Sunny Day Sunday 西浦高校野球部―― 彼らには、日曜日などない。 練習、練習、また練習。 それでも、彼らの顔は輝いていた。 「ねー、花井ー。おまえ、この間の目標なんて書いた―?」 田島が訊く。 「……んなもん、人に話すことじゃねーだろ」 「ええ? そうかぁ?」 「そうだよ」 「モモカン達には知られてるだろ? なら、いいじゃん」 それはそうなのだが、花井には、羞恥心がある。それに、目標でも田島を超えられなかったら、落ち込む気がする。気にするな、と言われたらそれまでだが。 だが、そんな花井の逡巡を田島はあっさり打ち消した。 「オレねー、200才までプレイするって書いたよ」 200才……。 「アホ。そんなに生きられるか」 「なんだよー! わかんねぇじゃねぇか!」 花井は、ばかばかしくなって笑った。 田島ならもしかしたら……と思わせるところが少しコワいが。 確かに将来のことはわからない。 田島は花井の不安を吹き飛ばす。いつだってそうだった。 「そういう花井はどうなんだよ」 「え? オレ?」 「そう。オレだけいいっぱなんてさせないぞ」 田島はにかっと笑った。 「そうだな……オレは……野球で飯を食っていきたい。そして大金持ちになる」 「なぁんだ。花井もでかい目標持ってんじゃん」 田島はバンバンと花井の背を叩く。 「いて、いて。おまえは馬鹿力なんだから」 「ああごめん」 そこへ、三橋が通りかかった。 「おーい、三橋。夢のような目標、なんて書いた?」 「う、え……?」 三橋は急に話しかけられて戸惑ったようだった。 「こ、甲子園優勝だけど……」 「ばっか。それはチームの目標だろ? 個人的な夢ってねーの? 三橋には」 田島に言われ、三橋は困ったような顔をした。 「個人的な夢って……わ、わかんない……」 「オレねー、200才までプレイするんだ」 「へぇー。た、田島くんならできるよ。きっと」 「おう!」 できるわけねーだろ、アホ。 花井はそう言いたかったが、やっぱり田島ならどうなるか……見当もつかない。本気で200才まで野球しているかもしれない。 「んで、三橋は?」 「お……オレ……考えたことなかったから……か、書けなかった……」 「それって今でも?」 「うん……」 「ふーん……」 田島は何か考え込んでいたようだったが、やがて言った。 「三橋……走るぞ!」 「う……うん」 「モモカン、三橋お借りしまっす」 田島が西浦の女監督に言った。 「三十分したら戻ってくるんだよ」 「あーっす!」 田島と三橋は走った。 「ど……どこ行くの? 田島君」 「いいからいいから」 田島の案内に三橋はついていった。というか、そうするしか方法はなかった。 「おー。ここ、ここ」 丘の上から見える街に虹がかかっている。少し前まで降っていた雨のおかげで、虹が出ていたのだ。 「オレ達ラッキー! 虹まで見られるなんて!」 「え……あ……綺麗、だね」 「ここがオレのお気に入りの場所。見晴らしいいだろ」 田島が言った。 「オレ、何かあるとここに来るんだよ……悩んだ時とか、くさくさした時とかにさ。今はそんな時間もあまりないけど。多分、それっていいことだと思う」 「で、でも、田島君は、どうしてオレをこの場所に……?」 「わかってほしかった、からかな?」 「な……何を?」 「オレ達さぁ……野球の為に一生懸命やってるだろ? でもさぁ、この街に住んでいる人、野球だけじゃないんだな。――そう思うと、なんか、元気出る。目の前が開けてくるよ。みんなゲンミツに生きてんだなって」 「田島君……」 相変わらず、ゲンミツの意味が違う――しかし、それを指摘する余裕は、今の三橋にはなかった。 「三橋。おまえ、人生の目標、ねぇよな」 「え? あ……ない……」 「オレ達、野球命だけど、人生にはいろいろあるんだぜ、きっと」 「う……うん……」 「それでも、オレ達は野球が好きだ。それだけは嘘じゃないだろ?」 「うん……」 「夢というのも、自分の『これだけは!』というの見つけるのに必要じゃねぇかな。オレは、もうずっと野球をやっていくつもりでいるけど。学校では勉強とか試験とかもあるだろ? イヤだけどさ。ま、それも夢を叶えるのにあった方がいいし。メジャーリーガーになったら英語も必要だよな?」 「田島君……田島君は、メジャーリーガーになるの?」 「なる! もう決めてるもん!」 三橋には、田島が大きく見えた。 (田島君は……ちゃんと、考えている……) 「オレ……オレも、野球が好きだ! 投げるのが好きだ!」 三橋はおろおろしながらも、田島に向かって表明した。 「よし! 三橋! おまえの夢、決まったな」 「え……?」 「おまえは一生投げ続ける!」 (一生投げ続ける……) そう。オレは、一生エースでいたい。 それから……三橋の頭に、ある一人の人物の姿が浮かんだ。 (阿部君と、一生投げ続ける……というのはダメかな) 阿部と、ずっと一緒にいたい。 「オレ、今のチーム好きだぜ。んでもって、三橋も好きだし――あ、変な意味じゃないぞ。オレ、今、毎日楽しくてしょうがないんだ。みんなで野球の練習いっぱいできてさ。張り合いあるよ」 田島は嬉しそうに白い歯を見せた。 三橋はこくこくと頷いた。田島も、阿部も、そして三橋も他のみんなも、いい意味で野球馬鹿だ。 オレの夢は、阿部君とバッテリーで居続けること。 (でも、あの紙に書くことはできない……) この気持ちは一生誰にも言わないと――もちろん阿部にも――その時の三橋は思った。 他の誰かと組んでもいいけど、基本は阿部とだ。 もちろん、阿部の自由意志もあるであろう。 だから、自分一人の秘密にする。ずっとこの先も。 三橋は知らなかった。阿部も同じようなことを考えるようになるとは。 「さ、行こうぜ。モモカンが待ってる。――雨もあがったし、これから暑くなるかもな」 田島が駆け出し始めた。三橋もそれを追う。 田島は大声で、大ナワトビの時のBGM、昔流行ったセンチメンタル・バスの『Sunny Day Sunday』を歌っていた。 後書き やっぱり田島様出張ってますね。 彼、途中で「オレにまかせろ!」と言ってきたので、その通りにしたら、ご覧の通りです。 ところどころ直しましたがね。 ラストがなんかどっかで見たような……。気のせい気のせい。気のせいということにしてください(笑) 2010.8.22 |