名前

「おーい! 梓ー!」
 田島が呼んでいる。オレはその声を無視した。
「おーい、梓ー! 花井ー!」
 田島がオレの隣に並んだ。
「なんでオレのことシカトすんの?」
「……下の名前で呼ぶな」
「ちぇっ、わかったよ。花井って、名前で呼ばれるの嫌いなの?」
「そうだ。わりーかよ」
「どうしてー? 梓って誰がつけたの?」
「お袋」
「なんで嫌いなの?」
「言いたくねー」
 今の田島は、うるさいくらい質問モードだ。
「名前嫌いなのもったいねー。お袋さん、花井のこと産んでくれた上に、一生懸命名前考えてくれたんだぜ。バチ当たるよ」
「おまえは、自分の名前気に入ってんだな」
「とーぜん!」
 田島はニカッと笑った。
 あー、あー。おまえは『田島悠一郎』だもんな。様になってるし、カッコいいよ。
 オレなんて、名前のせいで女と間違われたことが何度もあったんだぜ、ガキの頃。
 今は坊主にしたし、背も伸びたからそんなことはなくなったけど。
 おまえはそんな苦労したことなかったろうな。
「ま、花井の気持ちもわかるか。オレだって、小さい時は、もっとかっけー名前がよかったなって思ってたんだから」
 さっきのおまえの台詞じゃないが、バチが当たるぞ、田島。
「子供は自分の名前選べないもんなー。それに、大好きなひいじい達が、いろいろ相談して決めた名前だぜ。そう思ったら、何か好きになってた」
 そういうの、愛着って言うのかもしれないな。
「梓って名前、花井にぴったりだと思うぜ! ゲンミツに! あ、三橋だ! おーい! 三橋ー」
 突然来た田島は、突然去って行った。
 今まで好きになれなかった名前だけど。
 生まれて初めて、悪くないかもしれないな、と思った。

 翌日。
 オレが校庭を歩いていると、
「梓ー! 一時にグラウンド集合なー!」
と、田島の叫ぶ声が飛んできた。
(え? 梓って誰?)
(ほら、あれじゃね? 野球部のキャプテン花井)
(えー? あの人梓って言うの? カワイイー)
 これは嫌がらせか? 田島のヤツ。
 てめえらオレを見るんじゃねぇ!
 前言撤回。やっぱりこの名前は嫌いだ!

2007.7.18
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