度胸があるだけ羨ましいよ。
 ま、俺だって言いたいことは言ってきたけどね。
 だって――俺の人生、野球だけじゃないもん。
 グアムに行くな、だって? 行くに決まってんじゃん。
 いつだって、おまえの背中追っかけてきたんだよ、俺は。俺の親分は、おまえしかいないんだからさ。
 いつだって俺はおまえのダチだったと思ってたよ……子分でもなんでもいいからさ。
 塾は行かなきゃ親がうるさいし。
 こっちは、昔の約束ずっと守ってる。なのに、諦められるなんて、筋違いじゃないか。
 ああ、だけど……俺も悪かったのかなぁ。
 ずるずると金魚のフンで武蔵野第一来ちゃったから。
 俺は、いつから榛名に見捨てられたんだろう。
 そのことを考えると、思い出し笑いも吹っ飛んだ。
 もっと早くに気付けば良かった。
 子供の頃から榛名の考えるキャッチャーは、俺しかいなかったんだってさ。
 そしたら、俺も、もうちょっと打撃とかの練習に身を入れたかも……。
 ま、今更言っても後の祭りかもしんないけどさ。
 これからがんばるよ。無理でない範囲でね。

後書き
初めてのハルアキ。というか、秋丸→榛名。ハルカグが好きな私ですけど(笑)。
捏造ありです。
タイトルは『ずっとあなたが好きだった』をもじったもの。どんなドラマかは知らないけどね。
2012.3.11


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