榛名とカグヤン2

 俺は加具山直人。武蔵野第一のピッチャー。三年。
 そして――
「カーグヤン♪」
 こいつが後輩でもう一人のピッチャー、榛名元希、二年。
 まぁ、実際にはこいつの方がピッチャーとして優れているわけだが(ノーコンだけど)。
 こいつ、80球しか投げねぇもんなぁ……。おかげで俺は三回まで全力投球できるわけだが。
 どうやらプロを目指しているらしいが……榛名だったらなれるかもしれない。
「ひっつくな、暑苦しい」
「えー、いいじゃん。俺とカグヤンの仲なんだし」
「……秋丸が泣くぞ」
「えー。何で秋丸が泣くんすか?」
 さっぱりわからないといった態で榛名は首を傾げる。秋丸も不憫な奴だな……。
「あ、俺のことは気にしないでください」
 秋丸が言う。いい奴だ。頭も良いし、回転も早いし。
 そういえばこいつも二年だったな……。
 秋丸は榛名の子分だ。誰が見てもそう思うだろうし、本人もそう言っている。
 不満はねぇのかなぁ。それで。
 だって、榛名だぞ! キング・オブ・俺様な奴だぞ!
 よくついていってるなぁ……秋丸は。感心するぜ。
 まぁ、榛名は俺の恩人でもあるわけだからな。こいつのおかげで武蔵野第一は生まれ変わったわけだし。
「カグヤン。今日家に行ってもいいすか?」
 榛名が子犬のように目をきらきらさせながら訊く。
「ん……まぁ、いいけど」
「よっしゃー」
 榛名がガッツポーズをする。
 そんなにいいのか? 試合よりも?
 俺の家に来てすることは決まっている。
 そんな風に喜ばれたら、俺としても嬉しくないわけではない。
 だが、こいつには――。
「タカヤはどうした」
「ああ、タカヤっすか」
 榛名がちょっと顔を曇らせる。悪かったかな。この話題。
 俺が後悔していると、榛名がにいっと笑った。
「気になります?」
「アホ」
 俺は毒づいてみせたが、本当は気になっていた。
 榛名が俺を好きな理由。それは――
 俺が中学時代のタカヤに似てるから。
 俺はそいつの代わりなんだ。不憫なのは、秋丸ばかりではないな。
「んじゃー、今日がんばりますんで」
 何をがんばるのか。練習か。それとも――。
 俺は顔が熱くなるのを感じた。
 タカヤの代わりでもいい。俺は――榛名が好きだ。
 榛名に――抱かれるのも。
「ああ、そうだ。俺――」
 榛名がケータイを出した。何をしようというのだろう。
「タカヤの名前消しますね」
 はあ?
 タカヤの番号を消す?
 あんなに恋焦がれていたタカヤの番号を?
 榛名はそんな俺の驚きをよそに、ケータイに指を走らせる。
「――これでよし、と」
 榛名はどこか満足そうだ。
「いいのかよ。それで……」
「いいんすよ。どうせメール送っても返ってこないし」
「そうか……」
「どうして先輩がそこでしょげかえるんすか?」
 おっ。こいつが俺のこと先輩って呼ぶの、久々な気がする。それだけ真剣でもあるんだな。
「だって、タカヤって大事な奴だろ? それを――」
「うん。タカヤは大事だよ。シニア時代俺を支え続けてくれたキャッチャーでもあるし。でも」
 榛名は屈み込んで俺の唇にキスを落とした。
「俺、タカヤより大事なものができたっすから」
 ここは、喜んでいい場面なのか? タカヤより大事なものって、俺?
 頭がぐるぐるする。思考回路がついていかない。
 だって、榛名はルックスもいいし、女子の評判も上々だ。
 なのに、何故、俺?
 こんないがぐりちびで冴えない男――自分で言ってて涙が出て来た。
「先輩。大丈夫っすか?」
「ばかやろ……大丈夫だよ」
「良かった」
 榛名は、いいヤツだ。
 そらま、確かに人を見下しているようなところもあるけど……。
 そんな榛名が俺は好きだ。俺も病気かもしれん。
 タカヤが榛名を嫌ったのもわかる気もするけど――こいつは俺には大事な基本の基本を教えてくれたから。
 好きな野球の基本の基本。
 俺がまだ野球を続けていられるのも、こいつのおかげだ。
「カグヤン……すっげ可愛い」
 あっ、呼び名が『カグヤン』に変わった。
 畜生。おまえはかっこいいよ。
「俺はどうせチビだよ。もう背丈伸びねぇよ」
「そんなつもりで言ったんじゃないすよ」
「おまえは育ったよな」
 榛名の身長は180センチを超えた。
 豪速球も投げれるし、高校卒業したらプロでも通用できるかもしれない。
 そんなヤツが武蔵野第一に来た。最初はすげぇ浮いてるって思った。
 でも、違う。
 こいつのおかげで、武蔵野第一は変わった。もしかしたら甲子園目指せるかも――そんなチームに変えたのは、榛名の努力だった。
 まぁ、準決まで行ければ恩の字だって、俺はまだ思ってるがな。榛名一人で野球ができるわけじゃないし。
 俺はネガティブなのかもしれない。
「カグヤン、どうかしたんすか? 今度はぼーっとしたりして。何か言いたいことでもあるんすか?」
「おまえの、おかげだよ」
「は?」
「おまえが武蔵野第一を変えたって言いたかったんだよ!」
「あ、そりゃどうも」
 榛名は特に嬉しそうでもなく、簡単に頭を下げた。
「でも、みんなのがんばりがあったからっすよ。カグヤンもがんばってるし」
 どきん、と心臓が跳ね上がった。
「じゃ、ミーティング終わったら楽しみにしていてくださいよ」
 そう言い残して、榛名は去った。
 俺はどうやら、この年下の男の恋人――らしい。

後書き
なんて安直なタイトルなんだ……(笑)。
榛名はもっとかっこいいはずなのに、私が書くとどうしてこうなってしまうのでしょうね(汗)。

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