ミハシと友人達 その日、オレはいつものように、ハムスターのミハシに餌をあげていた。 ひまわりの種を見せると、手のひらに乗って食べる。こいつもずいぶん慣れたものだ。 そして、オレは、いつもびくびくしていた、バッテリーの相手、三橋のことを思い浮かべた。癖っ毛なところもあいつを彷彿とさせる。 そういや、あいつも最近俺を怖がらなくなってきたな……。 最愛のピッチャーのことを考えていると、チャイムの音がした。 「やっほー。阿部」 「あ、阿部君、こんにちは」 田島と三橋だ。 とりあえず、「おう」と片手を上げる。 「家族は?」 田島が訊いた。 「出かけてる」 「ミハシはいるだろ。オレ達、ミハシに会いに来たんだけど」 ああ、そうかよ。 田島はいらねぇ。三橋だけでいい。――なんて、冗談だけどさ。 田島は口笛を吹きながら廊下を走り、どたばたと二階に向かう。お袋がいれば、もうちょっと気は遣うんだろうが、生憎留守だ。 だけど、最低限のルールは守る奴だ。だから、なんだかんだ言っても嫌われない。 人好きのする性格は、大家族で培われたものなんだろうか。 「おお。ちゃんと手のひらに乗っているな」 「ようやくだよ。ようやくオレに懐いてきたんだな」 驚いている田島に、俺は得意になって答えた。 「よく言うよ。どうせひまわりの種で釣ったくせに」 それでもだ。それでもやっと、俺の手から食うようになったんだ。 「三橋、おまえもやるか?」 俺が言うと、三橋がこくこく頷いた。 三橋がひまわりの種を出すと、俺はミハシを三橋の手に乗せた。ミハシは夢中になって種を食べる。 よく食うな、こいつ。こんなところまで三橋に似てる。オレはいささか呆れた。 田島も、 「食欲おーせーだな。三橋みたい」 と言って笑っていた。 「オレ、ミハシ、好きだ」 三橋の口からそんなことを言われると、何とも言えない気分だ。 「オレ、も、ハムスター飼いたい」 「ええ? 別にいいんじゃねぇの? オマエ、もともとらーぜのハムスター的存在だし」 田島の台詞に、俺は思わずふいてしまった。 「阿部だって、そう思うだろ」 「まぁな」 笑いを堪えるのに苦労した。 「それにしても、ミハシは可愛いな。ミハシ、こっち来ーい」 田島が呼ぶと、ミハシは、三橋の手から田島の手に移った。 うーん。ちょっと、面白くないかもしれない。 オレの場合はひまわりの種で釣らないと、手のひらにも乗っからないくせに、田島には異様に懐いている。 まぁ、田島は、動物を飼っていると言っていたから、ハムスターの扱いにも慣れているんだろう。 そう思い、オレは気を静めた。 そういや、三橋からも逃げなかったな。オレにだけか。怖がるのは。世話した恩を忘れやがって。 シュンだって、 「兄貴が世話してくれるならいい」 と言っていたくせに、いざ飼い始めると、 「これ、オレのハムスターなんだからな」 と、主張するようになった。 お袋は、シュンに甘いから、 「タカ。あのハムスター、シュンちゃんに返してあげなさい」 と言っている。 シュンに動物の世話なんかできるものか。 もっとも、それはオレがシュンをいつまでも子供扱いしているということなのだろうが、お袋だってシュンを子供扱いしている。 あんなに構われて、よく嫌にならないな、とある意味感心する。 田島やシュンはどうでもいいが、三橋が動物好きなのは意外だった。 「オマエもハムスター好きなんだな」 「う、え、嫌いな、人、なんて、いない、と思うよ」 田島の台詞に三橋が答える。 動物嫌いな奴は結構いると思うんだがなぁ。三橋にはそれが想像つかない、ということは、きっと優しいからだ。 オレも、三橋に甘いって? ふん、言ってろ。 そういや、田島もいつか言っていた。 「オマエ、三橋に構い過ぎだぞ」って。 お袋がシュンにするみたく、オレも、世話焼き過ぎるのかなぁ。ああ、でも、三橋は大事な西浦のピッチャーだ。大切にするのは当たり前じゃないか。 でも、この頃、少し変わってきた。オレの気持ちも、三橋との関係も。 三橋だって強くなった。オレだって、今なら三橋に首振られても、大丈夫な気がする。 オレ達は、成長したんだ。 多分、オレが怪我をしたことも、その遠因になっているんだろう。それにしても、あれは痛かった。 「あーべ。なぁに黙ってんだよー」 田島が笑いながら言う。ばんばんと背中を叩く。 「叩くんじゃねぇよ」 「静かだなぁと思ってさ。うるさいくらいだった時もあったのに」 「悪かったな」 オレは、多少ムスッとしていたに違いない。確かに、三橋に対しては細々として、場合によっては鬱陶しかったかもしれない。 他の奴らにはそんなには――花井が注意するもんな。 だが、それでもオレはうるさいと思われてたのか。 心外だぜ、と本音がぽろりと出た。 「あ、あべくん、怖い顔……」 言うな、三橋。傷つくから。これでもオレは、デリケートなんだぞ。 ミハシは、三橋の手の中で、一生懸命種を齧っている。 そういや、三橋も怖がらないな。こいつ。 怖がられてるのはオレだけか。表には出さないけど、やっぱり複雑な気分だ。 ミハシはようやく満足したらしい。 「三橋。ケージの中に入れてやれよ。食後の運動も必要だろ?」 田島が仕切る。オレにも異存はなかった。 ミハシは、ケージに入ると、からから回るヤツで遊び始めた。 「た、楽しそう……」 三橋が感心している。 「オレ達だって似たようなことやってるじゃん、な、阿部」 「ん」と、オレは答えた。 何となく、田島が気を使っているのが感じられる。それが嬉しい。 三橋とも仲良くなれんの。わかる気がする。少し癪だけど。 オレ達は、それからも、ミハシを観察したり、ちょいちょい構ったりした。籠から指を入れて撫でると喜ぶ。 「三橋、田島、来てくれて楽しかったぜ。また来いよ」 オレは別れ際に言った。 「お安いご用! だって俺達、らーぜの仲間だもんな」 「そ、そう。阿部君は、友達、だよ」 仲間、友達。嬉しいことを言ってくれるじゃねぇか。 オマエらと会えて、本当に良かったぜ。 後書き お久しぶりのハムスターミハシ太郎ものです。 ミハシは主役ではありませんが。 ま、強いていえば、友情ものでしょうかね。 2010.4.21 |