GOOD DAY I・N・G

「花井ー。これ、いいから聴いてみろよ」
 一週間前、そう言った田島から渡されたCDは……神埼まきという歌手の『GOOD DAY I・N・G』
 CD……か。
 昔のアニメのエンディングテーマらしい。よくある恋愛ソングかと思ったら……。
 切ない心が陽気なメロディーで歌われている。
 動画サイト巡りをしていたら、『I・N・G』は『I NG(私はだめ)』という意味もあるそうだ。どこで見たのかは忘れたが。
 なるほど。そういう意味づけもあるのか。
 俺は……だめ、か? no goodか?
 それを考えたら、いろいろ深い歌なんだな。
 何で田島がこれを貸してくれたのか……いまいちわからないんだが。
 そういう意味を込めて貸してくれたのなら……田島もなかなかの皮肉屋だ。
 英語が得意な俺も気付かなかったぐらいだ。日本人がそういう解釈をつけたのかもしれないが。
「いつもアイエヌジー……」
 いつの間にか、俺は口ずさんでいた。何度も何度も聞いていた。
 なんだろう……切ないのに元気。元気なのに切ない。
 あいつみたいだな。
 田島悠一郎。いつも元気だと思われているあいつ。
 けれど、あいつが本当は繊細だってことは知ってる。
 田島がこの歌を聴いているシーンが……すぐに思い浮かんでくる。
 何で電話が冷蔵庫の中なんだとか、そういうツッコミどころはあるけれど。
 I・NGか。
 俺にとって、これは少なからずショックだった。
 普通なら、現在進行形としか思わないだろう。『私はだめ』……なんて、考えてもみなかった。
 田島~。何でこのCD貸したんだ? この俺に。俺は……だめってことか?
 いや、田島が、『自分はだめ』って考えてたのか? あの田島が?
 その考えは、少なからず俺を驚愕させた。田島が繊細なのは知ってる。でも、そこまで考えていたとは。
 あ、またCDが終わった。始めから聴きなおそう。
「確かに……悪い歌じゃねぇよな」
 アニメの歌にしては、なかなかだ。俺はそのアニメを知らないが。
 それを聴きながら、俺は勉強に励んだ。俺は真面目な学生なのだ。
 俺は、西浦高校野球部キャプテンの花井梓ではあるけれど。
 勉強とは両立したい。モモカンに呆れられないように。
 モモカン……。俺は溜息をついた。
 モモカンが好きだ。監督としても……女としても。
 俺ではだめなんだろうか、と考えても、想いは止まらない。
 七つ違いなんだよなぁ……。微妙だけど、有り得ない年齢差ではない。
 田島がこれを貸してくれたのだって、今の俺じゃだめってことか? ……穿ち過ぎか。
 どうも、被害妄想がいろいろ広がって嫌だなぁ。
 俺は、ノートの上にペンシルを置いた。
 そして、椅子の上で伸びをした。
 さ、集中、集中っと。
 まだ一年だから、そんなに焦らなくてもいいのかもしれないが。
 いやいや、選択肢は多い方がいい。いい学校に行って、そして――
 モモカンにプロポーズ……。
 うわっ! 何か恥ずかしくなってきた!
 顔が赤くなってるじゃないか? 俺。
 でも、あの監督モテんだろうなぁ……。美人で巨乳だもんなぁ。スパルタだけど。
 さばさばしてて、男にも女にもモテるって奴だ。
 そんな女に釣り合う男になるのはきっと一苦労だぜ。
 でも、こんなことを考える余裕ができたのも、体力がついてきたからだ。モモカンのおかげだ。
 ちょっと前まで、帰ってきて風呂入ったらすぐにバタンキューだったもんな。
 田島はオナニーか……元気だよなぁ……っと思ったことがある。
 今の俺なら、オナニーなんて余裕だけど……。
 いやいや、今は勉学に励まなくては!
 立派な男になる為に!
 それから、野球のことももっともっと学びたい!
 やっと、野球が面白くなってきたとこなんだ。チームメイトのおかげで。
 俺達は『らーぜ』と呼ばれている。俺がたまたま叫んだ、
「西浦ーぜっ!」
 と言う言葉から来ている。
 今じゃ、他の部の奴らまで、「らーぜ、らーぜ」と呼んでくるので、少し恥ずかしい。
 CDを聴きながら、ノリにノリまくって予習を終えた。
 うん。やっぱり、これを貸してくれた田島のおかげだな。
 この歌、結構テンポがいいからな。
 土曜日に元彼に会ったところなんかは、ほんとに切ないけど、『振り向かない』というところがいい。
 俺も、心のシャボン玉、たくさん飛ばそう。
 このCDダビングできないかな。……だめだな。ちゃんと買わないと。
 ケチケチしてる場合じゃない。それに、この歌はそうするだけの価値がある。
 今も売っているかどうかわからないけど……そしたらネット通販だ。
 またいい歌があったら、田島に教えてもらおう。エロ本なんかより、そっちの方が嬉しい。
 俺はパソコンを立ち上げる。
 通販の前に、ちょっと神埼まきに興味があったので調べてみる。
 ふーん。1993年の歌か。結構古いんだな。
 俺は……まだ赤ん坊か。もしかすると生まれてなかったりして?
 こんな古い歌、よく田島が知ってたな。あ、兄貴から教えてもらったりしたのかな。
「梓ー」
 げっ、お袋だ。
「あら、ちゃんと勉強してるのね。えらいえらい」
「うるさいからあっち行け!」
「まぁ……何調べてるの?」
「ちょっとな……」
「もしかしたらやらしいサイト?」
 お袋はにんまりと笑った。くそ。こいつのこういうところが嫌なんだよ。
「歌手について調べてたんだよ!」
「へぇー。神埼まき。あんたも古い趣味してるわね。お母さんが若い頃の歌よ」
 ひょこっと画面を覗き込んだお袋が言った。どうせその頃からいい年だったくせに。
「ほっとけよ」
「まぁー。可愛くないわね。梓ったら。お菓子余ってたから持ってきてあげたわよ」
「そりゃどうも」
「全く……張り合いがないわねぇ」
 お袋は呆れたようだった。でも、こういう性分なんだから仕方ねぇだろ。
 お袋が持って来たのは、クッキーだった。料理は上手いんだけどなぁ……。これでいろいろうるさくなけりゃなぁ。
 一人になった後、俺はクッキーを味わいながら食べた。

「おい、田島。この歌よかったぞ」
 部活の時間、俺は田島に声をかけてCDを渡した。
「ほんと? 花井なら気に入ってくれると思ってたんだ。兄貴に借りたんだぜ」
 やっぱりそうか。
「あれ、INGって『私はだめ』っていう解釈があるの、知ってたか?」
 田島はふるふると首を横に振った。やはりこいつに他意はなかったか……。

後書き
元ネタは『ツヨシしっかりしなさい』のEDから。
I NGが、「私はだめ」っていう説、どこで見たんだったかなぁ……。
花井と田島の話です。花井と田島の友情が好き。
2011.7.24

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