初恋は実らないなんて言わせない 「あ、あ~あ」 オレは大きく伸びをした。 疲れた……でも、ここでへたばるわけにはいかない。 チームで掲げた目標は、『甲子園優勝』なのだから。 それに、充実感もめいっぱいある。 「花井君」 「あ、監督」 モモカンだ。 「どう? 調子は」 「いや……いいっすけど……」 西浦高校野球部の主将として、弱音を吐くわけにはいかない。 それに――モモカンの手前、そんなこと言いたくない。 「ふふっ、本当に調子がいいなら、もっと元気な顔するもんだよ、花井君」 オレがちょっとバテ気味なの、バレただろうか。 「大丈夫っすよ。ちょっと深呼吸してただけですから」 「うんうん」 モモカンは満足そうに笑った。俺はちょっとどきっとした。 若い、女の監督。美人で胸もでかい。それに――優しい。練習は鬼みたいだけど。 けれど、それも自分達で決めた目標なのだ。モモカンも必死でしごいてくれる。 甲子園優勝に向けて。 「疲れた時がチャンスだよ!」 「あす!」 甲子園に行く為には、そして田島に打ち勝つ為には、なりふり構っていられない。 モモカン、いつか言っていた。 「『なら、オレが4番を打つ』と言うのかと思った」 って―― オレは――自分が4番を打つことを心のどこかで諦めていた。 4番には、田島がいるから――。 ああ、でも、なっさけねぇなぁ。今考えると。オレ、自分を田島より下に置いてるじゃねぇか! そんなんじゃ、主将の名が泣く。 田島を超えねぇと! パンっと両の手の平で顔を叩いた。 もう、何でもやったる! モモカンは、人を乗せるのが上手い。 (看護師の学校出てるって言ったよなぁ……) お袋は、あんな看護師だったら天国のような地獄のような、て言ってたけど、その通りかもなぁ。 もしモモカンに診てもらったら、患者はもれなく健康を回復しようと発奮するだろう。 今の、オレ達のように――。 (23か……) 若いんだな。オレ達よりたった7つ差。 いや、たったではないかもしれないけど。結構大きいかもしれんぞ。この差。 でも、オレは何でもやるって決めたから――。 どんな夢みたいなことでも、着実に一歩一歩進めば、勝利を得られるって希望が湧いてきたから。 (阿部は、どんな気持ちでいるだろうな。今頃) 西浦ナインが固まってきているってのに、それを脇で見なきゃならないのか……阿部はキャッチャーだから、復帰したら試合には出られるだろうけど。 さぞ臍を噛んでいるだろうな。 早く治れよ。 オレは、この場にいない阿部に念を飛ばした。 モモカンのおかげで、オレ達には張り合いができた。 負けたからって、うじうじすることがなくなった。ってーか、そんな暇はっきり言ってねぇ。 それは、オレ達には好機だった。 ピンチチャンスという言葉があるそうだ。今のオレ達、正にそれ。 敗退をばねにして、一緒に強くなろうという機運が出てきている。いい傾向だ。 それに――モモカンも若いけど、オレ達はもっと若い。 いつでもやり直すことができるんだ。 もっと前へ。もっと強く。 オレには、田島がいて、幸せだ。目標がちゃんと見える。モモカンに言われるまでもない。 そしてモモカン。 あー、これどうしよ。言った方がいいのかなぁ。その方が清々するかな。よし、言おう。 オレは、モモカンが好きだ。 可愛い女の子にドキドキすることはあったけど、こんなにマジになれたのは、初めて。 これが初恋ってやつか? まぁ、モモカン、モテるだろうし、今のオレなんか相手にしてはもらえねぇかもしれないけど。 今の時点では、それで、いい。 いつか――甲子園で優勝したら、満場の前でプロポーズ。 ……うわっ。意識したら、顔が熱を帯びて来た。 だいたいそんな上手く行くわけないだろ! でも、夢だよなぁ……あの紙には書けないことだけど。 それよりまずは新人戦に向けてがんばらねば。 モモカンに釣り合うような、男にならなければ。 競争率激しそうだもんな。モモカンは。 野球やって良かった。モモカンや、田島や、今のチームメイトに出会えたのだから。 (あの時、短気起こして帰っていたらと思うと……) オレは怖くなってふるっと首を振った。 だから、三本勝負を申し出た阿部に、まんなか投げた三橋に感謝しなければ。 あいつらがいなければ、今のオレはない。 平凡な高校生活を送って、平凡に大学行って、つまりはまぁ平凡な暮らしをしていたに違いない。 このまま平凡に年を取って――それもひとつの生き方だ。 だけど。 オレは、いや、オレ達は、完全燃焼に向けて努力する生き方を選んでしまった。 楽しいばかりではない。辛い時も、苦しい時もある。 仲間達がいたからこそできることだ。 モモカン……。 よくオレをキャプテンに抜擢してくれたと思うよ。 オレ、アンタの為に、西浦高校野球部主将としてがんばるよ。 「オレは西浦で野球部やってんだぞ」 と、将来後輩(多分来ると思う)が、自慢できるように。 何より、オレが、キャプテンとして胸張って生きれるように――。 力いっぱい練習に励む。 応援団の人達も協力的だし。浜田さんは時折ジョークを飛ばしてブーイングにさらされてるけど、それが結構いいガス抜きになったりするんだよなぁ。 オレ達は、本当に人に恵まれている。 これで勝たなきゃ男がすたる。 泉も、沖も、巣山も、水谷も、西広も、栄口も、そして、もちろん三橋も、言えばわかってくれるだろう。阿部は……よくわからんが、怪我を治すことに専念して欲しいと思う。 三橋と阿部が揃ってこその西浦バッテリーなんだから。 それから――田島。 オマエはよくできる。でも、だからこそ、オレはオマエを超える。 あれ? こんなこと、昨日までは思いもしなかった。 けれど、さっきも思った。確か、田島を超えねぇと――と。 一日一日、成長してるんだな。オレ。田島を好敵手と見定めて。 田島に負けてるようじゃ、モモカンに告白しても断られるだけだ。 初恋は実らないなんて言わせない! オレはそれを証明してみせる! 今はそれを書けないけれど。目標はでかい方がいいもんな。やる気も出て来たし。さぁ、これから大ナワトビだ! たとえこの恋が成就しなくても――いや、絶対叶えてみせる! オレの初恋! 後書き 花モモです。花井、青春だねぃ。 花井の性格が途中から変わっているような気がしますが(汗)。 2010.8.17 |