水谷クンの恋

 グラウンドには誰の姿もない。
 あちゃー。早く来すぎちゃったか☆
 モモカンの姿も見えないよ。
 この時期の朝は清々しい。暑過ぎもせず寒過ぎもせず。まぁ、どうせそのうち暑くなるんだろうけど。
「水谷くーん」
 あ、しのーかだ。西浦野球部のマドンナ。
 水谷とはオレのことだ。下の名前は文貴。いい名前だろ? お母さんがつけてくれたんだ。
 西浦野球部期待の星だよ、宜しくね!
 オレのこと、クソレだの、オカマだの言うヤツがいるけど、失礼しちゃうよねぇ。
 見かけはチャラいかもしれないけど、オレだって野球には本気だ。
 でも、もうひとつ、マジになれる対象のものがある。
 それはしのーかだ。
「水谷君、早かったね」
 息を切らしているところも可愛い。
「うん、まぁね」
 早く君に会いたかったからね――というのはキザ過ぎだろうか。
 いやいや。野球の練習したかったから早く来たんだよ。これホント。
「えらいねー」
 しのーかにそう言われ、ついやにさがる。
「そ……そうかな」
 だって、真面目にしてなきゃ西広にレギュラーの座取られちゃうもん。
 西広は、最近めきめき力をつけつつあるんだ。要注意だ。
 実はオレ、野球をやるのは好きだけど、実力は……なんだよね。
 田島にゃ絶対敵わないし、他の部員と比べてもねぇ……三橋だって投手だから守りの要だし。
 何とかがんばってしのーかにかっこいいとこ見せたいけど、まずはレギュラーに残ることだ。
 人一倍がんばらなくちゃなのだなぁ。阿部にも馬鹿にされない為にも。
 栄口が喜んでオレの練習の相手をしてくれる。いいヤツなんだよなぁ。友達甲斐のあるヤツだ。
 ここの野球部はいいヤツばかりだ。阿部は別として。
 ここに来て良かった。しのーかとも会えたし。
 しのーかはちっちゃい。ちっちゃくて、すっっっっごくカワイイ。許しが出たら抱きしめちゃいたいくらいだ。
「手伝おうか? しのーか」
「え? いいよ。練習あるでしょ? 水谷君」
 水谷君……しのーかに呼ばれると、わけもなく感動してしまう。
 本当は、「文貴」と呼んで欲しいんだけど、それは恥ずかしくって言えない。オレってシャイなヤツ。
 でも、そんなオレは嫌いではない。
「オレ、今日は手伝いたい気分なんだ♪」
「ふうん……」
 しのーかは考えている風だったが、やがて言った。
「じゃあ、自分のヘルメット磨いてくれる?」
「え? そんなんでいいの?」
「うん。結構大変だから」
 そう言ってしのーかは笑う。まぶしいなぁ。バックに大輪の花でも咲いていそうだ。
 これはあながちオレの欲目だけでもない。田島もしのーかは満更でもなさそうだし。三橋も時々しのーか相手に赤くなったりしている。
 ああ、ライバルがいっぱいだぁ……。
 阿部は興味なさそうだけど。あいつ、三橋バカだからな。キャッチャーの仕事と三橋のことしか頭にないみたいなんだもん。
 せっかく同じ中学だったというのに、気付いてねぇって言うんだもん、あいつ。
 ひどいよね。しのーかみたいにカワイイ女の子がいるのに気付かなかったなんて。
 それとも、阿部の母校にはカワイイ女の子がゴロゴロしているんだろうか……それはそれでうらやまし……。
 はっ! 何考えているんだオレ!
 今はしのーか一筋なんだからな!
 しのーかが阿部の家を知っていたのは意外だったけど、同中だもんな。そういうこともあるだろ。
 それに、今は野球、野球っと。野球に命かけてんだ、オレ。
 だって、仲間達とするプレイは最高なんだもん。
 オレは鼻歌を歌う。ヘルメットを磨く手にも力がこもる。
 しのーかは、一生懸命サポートしてくれる。それが、嬉しくて。
 だからオレ、しのーか大好きなんだ。
 あっ、言っちゃった。照れ照れ。
「水谷君、嬉しそうだね」
 しのーかの言葉にオレは、
「うん!」
 と頷いた。
「しのーかは?」
「私も楽しいよー」
「そっか。気が合うな。オレ達」
 一瞬の、間――。
 そして、オレとしのーかは顔を見合わせてへらっと笑う。
 うーむ。会話が続かないのが残念だなぁ。でも、一生懸命話題を探す。
 あっ、そうだ。
「しのーかって、本当に野球好きだよね」
「好きだよー。私、男だったら絶対野球部でプレイしてたよー」
 しのーかが女の子で良かった。そうじゃなかったら、オレ、惚れることできないもん。
「でも、みんなの夢のサポートできるのも楽しいんだ」
 そう言って、しのーかはきらきら笑う。
 汗臭い男だらけの野球部では、しのーかみたいな女の子は、別世界から来た天使に見える。女の子らしい何ともいえない匂いがするし。
 しのーかは。ほんと、きらっきらしてる。
 オレ、本気で女の子好きになったことないけど……というか、女の子と付き合ったことないけど……。
 しのーかとは、恋人になりたい。
 いいよね、いいよね。ユメ見るくらい。
 オレ達を結び付けてくれた野球に感謝!
 それにしても、しのーかって、好きなヤツいるのかなぁ……。オレだったら嬉しいけど。そんなそぶりないもんなぁ。メゲ。
 阿部だったら、オレ、全力でやめさすけど。
「しのーかはさぁ……どうして西浦入ったの?」
 さりげなく訊いてみる。
 だって、西浦って、去年まで硬式なかったんだよ?! 実績も当然ながらないしさぁ……。
 しのーかだったら、もっと有名な高校に行けたんじゃないかなぁって、そう思ってしまうんだ。
 どうしてこの高校を選んだんだろう。
 三橋といい、阿部といい、どうしてこんなできたばっかの野球部に入ったんだろう。オレも人のこと言えないけど。
 オレはねぇ……何となく面白そうだったから。
 だが、オレが質問した時、しのーかの手がぴたりと止まった。
「……どうして?」
「や。しのーか有能だから、どこの高校でも引く手あまただったんじゃないかなぁ……と」
 それに……そうだ。しのーかソフトボールやってたって言ってたもんな。なんか、結構強かったって言うけど……どうしてやめちゃったんだろう。
「私、マネージャーだもん。マネージャーまで他校から引っ張って行こうとする高校なんてないよー」
 ま、そりゃそうなんだけどさ。
「それに、私、西浦のみんなが好き。だから、ここのマネージャーになれて幸せ」
 みんな……か。オレは、『みんな』の一部でしかないんだよなぁ。嬉しいと同時に、少しがっかり。
 でも、今チャンスだよな。しのーかと二人きりでさ。このピュアハート、打ち明けるにはいいチャンスだ。
「しのーか……オレ……」
「やっほー。しのーか。水谷」
 田島の声だ。今日も告白できなかった……あーあ。

後書き
がんばれ! 水谷!
なお、タイトルは『しのーかの恋』と似ています。
それしか思い浮かばなかった……。
2011.6.4

BACK/HOME