甲子園へ行こう! 「甲子園行こうぜ!」 それが西浦ーぜの目標だ。だから、辛い練習にも耐えられる。 甲子園――夢があるから、がんばれる。 しのーかもモモカンもめいっぱい協力してくれる。 「オレなぁ……おまえはバカだと思ってたけど」 花井が田島の顔を見て言う。 「でも、届かない願いじゃないんだって、思えるようになったよ」 花井と田島は、がしっと腕を組み合わせた。 「甲子園へ行こう!」 夕陽の中で、二人は希望を確かめ合った。 阿部は怪我で休場だ。 そのことを、本人が一番悔しがっていた。 (三橋に、三年間怪我しねぇって、言ったのになぁ……) ほんと、だから野球はおっかない。思いもよらない怪我もする可能性があるから。 阿部はだらだらと過ごしていた。 甲子園へ行く……三橋と……花井と……田島と……クソレの水谷はどうなるかなぁ。 西広も力をつけてきてるっていうし、水谷レギュラー落ちするかもなぁ……。 まぁ、めげないのが取り柄の奴だから心配ねぇけど。 今、試合を休んでいるのも、将来甲子園に行く為。 「甲子園……行こう」 阿部はぎゅっと拳を握り、決意を新たにした。 「オレ、レギュラー落ちするかもだよなぁ……」 翌日の昼休みだ。 いつも元気な水谷が今日は沈んでいる。 「弱気になることねぇじゃん」 田島がパンをわさわさと食べながら話す。 「おまえがレギュラー落ちしても、オレらが必ず甲子園に連れて行ってやっから」 「フォローになってねぇよ、それ……」 水谷がますます落ち込む。 「だいじょうぶ、だよ」 三橋が喋った。 「何が?」 「水谷くんも、ちゃんと、メンバー、だよ」 「レギュラー落ちしてもか?」 「何かレギュラー落ち確定みたいなこと言ってっけど」 「だって……西広、今すごく伸びてんだもん」 「モモカンの指導がいいからな」 「オレ、絶対レギュラーの座は死守する!」 「おう、がんばれ!」 田島がばんばんと屈み気味の水谷の背中をばんばんと叩く。 「田島、くん」 「何だ? 三橋」 「あ、あのね……」 「ん?」 「甲子園、行こうね。皆で」 「あったりまえじゃん」 田島は親指をびっと立てた。 彼ら西浦ーぜの願いはひとつ。 甲子園へ行こう! 「絶対楽しいぜ! 甲子園!」 着替えながら田島が言う。もう部活の時間だ。 「俺達、ゲンミツにがんばろうな!」 「う、うん」 三橋が田島の迫力に押されている。 「おーおー。馬鹿は元気でいいな」 「花井ー。三橋に失礼だろ」 「おまえのことだよ。……と言っても、言うだけムダか」 花井がはーっと大きな溜息をついた。 「何だよ、キャプテン。元気出せ!」 「おまえが疲れさせてんだよ」 花井が憎まれ口を叩いたが、田島は動じない。 慣れているし、もともと打たれ強いからだ。 それに――共通の目標がある。 甲子園へ行こう! 「ふぅ。マネージャーはしんどいなぁ」 しのーかは台詞の割にはどこか満足げに呟いた。 夢のお手伝いをさせてもらっているのだから。球児達の。 (阿部君、早くよくならないかな) 阿部の顔を思い出して、しのーかはぶんぶんと首を振った。 (今は……それどころじゃないもんね) しのーかは阿部に恋をしている。だが、今は片思いだ。 阿部君かっこいいもんね。もう彼女とかできたかな。それどころじゃないかな。 しのーかは、片恋でもいいと思っていた。 少しでも、役に立てるなら。 そして、二年か三年か――いつか全員で。 甲子園へ行こう! 今回も勝利はもらう――西浦高校野球部が。 モモカンは考えていた。 だが、それ以外の問題ももちろん山積である。 あの子達が卒業しても――充実した人生が送れるように。 たとえ挫折したとしても、乗り越えることができるように。 その為には、まず力をつけさせなきゃ。精神的にも、体力的にも。 みんなはそれぞれがんばっている。まだまだ足りないけど、足りなければ増やせばいい。 この間の夏大で桐青を破ったのだ。夢物語では決してない。 みんなそれぞれに必死よ――がんばって! 野球を通して、人間的にも強くなることができるなら、モモカンには他に言うことはない。 三橋君……。 そう。ただ、あのピッチャーの少年だけが気がかりだ。彼にあるのは投げることへの情熱だけ。それでも努力しているんだから、大したものだけれど。 人生は長いのよ――あの子にも、何か他にも目標ができるといいんだけど。 たとえば、プロ野球の選手――は無理か。今のままでは。 能力はあっても、思いがそれに追いつかない。 甲子園に行ったら、変わるかしら。だとしたら、私は精いっぱい彼らの能力を引き出すよう、知恵を絞ろう。 野球は一番ルールの難しいゲーム。だけど、だからこそ楽しさもいっぱい詰まっている。 さあ、みんな! 甲子園へ行こう! 後書き 短編集です。 一応時系列とかには気を配ったつもりですが。 まず最初に『甲子園へ行こう』というフレーズが頭に浮かんだのです。 後は、急坂下りでした。 2011.3.11 |