恋の清涼飲料

オレが野球部の道具置き場に行くと、マネージャーのしのーかがヘルメットをきゅっきゅっと磨いていた。
なんだか熱中しているようなので、しばらく声かけらんなかったんだよね。
なんか言おうとした先に、向こうが気づいてくれた。
「あ、水谷君。今日は早いんだね」
水谷とはオレのことだ。
下の名前は文貴。
水谷文貴。
いい名前だろう。
「あー、うん、あははは」
何か言おうとしても、言葉が出てこない。
もし言ったとしても、
「ヘルメット、磨いてんの?」
というつまらないことだけ。
不器用だ。
不器用なんだな、オレ。
「うん、そうだよー」
しのーかが笑顔を向けてくれる。
そのキュートさに、オレは何度いやされたか。
しのーかが、オレのつまんなさに呆れないといいのだけど。
「そんなの、自分でやらせればいいじゃん」
あ、オレってば……。
自分で言ってて、アホらしさの二乗……。
「うん。でも、たまにはこういうの、やってみたかったの」
迷惑だった?と首を傾げるしのーかに、オレはぶんぶんと手を横に振る。
「勝手にやってたんだけど……イヤだった?」
と、しのーか。
「いや、いいんだよ」
ええ子やなぁー、ほんとにええ子や。
「今日暑いね」
「うん。喉乾いてきちゃったよ」
オレがはたはたと襟から風を送ろうとする。
「じゃあ待ってて。今ポカリ持ってくるから」
「ええっ?!わるいなあ」
「遠慮しなくていいよ」
「そう?じゃ、オレが代わりにそれ拭いとく。サンキュー、しのーか」
少し待つ間、オレは約束通り、ヘルメットをタオルでこする。
「お待たせー」
しのーかが戻ってきた。
「水谷君、ありがとう」
「いや、オレ達が使う道具だからさ」
なははは、とオレは笑う。
「じゃ、お礼代わりに、はいこれ」
しのーかから、清涼飲料の入ったコップを受け取ろうとする。
その途端、しのーかの手に手が触れた。
オレは……びっくりして手を離した。
紙コップが地面に落ちた。
「あっ、あーっ!」
オレは悲鳴を上げた。
せっかくしのーかが入れてくれた飲み物なのに……。
いくら動揺してたとはいえ。
ここはちょうど野外で、土が水分を吸うから、雑巾で拭いたりする手間はないにしても……。
「ごめん」
「ううん。水谷君はわるくないから、謝らないで。もう一回持ってくる。あ、そうそう。これ捨てるね」
土のついたカップをゴミ箱に入れ、しのーかは走っていく。
その後ろ姿を、オレは見るともなく見ていた。
しのーかって、可愛いよなぁ……。
傍らにある野球道具の存在も忘れ、オレは幸せな気持ちで立ち尽くしていた。
もう、この手は一生洗わないッ!
というのはジョークだけど。
第一、ほんとに手を洗わなかったら、野球の練習とかで汗べとべとになってしまい……そのままにしておくと、しのーかにも「不潔ッ!」って嫌われたりして……。
うわ、それはイヤだ!
「水谷君」
しのーかは、今度はコップを二つ持ってきた。
「はい」
そのうちのひとつをこっちに渡してくれた。
「私も喉が乾いたから、お相伴」
そう言って、しのーかはスマイル。
オレは、ぼーっとしかけた。
「今日はポカリも売れると思うんだけどね。ほんとは選手用なんだけれど。私が飲んだこと、みんなには内緒にしてね」
しのーかがコップに口をつける。
そんなこと内緒にしなくてもいいと思うのにな。
でも、二人だけの秘密か。
わるくないな。
今日の日記には、このこと書いておこう。
タイトルは、『恋の清涼飲料』か、『恋の清涼飲料水』か。
こんなささいなことにここまで乙女ちっくになれるなんてなー、オレってば。
でも、乙女ちっく嫌いじゃないもん!
それに、野球に関しては硬派だぜ、オレ。
ポカリの氷で冷やした冷たさ、そして甘さは、舌にも喉にも快い。
旨いなぁ……。
底の方に少し余った液体を目にし、惜しみながらそれを飲み干そうとした時だった。
「おーっす」
「こ……こんにちは」
田島と三橋だ。
「あー、しのーかと水谷なんか飲んでる!」
田島がオレらを指差す。
「ポカリだよ」
オレが言う。
「おー、じゃあ、オレ達も飲んできていい?」
「いいよー」
しのーかが答える。
「やった!行こうぜ、三橋!」
「う……うん」
田島と三橋が駆け出す。
あの二人は、妙に仲がいい。
「見つかっちゃった、ね」
オレはしのーかに話しかける。
「うん……」
しのーかは、ちょっとバツがわるそうだ。
照れているようにも見える。
そんなところも可愛いな……。
空になったしのーかの紙コップもくずかご行きとなった。
もったいない。
別になんかしようと思ったわけではないけど……か、間接キスとか……。
うわー、いくらオレでも、これは恥ずかしい!
キスするんだったら直接がいい。
清涼飲料水の味のしのーかの唇……うわわわわっ!
なに考えてるんだオレっ!
でも前に聞いたことがあるんだ。
田島が三橋に言ってたこと。
「しのーかは阿部が好きなんだぜ」
って……。
オレが聞いてたことは知らなかったのかもしれないけど。
もしそれが事実なら……阿部め許さん!
オレをクソレ呼ばわりしたあげく、しのーかまで取るなんて!
おまえには三橋がいるから充分だろっ!
待っててよ、しのーか。
オレ、いつか勇気を出して告白するから。
阿部に負けない男になって。
ずっと前から好きでした……って。
だからそれまでは……オレ達の、いや、オレのアイドルでいてほしいな。
オレは恋の味のする清涼飲料を自分の口の中にぶちまけた。

後書き
乙女ちっくを目指しましたが、なんだか違うものになってしまいました(汗)。

がんばれ文貴!
道具置き場とか、くずかごの位置は、適当です。というか、ほとんど捏造。
2010.9.17

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