久しぶりに家族でカラオケに行った。
 弟のシュンの歌った歌が、オレの心を映し出しているようだった。

君色思い

 オレの目が、一点に吸いつけられることがある。
 三橋。三橋簾。西浦高校野球部のピッチャーである。
 ちなみにオレは、阿部隆也。西浦高校野球部のキャッチャー。将来は三橋と、世界一のバッテリーになりたい……なーんて、もうガキじゃないんだから、そんなこと本気で夢見てるわけじゃねぇけど。
 茶色っぽい、脱色したような髪、段々眉。見開かれた大きな目。
 努力家なところが好きだ。一生懸命がんばってる姿が好きだ。挙動不審なところも……まあ、さすがにあれは直してほしいけど。しかし、あれも慣れれば可愛いもんだと、思うのは、おかしいか?
 まあ、あんまりキョドビクが続くと、つい我慢できなくなって、ウメボシしてしまうのだが……小学生か、オレは。とにかく辛抱するのは至難の技だ。
 だけど、とにかくビクビクする癖も、三橋らしいっちゃ三橋らしい。
 そんな三橋にときめくのは、我ながらおかしい。
 あいつのことを考えて、何度い寝がての夜を過ごしたことか。
「阿部ー、また三橋見てたの?」
 そう言ったのは、チームメイトの水谷だ……うっとうしい。
「おまえにゃ関係ねぇだろ?」
「うん。バッテリーの片割れを阿部があっつい目で見ていることなんて、確かにオレには関係ないね」
 水谷め……。
「おまえは、自分のメニューに戻ったらどうだ?ただでさえヘタレなんだし」
 ついでに言うと、ヘタレでクソレだ。
「ヘタレなんてひどい!オレだって一生懸命がんばっているのに!」
 と泣いている水谷はシカトだ。
「仲いいね」
 マネージャーの篠岡が声をかけてきた。
「ああ?冗談じゃねぇよ!こんな奴」
 こんな奴ってひどい、と文句を言う水谷は、例によって無視だ。
「阿部君て、三橋君とも仲いいよね」
「え?うん、まあな。バッテリーだし」
「……羨ましいな」
 篠岡は小声で呟いた。
 何が羨ましいんだ?オレのことが?あ、もしかして篠岡も三橋が好きなのか?
 そんな素振りは見えなかったがなぁ……。
 篠岡は可愛いから、好かれて三橋も悪い気はしないだろう……そこまで考えて、オレは不愉快になった。
 いやいや。篠岡が恋敵なんて、オレも思考回路がいろいろヤバいだろ!
 でも……そろそろこの気持ちにケリつける潮時かな。
 三橋は、練習でかいた額の汗を手の甲で拭っていた。
「おい、三橋」
「なに?阿部君」
「今日、一緒に帰らないか?」
 オレの喉はからからになっていただろう。
 三橋は、不思議そうに首を傾げた。
「え……?いつも、みんなと、帰る、よね?」
「そうじゃなくて、二人でさ」
 オレは俯いた。おかげで、三橋の表情が見えなかった。
「いい、よ」
 三橋の声に心臓が躍った。
「おい、みんな。今日三橋借りるぞ」
 みんなからは、
「わかったー」
 と、返事が返ってきた。
 オレは結構三橋と一緒にいることが多かったので、おかしく思われることはなかったらしい。
 夜になった。
 先に帰った野球部の仲間と少し遅れて、オレは三橋と帰路についた。
 オレは黙ったままだったが、頭の中では、何と切り出そうか、考えを巡らしていた。
 三橋には変に思われなかっただろうか。
 ああ、以前、「好きだ!」と言った時の勢いが欲しい!
 三橋は、恋愛感情抜きでそのセリフを受け取ったらしい。ま、当然だろうな。オレだって、その時はまだ、三橋に対する気持ちが恋だとは、気づいていなかったものな。
 じゃあ、意識するようになったのはいつ?
 オレ自身怪我をして内省的になった時から? いや……。
 桐青を破ってから? 三星の連中に勝ってから? あいつの努力を知ってから? それとも……。
 初めて会った時から?
 取り繕っても仕方ない。オレは、三橋のことが、初めから気にはなっていた。
 出会った当初はめんどくさいヤツだと思っていた。それが今では……オレにとってなくてはならない存在になっている。その思いが恋だと自覚したのは、一体いつのことだったかなんて、考えるだけ時間のムダだ。
 三橋が欲しい。今のようなチームメイトとしてだけではなく、心も体も。
 恋い焦がれて、どうにかなってしまいそうだ。
「阿部君?」
黙ったままのオレに、ついに三橋が言った。
「あ、ああ……何だ?」
「オレ、もう、ここで」
「いや、送るよ」
 オレは答えた。ずいぶんぶっきらぼうに聞こえたと思う。
 でも、やはり黙ったまま、三橋の家の前に着いてしまった。
「阿部君、今日は、ありがと」
 礼を言う三橋に、
「三橋!」
 オレはどうあっても引き留めなくてはと焦った。
「好きだ!」
 オレがそう言うと、三橋の顔が嬉しそうなものに変わった。辺りは暗くなってはいたが、オレは夜目がきくのだ。それに、喜んでくれたのは、三橋の次のセリフでわかった。
「お、オレも、阿部君が好き」
 そうじゃないんだ、三橋。オレが言いたかったのは……。
「キスしたい」
 思わず口に出してしまって、オレは、後悔した。
 余裕なさ過ぎだろ、オレ……。
 今度は三橋の反応を見る余裕もなかった。オレは、バクバクなる心臓を押さえつけようとした。頬が熱を持つ。つい、顔を背けた。
「それ、ほんと?」
 ま、意外過ぎて、大抵はそう訊くだろうな。
 だが、次の三橋の言葉は、更に意外なものだった。
「オレも、阿部君と、キス、したい」
 ……え?
 えええええ?!
 いや、そこは普通引くだろ!
 嬉しさと疑う心が、オレの脳裏を占める。
 下手すりゃバッテリー解消されても不思議ではない文句だぜ。
「ほ……ほんとか?」
 今度はオレが質問する番だった。
「うそじゃ、ないよ」
「三橋!」
 オレは駆け寄って、三橋を抱き締めた。
 好きだ! 好きだ好きだ好きだ! 三橋!
「苦しい、よ、阿部君」
 三橋の声に悦びのようなものが混じっていたように感じたのは……オレの気のせいか?
「……わりぃ」
「気に、しないで」
「……キスしてもいいか?」
「……うん」
 オレ達は目を閉じて、唇と唇を触れ合わせた。たったそれだけなのに、背筋に電流が走った。
 これがオレのファーストキス。三橋に捧げたファーストキス。
「また明日な、三橋」
「……また明日」
 三橋が小さな声で応えた。そして、家へと向かって行った。
 今日のオレほど幸せな者はいないだろう。
 歩きながら、オレは鼻歌を歌っていた。それは、前に聞いたことのある、あのラブソングだった。

後書き
アベミハです。甘々です。
二人の恋人としての始まりを書きたかったのです。
『君色思い』は、アニメ『赤ずきんチャチャ』のOPで、歌っているのはSMAPでした。もう15年以上前になるかな……。森くんがまだいた頃らしいです。
あの歌は、恋人同士の歌でしょうが、一応この話のモチーフになっています。
この話のアベミハは、まだお互いの気持ちを知ったばかりですね。
阿部がラブソングとして歌っているのは、この『君色思い』でもいいし、何か他の曲をあてはめてみても構いません。
この話は、アベミハを楽しみにしてくださっていた山之辺黄菜里さんに捧げます。
2010.6.4

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