阿部誕パーティー2011 後編 

「さ、せっかくだからキャッチボールしようぜ」
「ん。でも、何か手伝わないと……」
「いいんだよ。約束だろ?」
「ん、でも……」
 このままじゃ押し問答だ。仕様がない。最後の手段。
「三橋! 新品のボールとグローブを持って来たんだけど」
「え……?」
「おまえとキャッチボールする為にわざわざ用意してきたんだぞ~。試してみたくないか~?」
 今のオレはさぞ悪漢のような表情をしてただろう。
「う……グローブ……」
 落ちるのは時間の問題だな。
 ざまぁ見ろ、藤倉。女だからってそれにあぐらかいてるからこうなるんだ。おまえが留学している間、オレはどれだけ三橋と一緒にいたと思う。
 さぁ、三橋。こっちの水は甘いぞ~。
「わかった。ちょっとだけ……」
 もちろん、ちょっとだけで済むはずがない。
 その他の面々は皆仲良くわいわいとやっていた。こう書くと書き割りっぽいけど、オレには三橋の方が大事だ。
「あれ? どこ行くの? 二人とも」
 遠藤が訊いて来た。花井といちゃいちゃしているだけではなかったんだなぁ。
「おーい、頼むから商子引き取ってくれよ、阿部」
「嫌だ」
 オレは言下に断った。
「梓とお料理なんて私幸せ♪」
「梓って呼ぶな! おまえは外で三橋達と遊んで来い!」
「やーだ。寒いんだもーん。それに、梓のそばがいいしー」
「勘弁してくれよ……」
「いいじゃねぇ。羨ましいぞ。花井」
 田島がにしし、と笑う。
「オウ、ユウにはワタシがいるね」
「おまえは暑苦し過ぎるんだよ」
 花井も田島も幸せなのはよーくわかった。
 だから、今は俺達を二人きりにしてくれ、な。
「じゃ、お幸せに」
 オレ達が外に出ると、
「阿部の薄情モンー!!!」
 という田島の声が響いた。

 三橋とのキャッチボールは気持ちがいい。
 スパン、スパン、と狙ったところにボールが決まる。
 九分割……やっぱすげぇよなぁ。
 キャッチャーとして、三橋と組めて本当に良かったと思う。榛名とは……シニア時代の榛名はワンマンだったからなぁ。
「そうれ、もう一丁!」
 オレも気持ちいいし、三橋も気持ちよさを味わっているだろう。
 まぁ、三橋と恋人になれば、もっと気持ちよさを……味わえればいいなと思うのだが。
「三橋……何してるんだ?」
 大人の男の声が聞こえた。思わずボールを取り落とした。
「あ、お父さん」
 お……お父さん?
「あ、君は廉の友達だね」
 三橋の下の名前は廉と言う。三橋廉。いい名前だよな。一人きりの時にこっそり呼んだりする。
「阿部隆也と言います。よろしくお願いします」
 オレは礼儀正しく挨拶した。なんせ将来オレの義父になるかもしれない人だから……って、それはないかもしれないけど。
 オレは……男だもんなぁ。
 一生結婚はしないつもりでいる。三橋が嫁さんもらってガキ作って、そのガキが大きくなって――というのを見守るしかないのかもしれない。
 切ねぇなぁ……。同性に恋した人間はほんと切ないよ。恋した当の相手に気持ち悪がられることだってあるし。
 ほんの少しの悲哀を込めて、オレは三橋を見つめた。
 華奢な体の線。これ以上痩せたらなくなっちゃうんじゃないかと心配になってしまうほどだ。ふわふわの髪。ちょっと締まりのない口元。
 そして目。大きくて、何でもよく見えそうなのに実は何にも見ていない。自分の中しか見ていない。
 その目を自分の方に向けたくて……オレはどんなに努力したことだろう。
 岬は? 藤倉は? あいつらはどうなんだろう。女だと、また違う感想があるのかな。
 何にも見えていない三橋に苛立つこともあった。でも、それは三橋が悪いのじゃない。誰が悪いわけでもない。
 ただ、三橋がそういう風に生まれついている、ということだけだ。
 しかも、実力が伴っている。力がなければオレはシカトしていたとこだろう。
 叶は正しかった。そして――あいつも多分三橋に恋していた。野球を通して。
「どうしたの? 阿部君」
 三橋がいつの間にか近くに来ていた。
 そんなに近づくな――抑えがきかなくなる……。
「あべ……くん?」
 オレは三橋の肩に顔を埋めた。
「すまねぇ。ちょっと、泣きたくなった」
 おめでたいはずの誕生日なのに……涙の味がした。
「廉……友達は大事にするんだぞ。阿部君、悲しいことがあったら、いつでも廉に相談していいからね」
 三橋の父親がいるのを忘れていた。
「阿部君、こんな息子でも一応男だ。困った時はいつでも頼りにしてください」
「は……はい……」
 オレは顔を上げて鼻を啜った。
 情けねぇ。三橋の親父の前で。
「廉……阿部君は大切な友達だろ?」
 三橋はオレの隣で、
「うん」
 と頷いた。
「大事にするんだよ」
「うん。だって、阿部君、いつも、オレに、よく、してくれてる、よ」
「そうか……よかったな」
 三橋の父親は、大きな体でオレ達二人を抱き締めた。オレは、三橋の父親の顔を見上げた。もう暗いのに、目が慈愛に満ちていたように見えたのは、気のせいだったのだろうか。
 オレは、三橋廉を愛しています。
 そう言ったら、この人はどんな表情をするだろう。
 三橋の父親の目は、何となく悲しげにも見えた。
 そういえば、三橋の父親と母親は駆け落ちだったと聞く。成就しない恋心を抱いているオレのことが、少しはわかるのかもしれない。
 認められるはずのない恋だった。その恋の果てに――三橋が生まれた。
 三橋が、生きていていいのか迷っているような、どこか定まらないところがあるのは、そんな出生だからかもしれない。
「おじさん……三橋廉は、オレの大切な友人です」
 恋人、と言えない自分が歯痒かった。友人と恋人ではだいぶ違う。
「お、オレにも、阿部君は、いい、友達、だよ」
 いい友達か……今はこれが精一杯だな。
 藤倉か岬か、それとも他の女が三橋と結婚しても――オレは見守ろう。
 オレは何かかけがえのないものを手に入れたような気がした。
 そうだ。これがオレのクリスマスプレゼントだ。
 三橋との変わらぬ友情。
 オレは、一生三橋と三橋の幸せを守り抜く。例えどんなに辛くても。
 三橋の為だったら、この命、惜しくはない。
 三橋の父親は、一旦ぎゅっとオレ達を強く抱擁する。そして解放してくれた。
「三橋、そのグローブ、おまえにやる」
「え……でも、オレ、祝われる、側じゃ、ないし……」
「いや、もうオレ、プレゼントもらってるし」
「でも、オレ、何にも……」
「あのな、三橋。プレゼントは物じゃねぇんだよ。おまえといるこの瞬間が、最高のプレゼントなんだよ!」
 我ながらクサイ台詞を吐いたと思う。でも、事実なんだから仕様がない。
 本当は、恋人に言う言葉なんだろうな、こういうのって。
「阿部君……」
 三橋の父親も涙ぐんでいた。
「君達を見てるとね、なんか、お母さんと出会った時のことを思い出すよ」
「お母さんと……?」
 三橋があどけない顔で訊く。
「互いに互いの存在が、そのままプレゼントだったなぁ……」
 三橋の父親が空を仰ぐ。オレもつられて空を見る。冬の空にはオリオン座が輝いていた。
「ご飯よ―」
 おばさんの声が聞こえた。
「はーい」
 三人揃って同じタイミングで返事をしたのがおかしくて、つい笑ってしまった。

「何やってんだよ―、遅ぇぞ、おまえら」
 藤倉が乱暴な言葉で迎えてくれたのに苦笑した。
「このほうれん草のスープは俺が主に作った。心して食べるように」
「はいはい」
「見慣れないオヤジもいるな」
「藤倉さん、オヤジなんて失礼でしょ」
「いやいや。確かにオレはおじさんだからねぇ」
 三橋の父親――おじさんと呼んでもいいか。おじさんは、
「三橋廉の父です」
 と、名乗った。
「へぇー、アンタが三橋のおじさん。どうも、藤倉理奈と言います」
「岬あかねです」
「これはこれは、可愛らしいお嬢さん方で」
「三橋君のお父さんですか。遠藤商子と言います。ここにいる花井梓のフィアンセです」
「ちげーだろっ!」
「ワタシはルーシー……ユウ――田島悠一郎の彼女ね」
「悪いがルーシー。オレは一人の女に縛られない主義なんだ」
「おまえは大人になったら早く身を固めろ」
「言ったな、梓」
「その名前で呼ぶのはやめろと何度も言ってるだろう」
「はいはい。何だか知らないけど賑やかだこと」
 三橋のおばさんがフルーツポンチを持って来た。得意料理らしい。
 栄口と水谷は、今日もケーキ争奪戦をやるのだろうか。いっぱいいるから無理かな。食いっぱぐれるヤツもいたりして。
 篠岡はにこにこしながらちょこんと座っている。
 西広は、自分の彼女を連れて来ることができなかったのが残念みたいだ。
「オレも一生懸命料理作ったんだぜー。旨そうだろ」
 と自慢する浜田に泉は、
「一人暮らしが長いから料理も上達するよな」
 と応える。
 沖と巣山は、
「また一巡り、ロウソクつけてハッピーバースディ歌うんじゃないか」
 とか、
「そしたらロウソクが消えてなくなっちゃうよ」
 などと笑いながら話している。
 楽しいパーティーの予感はさざ波のように広がりいつまでも残っていた。
『きよしこの夜』を歌ってケーキを食べて(ちゃんと人数分行き渡った)。
「みなさん、今日は泊って行ってくださいね」
 というおばさんの申し出に、みんなして喜んだりして。もちろんオレも喜んで、家族に「今日三橋ん家に泊る」なんて連絡して。
 後はゲームをしたり歌ったりのどんちゃん騒ぎ。
 サンキュー、三橋。オレに大切なものは何かを気付かせてくれて。
 サンキュー、みんな……。

後書き
アドヴェント方式小説はいかがでしたでしょうか。
オリジナルキャラいっぱいですね。
私は書いてて楽しかったです。
読んでくださった方々、ありがとうございます。
2011.12.11

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