三橋のバースデイ

 パーンパパーン。
 クラッカーが鳴った。
 今日の主人公、三橋は、パーティー用の三角帽子を身につけて、ドキドキしていた。
(みんな、オレの、こと、祝ってくれてる)
 嬉しい、な。
 ルリ達や叶からも電話が来た。尤も、ルリは相変わらず『レンレン』と呼んでいたが。誕生日を迎えて一つ大人になったのだから、レンレンはやめてほしい。
 プレゼントもたくさんもらった。マネージャーのもある。今年は彼女も三橋の誕生会に参加しているのだ。
 もちろん、この後、気の乗らない勉強タイムが待っているのだが……。
(今だけは、そのこと、忘れて、いいよね……)
 三橋の母親も、張り切ってご馳走を用意している。もちろん、ケンタもケーキも。
 また、田島がクラッカーを鳴らした。
 ご馳走を待っている間、西浦ーぜは水谷の持ってきた人生ゲームに没頭していた。
「やったー! 勝ったー!」
 優勝は水谷である。
「どう? 人生ゲームの帝王と言われたオレだもんね」
 などと、自慢になるのかならないのか、いや、それ以前にすごいのかしょぼいのかわからない称号を謳って、水谷は威張っている。
「ちっ。クソレのくせに」
 阿部が舌打ちした。どんじりで負けたのである。
「オレ、ブービーだぜ。阿部には勝ったけどよ」
 田島がかかかと笑う。
「えーい。もう一回だ!」
 負けず嫌いの阿部が言う。
「いいの? また負けても知らないよ」
 水谷がにんまりと笑う。
「うるせぇ、クソレ!」
「ひどい! 人が気にしてることを!」
「おまえら、まだひきずってんのか、そんなこと……」
 キャプテンの花井は、呆れ顔で呟いた。
「みんなー、準備できたわよー」
「わーい! 阿部、勝負はお預けな」
「……仕方ねぇな」
 阿部も席を立った。
 今年はマネージャーも手伝った。良い子である。
 フルーツポンチにお寿司にケンタ。その他諸々。それにケーキ。
 去年とほぼ変わらない内容であるが、それでも、食欲旺盛、育ち盛りの男の子には嬉しいものである。
 もちろん、三橋も。
「三橋、よだれよだれ」
 田島に指摘され、はっとした三橋が口元を拭った。
「まぁ、しゃーねーよな。ご馳走いっぱいだもんな」
 三橋はこくこくと頷いた。
 野球部のみんなは、あっという間に食べ物を平らげた。
 そしてケーキ。
 みんなが巣山と花井の分もハッピーバースディを歌って(この二人の誕生会も前にやったのであるが)、三橋が火を吹き消す。
 今年もまた、栄口と水谷はケーキを分け合う。
 ケーキがなくなると、それぞれ談笑し始めた。
「三橋、後でまた9分割見せろよ」
 阿部が言ったので、三橋は大きく頷いた。
「また人生ゲームやらない?」
 上機嫌の水谷が近づいた。
「あー、する気しなくなったわ。一人でやってな。クソレ」
 水谷は傷ついたらしく、また「ひどい!」と言い、「人生ゲーム一人でやって何が面白いの?」とも嘆いていた。
「み、水谷君! 後で、やろ!」
「ありがとう! 三橋! 阿部のやつ冷たくてさぁ」
 水谷がひしっと三橋の手を取った。どうやら立ち直ったらしい。
「ちっ。三橋は甘いんだから」
 阿部は大声で舌打ちをした。
 みんなは笑って見ていた。
「デザート食べる人!」
 篠岡の登場で、水谷は三橋から手を離し、はぁい、と挙手した。
 三橋は、デザートの杏仁豆腐を口にしながら、ひとりひとりの顔を見た。
(こんなに、たくさんの、ひとが、集まってくれるの、嬉しいな)
 阿部君、泉君、田島君、花井君、水谷君、栄口君、巣山君、沖君、西広君、篠岡さん。
 ここにモモカンとシガポがいないのが不思議なくらいだ。
(あの二人は、いそがしい、から)
 でも、モモカンは、「三橋君、誕生日おめでとう」と言ってくれた。
 尤も、「テスト勉強もがんばりなさいよ」と釘も刺されてしまったが。
 モモカンは、三橋の為を言ってくれているのだ。
 三橋も留年は嫌だから。
「ごちそうさま」
 デザートを食べ終わり、三橋の器は空になった。机の上はいろいろ散らかっていたので、片付けようかな、と思って立ち上がる。
「あ、三橋君。いいよ、そのままで」
 と、篠岡が言ってくれた。
「じゃあ、お言葉に、あまえ、ます」
 ハマちゃんは留年したんだっけ、と三橋は思い出す。
 ハマちゃん――浜田の場合は、理由があるからだけど。
 それに、教頭先生も理解を示してくれているらしい。
 いつか浜田が言っていた。
「オレ、留年してよかったよ。おまえらの応援できるんだもん」
 そう、笑顔で。
(ハマちゃんは、えらい、な)
 自分ではとても耐えられない、と三橋は思う。
 浜田は強い。
(ハマちゃんは、昔のまんまだ)
 と思う。
 ハマちゃんが来れないのが、残念である。彼も、これ以上留年はしたくないのだろう。
「おい、三橋」
 泉が肩を叩いたので、三橋は我に返った。
「な、なに……? 泉君」
「いや、おまえボーっとしてたからさ。ここにいない誰かのことでもかんがえてたのかなぁって」
「う、あ……その……」
「わかりやすいやつだな」
 泉が溜息を吐いた。
「泉君も、もしかして、そう、なの?」
 泉はそれには答えず、ふいっと横を向いた。
(そう、なんだ……)
 それにしても、こんなにたくさんの人に囲まれているのに、他の人のことを考えているなんて、オレってなんて罰あたりなやつ……そう思うと、涙が出て来た。
「なんだー、三橋。泉にいじめられたのか?」
「オレじゃねぇよ」
「泉君は、悪く、ないよ」
「んじゃ、阿部か?」
「何でオレ?!」
「三橋いじめるの、阿部ぐらいしかいねぇもん」
「いじめてねぇって!!」
 阿部がムキになる。
 三橋の様子が変だと、チームメイトがわざわざ集まってくる。
「オレ、みんなに、いっぱい、祝って、もらって、いるのに……ここにいない人のこと、考えてる……」
「榛名か?」
「ううん」
 阿部の問いに、三橋は首を横に振った。
「――そっか」
「じゃあ、誰のこと?」
「……ハマちゃん」
「浜田はねぇ……しようがないさね」
 沖が言う。
「ああ。今頃勉強でもしてるんだろ。それとも、来て欲しかった?」
 と、巣山。
「うん。オレ、今、こんなに、幸せだから……それも、ハマちゃんの、おかげでも、あるから……」
「何だよ」
 田島がぐいっと三橋の肩に手を回した。
「三橋には、俺達がいるだろうが」
「うん。だから、悪いと、思って、いる……オレ、やなやつだよね。性格悪いし……」
「はぁ?! 何それ。おまえそんなこと思ってたの?」
 泉が素っ頓狂な声を出す。
「おまえはなぁ……もっともっと幸せになっていいんだぞ」
 阿部の言葉に、西広がうんうんと頷く。
「おお、阿部。たまにはいいこと言うじゃん」
 田島がパンっと手を鳴らす。
「たまには余計だ」
 阿部がむくれる。
「だからさ、もっとオレ達のこと、頼ってくれよ。おまえ、一人で背負い込もうとするんだもん」
 田島が、拳で三橋のこめかみをぐりぐりする。
「やめろって、田島」
 栄口が止めに入る。
 田島は気が済んだらしく、栄口の言うことに従った。
「気にすんなよ。三橋」
 栄口が言った。
「う、うん」
「そうそう。オレなんか全然気にしねぇもん」
「おまえは少しは気にしろ」
 花井が口を挟んだ。
「出た! 花井お母ちゃん!」
「誰がお母ちゃんだ!」
 どたばたと花井と田島の追いかけっこが始まる。
「人ん家で暴れるのはよしなよ」
 沖の言葉に、花井は、はっと気がついた。
 三橋母が凍りついている……。
 だが、それで何とか思う三橋母ではなかった。
「――活発ねぇ。男の子はそれぐらいの方がいいのよ」
「すみません。おばさん」
 花井は謝った。
「いえいえ。こちらこそ、いつも廉がお世話になってますから。皆さんのおかげで、廉は去年よりまた少し明るくなったのよ」
 笑いながら、きっとチームメイトがいいせいねぇ、との言葉を残して、マネージャーと台所に戻った。
「うん。みんな、いい、人、だもんね」
「――だけどオレ、変に思われなかったかな?」
 花井が不安そうだ。
「――へ、平気っ!」
 三橋が花井の不安を打ち消した。
「うちのお母さん、花井君のこと、褒めてたよ」
「そうか? ――まぁ、それならいいけど……いつもありがとうございますって、伝えておいてくれるか?」
「うん、いいよ」
「あ、もうこんな時間だ。三橋、9分割。それが終わったら勉強な」
 阿部の言葉が、三橋を現実に戻す。
 そうだ。今日は勉強もあったんだ。三橋の血の気がさーっと引いた。
「くっくっくっ、覚悟してなよ」
 阿部の笑みに、
「阿部ー、おまえ悪代官みたいだぜぇ」
 と、泉が言った。
 みんなに9分割を見せた後、三橋や田島が阿部達に徹底的にしごかれたことはいうまでもない。――西広は優しかったけれど。
 結局人生ゲームをやる時間はなかったが、水谷自身、それどころではなかったようだ。――だが、またやる機会もあるであろう。
 その夜、疲れた三橋は、楽しい夢を見た。起きたら忘れてしまったが、夢というのは大抵そんなものなのだろう。
 それに、現実の方が幸せだから。
(みんなに会えて、良かった)
 三橋は、枕をぎゅっと抱き締めた。

後書き
三橋のお誕生日記念小説です。
無駄に長くなった気も……(汗)。
水谷君とデート2の続きですが、ドリーム小説にはしませんでした。いえね、決して面倒だからでは……(汗)。
2010.5.17

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