長い髪が風に靡く。
 あたしはある男とこのグラウンドで待ち合わせしていた。
 浜田良郎。
 あたしの世界で一番嫌いな奴である。

世界で一番気になるアイツ

「よお。久しぶりだな、越智」
 浜田が来た。
 前より少し背が高くなったみたい。
 美形ではないが、そうひどい顔というわけでもない。だが、いつもへらへらしている。
 気に食わない。
 きっと、独り暮らしなことをいいことに、女の子を連れ込んでるんだわ。不潔。大っきらい。
 応援団とか勝手に作って、チアガールも集めているのだって――なんか良からぬ企みがあるのに違いないわ。
 許せない。
 ダンス部の責任者として、断固阻止しなきゃ。
「何? 話って」
 なんでそんなにへらへら笑ってんのよ。私の前で。 
「アンタねぇ……チアガール募集すんのやめてちょうだい?」
「え? 迷惑?」
「あたしはアンタより一学年上なんだから、敬語使う!」
「あー、ごめん。つい、昔のノリで」
 そう。浜田は一年の頃からから性格は全然変わっていない。そりゃ、外見は少し大人びてはいても。
 大体、不真面目なのよ。バイトして学費稼いでるからって、なんで留年するのよ。
 ああ、こいつ、馬鹿なんだ。本当に、あったま悪いのね。
「んで、越智先輩、用ってなんすか?」
『越智先輩』ときたか。こいつが言うと、質の悪い冗談のように聞こえる。
「あー、もう、いいわよ、越智で。用ってのは、さっき言ったでしょ? チアを募集するのやめてって」
「ああ、それはできないよ」
 浜田はあっさり答えた。
「俺達にも、チアは必要だから」
「そんなこと言って、女の子ひっかけてんじゃないの?」
「えー、オレ、オマエにそんな風に見られてんの。まだ。越智って、前から変わってねぇなぁ」
 変わってなくて悪かったわね。
 ついでに言うと、アンタのやることなすことが気に食わない。
「今のチアガール達は、自主的に集まって来てる子ばかりなんだぜ」
 それは、応援団長、浜田の本性を知らないからだ。
「やめろなんて言えない」
 浜田はマジな顔をする。
 よしてよ。アンタには似合わないわ。
「それに、あの感動を分かち合うことができたら、越智だってきっと納得すると思う」
「アンタ、野球部の応援やってるんだよね」
「うん」
「でも、野球部負けたんだよね」
「あー、でも、それは次があるさ。今のメンバー全員一年だし」
 アンタだって一年だしね。
 あたしの想いが毒をはらむ。
「アンタが応援したから負けたんじゃないの?」
「そんなことない! とは、思いたい、けど――」
 浜田があらぬ方に目を遣る。何を考えているのだろう。
「最近、チアの練習したいって子が多いのよ」
「えっ?! ほんと?!」
 浜田の顔がぱっと輝いた。
「嬉しそうね」
「嬉しいよ。感動を共有できる人が増えるんだからさ」
 へぇ。『共有』の意味はわかってるようね。
「越智もさ、反発ばっかりしてないで、チアやってみたら?」
「冗談! これでも日に焼けないように気をつけているんだからね!」
「へぇー、だから、越智って色白いんだな。でも、日に焼けた越智ってのも、見てみたいかも」
「何それ。口説いてるつもり?」
「あ、あ……そ、そんなつもりじゃ……」
 浜田が決まり悪そうに目を逸らす。
「ていうか、越智って美人だからさ、言われ慣れてるだろ、こんなこと……って、あーっ! オレのバカ! これじゃやっぱり口説いてると思われるのもムリねぇよな。すまん、越智」
 なんで謝んのよ。あたしは苛々してきた。
 確かに自慢じゃないけど、『美人だね』とはよく言われる。実際街でもよく声をかけられるし。生まれつきだけでなく努力の賜物でもある。でも、浜田に口にされるとなんかむかつく。
「みんなアンタみたいな不良ばかしじゃないわよ」
「え? なんで、オレが不良なの?」
「不良じゃない。髪染めたりして」
「越智だって染めてんじゃん」
「これは地毛よ!」
「へぇー、それ、地毛か。道理で綺麗だと思った……!」
「バカにしないで!」
 あたしはぴしゃりと叩きつけた。
「もうアンタにはこれ以上関わっていたくない! チア募集はやめること、いいわね!」
「あ……越智……」
 浜田は慌てたようだったが、あたしは浜田を残して、ダンス部の部室(共同だけど)に帰ろうとした。
「オレはやめないからなー!」
 そんな浜田の声を背中に受け止めて。
 部室には友利が来ていた。
「ゆーりん!」
「――どうしたのよちょっと。アンタ何怒ってんの?」
「え? あたし、怒ってる?」
「怒ってる顔よぉ」
「――参ったわね……」
「何があったのぉ?」
「――浜田と話してた」
 途端、友利はくすくす笑い出した。
「なんで笑うのよ!」
「だって、アンタって、相変わらずなんだもの」
 そしてまた、くすくす笑い。
「何がそんなにおかしいのよ、もう」
「ああ、ごめんごめん。浜田とどんな話したの?」
「あのねぇ、ゆーりん。アイツあたしを口説こうとしたのよ」
「そんなの、いつものことじゃない。アンタ美人なんだからさ」
 それは、自覚している。
「でも、浜田に言われるのは、イヤなの!」
「浜田くんに他意はないと思うけどねぇ……やっぱりアンタ、浜田くんのことが好きなのよ」
 ――え?
 ゆーりん、今、なんつった?
 あたしが、浜田のことを好き?
「ど、どうして、どこからそんな発想が?!」
「アンタとは長い付き合いだからねぇ。それを別にしても、みんな知ってると思うよ」
 そ、そんな……あたしが浜田のこと好きだなんて……。
 あたしは、深く息を吸って、吐いた。要は深呼吸だ。
「アンタってさ。恋したことないでしょ。――こっちおいで」
 あたしは、友利に誘われて、彼女に膝枕してもらった。友利の腿の柔らかさを堪能する。猫だったらゴロゴロと喉を鳴らしているところだ。
 そう言えば……あたし、恋らしい恋したことないかもなぁ。いっつも恋される方だったし。結構モテるし。
 あ、だからって、恋した相手が浜田っていうのが腑に落ちたわけじゃないのよ。あれは友利の誤解。
「あたしにもさ……どうしても『ウマが合わないな、こいつとは』という奴がいたのよ。もちろん男。だから、悪口言ったり、いろいろ嫌がらせしたよ」
 え? 友利が?
 そんな話、初めて聞いた。ダンス部でも、後輩から「優しくてキレイ」と言われてる彼女なのよ。それが、嫌がらせだなんて……。想像もつきゃしない。友利も、それがいつの時代のことだったかは話さなかった。
「でもね、あいつがいなくなった時、気付いたんだ……あたしはあいつが好きだったんだなーって。だからさ……」
 友利が頭を撫でてくれる。気持ちいい。
「だから、アンタは後悔しちゃいけないよ」
 アンタハコウカイシチャイケナイ――。
 あたしは友利に髪を梳かれながら、友利のいい匂いに包まれ、うっとりと目を閉じた。

 そして、ある日グラウンドで、あたしは野球部の部員とぶつかった。
 あっちこっちにはねた髪。気の弱そうなおどおどしたところのある表情。だが、そこには、一本の芯が通っているようにも見える。
 この子は――確か三橋廉。西浦野球部のピッチャー。テレビでも観たことある。
「だ、だいじょうぶ、ですか?」
 特徴のある喋り方。友井も小川も、彼の話をよくしている。かなりお気に入りのようだった。
「うん。大丈夫」
 そう。この子には危険な匂いはしない。
 浜田の幼馴染という話をどこかで聞いたことがある。ちょっと質問してみようかしら。
「ねぇ、三橋君」
「え? オレの名前、知ってる?」
「うん。あなたは自分が思っているよりずっと有名なのよ。同クラに浜田っているでしょ?」
「は……ハマちゃん?」
「そ。浜田って、あなたから見てどんな人?」
 三橋君は、あたしの質問が頭脳に染み込むのに時間がかかったらしい。少し間があいてから答えた。
「い、いい人、だよ!」
「それほんと?」
 三橋君は、はっきりと、首を深く縦に振った。
 嘘ではなさそうね――と思ったが、一応訊いてみた。
「浜田、あなたのこといじめたりしない?」
「そ、そんなこと、ぜんぜん、しない、よ!」
 今度は間髪入れず、はっきりとした答えが返ってきた。
「あなたさぁ――あの応援団のこと、どう思ってる? うるさいとは思わない?」
「ううん、みんな、いい、ひと。オレ――いや、オレ達は――」
 三橋君は、今度ははっきりと、茶色の瞳をあたしの顔にひたと向けた。やっぱり、土壇場では強さを表す性格に違いない。そうでないと、あのくせ者揃いと評判の野球部ではやっていかれないのかもしれない。
 ――三橋君でさえ、くせ者の一人に違いない。
「オレ達は、ハマちゃん達、の、おかげで、勝てたんだ」
「でも、結局負けたでしょう」
「それは、オレが、わるいんだ――」
 三橋君はそう言って俯く。これじゃあたしが悪者みたいじゃない。
「もう行くね。ごめんね。引きとめたりして」
「ああ、うん――」
 三橋君は、あたしがどこか他の場所に行くと知って、明らかにほっとしたようだった。
「おーい、三橋ー」
 彼のチームメイトとおぼしき少年が声をかける。三橋君は急いで駆けて行った。
 浜田はやっぱりバカの不良で、どうしようもない奴だという先入観は拭えない。
 けれど、いつもコンプレックスを抱えているようなあんな肝っ玉の小さい三橋君みたいな男の子を救っていたりもしたんだ――。
 あたしは、浜田なんか嫌い。
 いや、今は、嫌い、というより――なんというか――気になる。
 世界で一番気になるアイツ。
 あたしは前より浜田に嫌悪感を持っていないことに気付いた。
 だからと言って、好きでもないんだけど――。
 無性に友利に会いたくなった。友利ならわかってくれるだろう。この気持ち。
 あたしはダンス部の部室へと踵を返した。
 友利は来ているだろうか。

後書き
ハマオチというより、ユリオチ?(笑)。
私にはハマオチのつもりなんですがねぇ……。
ちょっと台詞回しが的確でないところがあったかなぁ……どうしても気に入らなければ、変えるかも。
『世界で一番気になるアイツ』というタイトルは、私が昔考えていた歌から取りました。もうね、歌の才能は全然ないんで。
2010.8.2

BACK/HOME