コミケ珍道中

「あ、阿部君、待った?」
 おお。三橋。私服も可愛いな。
「いや、別に。じゃ、行こうぜ」
 オレ達は連れ立って駅へと向かった。
 せっかく今日はモモカンに無理言って、休ませてもらったんだ。この休暇は有意義に使わないとな。
「おいしい、ラーメン屋が、あるって、ほんと?」
「ああ。そう、本に書いてあったぜ。ちょっと遠いけどな」
 ――そして、オレ達は東京に着いた。
「迷子になるなよ。三橋」
「うん。わかった」
「手、繋ぐか?」
 オレは三橋に手を伸ばす。どさくさに紛れて? ほっとけ。
 確か、有明にあるって言ってたよな。そのラーメン屋。オレは雑誌と首っ引きだ。それでも、三橋の手は離さない。
「阿部君、そろそろ、だよ」
「おっ、悪い」
 オレは答えた。三橋の方がしっかりしてたりして。
 三橋にリードされるなんて、情けねぇな。
「阿部君、なんか、人がいっぱいいるよ」
「ここは東京だから、人がいっぱいいんだよ」
「で、でも、なんか、おかしく、ない?」
「そ、そうかもな」
 オレ達は、人波に圧倒された。
 日頃、あまり味わったことのない不安が、心の中に立ち上ってくる。
 なんか重そうな荷物を持った奴らがいっぱいいんだけど……そんなに魅力があるのか? たかがラーメン屋に? まさかな。
 きっと、泊りがけで来たんだろうな……。
「あの、どこから来たんですか?」
 オレは、人畜無害そうな女の子に声をかけた。
「あの……岩手からです」
 岩手からわざわざ食べに来るほどの味なのか! そのラーメン屋は!
 まぁ、どこかに行ったついでかもしれねぇけどな。
「あの……もしかして阿部君と三橋君ですか?」
 なんだ、この女。オレ達を知ってるのか?
「そうだけど……」
「えーっ?! やっぱりっ! あ、あの、写真撮らせてください!」
「いいけど……」
 急にハイテンションになった女に面食らいながら(もちろん三橋も)、カメラの被写体となった。
「ありがとうございますっ! 一生の思い出にします」
「は、はぁ……」
 オレ達は、岩手から来た女に何度も頭を下げられた。
「ねぇ……阿部君、なんか、変、だね……」
「…………」
 ここは誤魔化すか、それとも、正直に言うか……。
 オレ達は、勘違いしていたらしい。
(どうやらこいつら、別のところへ向かうようだ。三橋、行くぞ)
(う、うん……)
 そこで――さっきの女にがっしり腕を捕まえられた。様子が前とは違う。
「阿部君、三橋君――お礼にコミックマーケット案内しますよ」
 彼女の眼鏡がきらりと光った。
「へ? コミックマーケット?」
 そんなのがあるのは知っていたが――。
「本物の阿部君と三橋君を連れてくれば、みんなきっと喜ぶわね」
「な、何だよ、おまえ……一体おまえ、何者なんだ!」
「ただのおお振りファンでーす。ただし、そこの常連だけど」
 女は、ふふふふふ……と怪しい笑いをした。
「オレ、もう行かないと」
「離して、くれない?」
 オレも三橋も、ちょっとした恐怖に襲われた。
「だめでーす。あなた達がふらふらしてるのが悪いんでーす。でも、意外でした。阿部君達が、野球以外にこんな趣味があったなんて」
 こんな趣味って、何だよ! 『こんな』って!
「今日はとことんつきあってもらいますからねー」
 ああ、今回は厄日だ……。

 オレ達は変な眼鏡女にコミックマーケットの会場に連れて来られた。
「あーっ! 阿部君!」
「三橋君だーっ!!」
 そう言って指差す奴らが、十人や二十人ではきかない。
 オレ達、そんなに有名だったか……? 三橋なら、テレビに出たことあるけど、ローカルな局だからなぁ……。
「阿部君と三橋君は、『おおきく振りかぶって』、知ってますよね?」
「あ? なんだ? それ」
「西浦高校野球部の球児達が活躍する話です」
「あ、オレ、知ってる」
 三橋が手を上げた。大声出すな。人が見るだろ。
「確か、オレ読んだことある。三橋廉って、オレと、そっくりなキャラ」
「違う違う。三橋君本人だよ。あれ」
「え? そ、そうなの?」
「そうそ。ピッチャーの『三橋廉』が主人公なの。ところで阿部君、他のらーぜの面々は来てないの?」
 来るわけねーだろ。ばーか。
 オレだって、やっと三橋と一緒にモモカンに休みもらって来たってのに……なんか変なところに連れてこられて……あー、災難だ。
「はーい。智子さん」
「はーい。今日はちょっと珍しいお客さんがいるよ。何と、西浦野球部のバッテリー、三橋廉君と、阿部隆也君だー!!」
 いつの間にかタメ口きかれてるし。ていうか、この女、オレより年上なのか?? なんか、そうは見えないけど……。
「うわー、本物だー」
「話、聞かせてくれるー?」
「私、アベミハ大好きなのー!」
「あ、あの、オレ、オレ……」
 たくさんの女に囲まれて、三橋はぐるぐるしているようだ。
「これ、新刊なんだけどー」
 それを見た瞬間、オレはぶっ飛んだ。
 オレが、オレと三橋が……。
「ねぇ、阿部君、これ、オレ?」
「……だろうな」
「でも、これ、もしかして……お尻の穴に……?」
 ああ、三橋、ショックだろうな……。
 オレだって、男同士でナニする時はどうすればいいかを知った日は、一晩眠れなかったもんな。
 三橋はオクテだろうから、アナルセックスなんてわかんないだろうと思ったけど、やっぱりだ。
 オレは……三橋の白い肌に欲情したことが、恥ずかしながら――ある。
 それをストーリーに起こして見事なマンガに仕立て上げている。オレはこいつらの努力と想像力に、驚き呆れつつ、少し感心した。
 オレは、妄想しない方だからな。
 でも、三橋のこんな初々しい姿を見ていると――そのままでいて欲しいと言う気持ちと、汚してやりたいと言う嗜虐心が同時に起こって来る。
 すまん。三橋。オレはろくでもない男だ。少なくとも、この方面に関しては。
 やたらとテンションの高い女どもに、オレ達はいろいろ質問された。そして、智子とやらの友人達からもらった十八禁本を一冊ずつもらった。お土産、だとさ。
「ねぇ、阿部君。ラーメン屋は?」
 あ、そうだ。それが目的で来たんだった。
「え? ラーメン屋って?」
 三橋が店の名前を教えた。
「なーんだぁ、そこだったら知ってるから、一緒に行こ、ね?」
「う、うん」
 何頷いてんだ三橋~! ざけんなよ。誰もいなかったら、ウメボシしているところだ。
 あーあ、こんな騒がしい奴らとじゃなく、二人きりで行きたかったよ、クソッ!
「あー、阿部じゃん、三橋も」
「何だよ、クソレか」
「オレには、水谷文貴って名前があんの。オマエらも同人誌買いに来たの?」
「同人誌? いや、オレは……」
「ラーメン、食べに、来たんだよ」
「ラーメン? 同人誌とすぐには結びつかないなぁ……」
 水谷は頭を抱えた。
「オマエも野球部休んだのかよ。オマエこそ、練習が必要なんじゃねぇか?」
 オレは言ってやった。
「そうなんだけどね。一日ぐらいなら……ね。オレ、コミケ好きだし。言い訳考えるのに大変だったけど。モモカンには内緒だぞ。オマエらのことも、秘密にしてやるからさ」
 ちっ。水谷のヤローに弱味を握ったと思わせたことが、癇に障る。
「水谷君、ハロー」
「やぁ」
 水谷が嬉しそうに手を振る。
「田島にもねぇ……買い物頼まれてたんだけど」
 水谷ががま口を取り出す。
「新刊いくら?」
「八百エーン」
 はぁ? ぼったくりじゃねぇか? こんな薄い本だぞ。
 しかし、水谷は嬉々として買う。これは、ここでは常識なのか?
 あ、頭痛くなってきた……。
「阿部君、どうしたの?」
「きっと人に酔ったのね」
「意外と体力ないねー。阿部」
 ここぞとばかり、クソレが笑う。畜生、何だってんだ。体力だったら、オマエよりはあるつもりだぞ。
「でもさー、阿部。こういう本読んでニヤスカする分にはいいけどねぇ……実際にこんな行動に移したら、オレ、友達やめるからね」
 おおいに結構だ、クソレ。
「だったらさ、私達が友達になってあげるーっ!」
 キャーッ! と、黄色い歓声が上がった。
 ああ、だから、女って苦手なんだよな。篠岡もモモカンも女だけど、あいつらは別、っていうか、同志だもんな。
「じゃ、ちょっとここに座って休んでて」
 オレは、椅子に座って、ふぅ、と溜息を吐いた。
 十年分のスタミナを使い果たした感じだ……。しかも、精神的な疲れ。
 三橋は大丈夫かな。
 あいつは、眼鏡女やその仲間と、すっかり打ち解けたようだった。タフだな。
「でさー、水谷君。私達みんなでラーメン屋に行く約束してるから、来ない?」
 いつしたよ、そんな約束。
「いいよー。阿部のおごりなら」
 えっ?! こんな大勢かよ! 水谷のアホ!
 ま、確かに金はいろいろな状況に対応できるように多めに持ってきたがな。これはちょっと想定外だぜ。
「ラーメン屋に突撃だー! おーっ!!」
 水谷の音頭に、他の奴らがならって、
「おーっ!!」
 と拳を振り上げた。三橋まで……。
 あ、あかん……。
 オレは椅子からずり落ちないようにするのが、精いっぱいだった。

後書き
阿部君が可哀想な話になってしまいました。
アベミハは、本当はコミケどころではありませんよね。まぁ、パラレルだと思って、笑って許して。
阿部は何とかして、三橋をどこかに誘いたかったのよね。ラーメン屋というのが、いまいち色っぽくないけど。
巻き込まれてコミケに来ることになっちゃいましたが。
ちょっと下品なところがありますが、すみません……(汗)
2010.7.18

BACK/HOME